魔術と異能が交差するこの世界で

ヌン

文字の大きさ
51 / 81
第2章 芸術家の街と獣の少年

第2章 第25話

しおりを挟む
 隠し通路から外に出たものの、路地裏から大通りへの出方が分からず、結局隠し通路から屋敷に戻ることになった。帰りの通路は問題なく歩いていたのだが、あの部屋につくとやはり血痕の上を歩くのには抵抗があったみたいで、そこだけはベルを背負った。
 隠し通路が長かったせいで、思いのほか長居することになってしまった。そのため、屋敷に戻るとすぐにお暇することにした。
 エメラダのアトリエに戻って、隠し階段の扉を閉めたときに、ベルと二つの約束をした。
 一つは、この扉を開かないこと。
 あの様子では、自分から入ることはないだろうと思ったが防犯上のこともあるので、念のため約束した。それにこちらから入られると、路地裏の隠し扉から調査に入ったときに出くわしてしまう可能性もあった。
 もう一つは、この部屋のことはほかの人に話さないこと。
 エメラダの屋敷に隠し階段などがあったことはまだいいが、その途中に明らかに人が死んでいるくらいの大きさの血痕があったなんて、さすがにまずいだろうし、情報を制限しておきたい理由もあった。殺人鬼があの扉から現れたのなら、必然的にここから出入りしている。となれば、知っている人間は関係者の可能性が高くなる。むやみに情報を拡散しなければ容疑者も増えなくて済む。
 そんな打算的な約束だったのだが、ベルは文句も言わず受け入れてくれた。ここの存在は彼女たちにも都合が悪いのは分かっていた。だからこそ、約束という形にこだわった。言葉にすれば縛りにもなるから。

 そんなこんなで屋敷から喫茶店の上にある自分の部屋に戻ってきた。本当はマスターに直接頼み事をしたかったのだが、店が盛況で忙しそうだったので頼みごとを書いたメモだけ渡して部屋に戻ってきた。
 時刻はもう夕方になる。今日もパトロールがあるので、一度仮眠をとっておくべきだろうか。おそらく今日も出ないと思うが、万が一出たときに対応ができないと困る。
 ベッドに体を預けるが、屋敷であったいろいろなことが頭をかすめていき、眠れそうになかった。だって、認めたくなかった。現状の情報を掛け合わせて出てきた答えとして、————もっとも殺人鬼の可能性が高い人物がユキだなんて。信じたくなかった。
 逃げ道を探して、ほかの可能性や忘れている情報がないか、考えれば考えるほどドツボにはまって、頭が冴えていくばかりだった。

 ブーッブーッという端末のバイブ音で目を覚ました。
 ひどく頭が痛い。思考の袋小路に陥って、気絶するみたいに眠っていたみたいだ。
 時刻を見てみれば、日付が変わる前のひどく中途半端な時間だった。五回設定していたアラームの三回目くらいで目を覚ましたみたいだ。
 中途半端とはいえ、いい時間なので痛い頭を抱えながらいそいそと着替えを始める。
 いつもよりも長い時間をかけて着替えを終えると、すぐに部屋を出た。
 今日のエメラダの夜は、雲が多く星は見えなかった。そのおかげか少しだけひんやりとした風が流れていて熱っぽい頭には心地よかった。
 パトロールを始めると、不思議と足が向いたのは屋敷の方面だった。時間も時間なので屋敷には光はともっておらず、眠っているようだった。その様子にすこしだけ安心を覚え、次の区画へと移動する。
 あの路地裏にも行ってみたが特に昼間と変わった様子はなかった。マスターにこの場所を調査してほしいとロブに伝えてほしいとお願いしたので、調査が入っているはずだがその様子もよくわからなかった。


「ふうー」
 自室に戻ると疲れからか思わず息が漏れた。
 ひどい頭痛もあるのだろうが、最近は殺人鬼も現れていないため、パトロールと並行して別のことをやっているせいもあるかもしれない。
 コンコンというノックの音。マスターだろう。どうぞと短く返事をして、部屋へと招き入れた。だが、入ってきたのはマスターではなかった。
「夜分に失礼いたします。日中に依頼を受けた件についてご報告に伺いました」
 年齢を感じさせないがっしりとした体躯の長身に白髪、ロブだった。
 彼は迷いなく部屋の中に入ってくると、ベッドに座るオレの正面に来るように椅子を動かして腰かけた。
 日中に依頼を受けた件というと、マスター経由で依頼したあの路地裏からエメラダの屋敷につながる通路の調査のことだろう。
「お疲れのところでしょうが、あまりゆっくりとしていられないかもしれない状況になってしまったということでご了承ください」
 ロブは真剣な面持ちでそう告げた。その言葉にはかなりの重さが込められており、冗談とは決して思えなかった。本当にゆっくりしていられない状況なのだろう。
「わかりました。で、なにか状況が変わったのでしょうか?」
「では、先に状況が変わった理由から説明させていただきます。シリウスさんが初日に見た被害者たちを覚えていますでしょうか」
 初日の被害者。それはオレが助けられなかった三人の男性のことだろう。現場に着いた時にはすでに殺人鬼によって殺害されていた。忘れたくても忘れられるものか。
「実は彼らはよく四人で行動していたそうなんです。ですが、被害にあったのは三人。さらにその日彼らは殺人鬼を捕まえると息まいていたとの情報があり、生き残りの一人は反対していたとも。極めつけにこれをご覧ください」
 ロブが出したのは一枚の写真だった。血にまみれ、バラバラにされているがなにかの機械のように見えた。
「これは短距離通信ができる映像端末だったようなのです。復元できた範囲でぎりぎりわかったのですが、撮影したなにかをどこかへ送信した履歴がありました。ここまで言えばお分かりだと思いますが、生き残りが殺人鬼の姿を端末に受け取った可能性があります。そして、ここまで破壊された端末からみるに殺人鬼はそれを知っている」
 なんて馬鹿なことを。捕まえると息まいて自分から犠牲になりに行ったのだけでも愚かなのに、生き残った一人まで巻き込むなんて言いようのないほどの愚かさだ。
 そう思う反面、焦りを浮かべる自分もいた。殺人鬼の姿はユキと瓜二つなんだ。その映像が発見されればユキが冤罪で捕まる可能性もある。その前に殺人鬼を捕まえる。または————その映像を消さないと。
「今、自警団に指示をして生き残った一人を捜索しています。この数日、街の中には現れていないようなので、どこかに籠っているかすでに街から逃げたか。街から出た履歴がないかについても調査していますので、見つかるのは時間の問題でしょう」
 包囲網はできているというわけか。一応、生き残りの写真を見せてくれたが、芸術家の街にいるには逆に目立たないくらいのパッとしない青年だった。たぶん見つけてもわかる気はしない。というか、
「ロブは自警団の人なんですか」
 今まで気にしていなかったが、自警団の人だったらしい。挨拶の時もなにをしている人かは言っていなかったはずなので知らなくても当然なのかもしれない。
「はい。……そういえば、自警団について話をしていませんでしたね。マスターからは何も聞いていないのですか」
 うなずいた。知らないものは聞きようがない。自警団という言葉自体、今日いや日が変わったので昨日聞いたばかりなのだ。
「では、簡単に。この街が稀代の芸術家エメラダの私有地に作られた街なのはご存じですよね。本来なら私有地であろうとこれだけの規模の街ですから、国家の力が働いてなにかしらの警察組織が介入できる状態にするでしょう。……ですが、エメラダはそれを良しとしませんでした。警察組織が介入することで、芸術家たちのとびぬけた感性が押し付けられてしまうことを懸念したのです。そこで作られたのが私設の警察組織、自警団です。彼らを設立し、街の内部を監視させることで国家からの圧力を逃がしたのです。
 自警団の仕事はさまざまですが、大きくは二つ、街の警備などの守護的な役割、もう一つがもめごとを収める司法的な役割です。とはいっても、後者はほとんど事例もなく今回の殺人鬼事件がはじめての事例になりそうですが。
 現在、前線のトップが私になっています。そのため、調査には自警団の力を体よくつかわせていただいています。————簡単な説明としては以上になります」
 なんというか、こんな重要な話、なんで今まで知らなかったんだろう。いや普通に考えれば警察か何かがあると考えていたのは、それが当たり前の場所にいたからかもしれない。あの吹き溜まりの街にだってそういう組織はあった。ひどい目に遭った記憶しかないが。そしてそんな国家の力すら跳ね返したエメラダの手腕というか力を改めて思い知った。
「ロブは、なんで自警団をやりつつうちの調査員なんてやってるんです?」
 前線のトップというくらいだ。相当に忙しいはずなのに、うちの、魔法使いの島の調査員なんてやっている余裕も理由もないはずだ。
 オレの質問に困ったような顔を浮かべるとすこしだけ唸って
「わかりました。答えさせていただきましょう。ただし質問はなしです。————妻が魔術師だったのですよ。だから、手伝いたいと思ったのです」
 彼の回答はおそらくオレの頭では考えられないくらい深い言葉だったと思う。いろんな意味が込められていて、いろんな感情が乗っている、そんな言葉だった。だからこそ、質問はなしと言ったのはそういうことだと理解した。
「ありがとうございます。それで充分です。次の話に行きましょう」
「こちらこそありがとうございます。では昼の報告に移らせていただきます」
 ロブはかすかに顔を崩すとすぐにいつもの仏頂面に戻り、報告を始めていた。
「通路からはなにも出なかったので割愛させていただきます。部屋の血痕ですが、こちらはエメラダのものでした」
「えっ?」
 驚きで声が漏れていた。
 あれがエメラダの血?ほんとに?
「でも!エメラダって病死したはずじゃ。……あれだけの血が出たなら間違いなく————」
「はい、即死でしょう。ですが、あれは間違いなくエメラダの血でした」
 そう断言されてしまえば、こちらから言えることはない。なら、誰がエメラダを殺したのか。そちらが問題になってくる。
「部屋から出た痕跡はもう一つ。あの鉄格子の向こうには髪の毛などが落ちていましたので、こちらについてもすでに特定ができています」
 もったいぶるように、溜めた。それは躊躇いなのか、それともほかの感情があったのか。
「————ユキのものでした」
 絶句。
 声すらも上げられなかった。
 すでに何度も何度も思考が行きついた先、それが証明されてしまう証拠が出てきてしまった。頭の中で必死に否定し続けたものが現実になってしまって、思考が止まり手足の感覚が失われていく。
「エメラダの血痕の謎はありますが、ユキがあの部屋で生活していたことは確実でしょう。彼女の担当医に聞いたところ明日には包帯がとれるそうなので、明後日あの部屋について話を聞きに行こうと思います。内容については報告をさせていただきます」
 そこまで聞いて思い出した。
 ロブは殺人鬼の顔がユキと同じだと知らない。あそこまで瓜二つなら、生き別れの双子とかそんな感じの関係で、双子の片割れを地下で暮らさせていたとかそんな風なことも考えられるんじゃないだろうか。それなら、見つかった髪の毛がユキのものと判断されたのも説明が付く。それが正しいのなら、ロブがユキのもとへ行く前に殺人鬼を捕まえればすべて解決だ。
「シリウスさん、報告は以上になりますが何か確認事項はありますか」
 ロブの問いかけも右から左だった。オレの頭の中は、殺人鬼をどう捕まえるかを考えるのでリソースを使い切っていたからだ。
 沈黙を肯定としたのか、ロブは椅子から立ち上がり
「では、夜分に失礼しました。ごゆっくりお休みください。……失礼します」
 静かに部屋を出て行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結保証】僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ
ファンタジー
 僕は十年程闘病の末、あの世に。  そこで出会った神様に手違いで寿命が縮められたという説明をされ、地球で幸せな転生をする事になった…が何故か異世界転生してしまう。なんでだ?  幸い優しい両親と、兄と姉に囲まれ事なきを得たのだが、兄達が優秀で僕はいずれ家を出てかなきゃいけないみたい。そんな空気を読んだ僕は将来の為努力をしはじめるのだが……。   ※画像はAI作成しました。 ※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。 ※2026年半ば過ぎ完結予定→七月に完結(決定)

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ

ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

魔法至上主義の世界で『筋力』だけカンストした男が拳一つで全てを覆す

ポポリーナ
ファンタジー
魔法こそが至高——この世界では呼吸も移動も戦闘も、あらゆる営みが魔力で成り立っている。 筋力は「野蛮人の遺物」と蔑まれ、身体を鍛える者は最底辺の存在とされていた。 そんな世界に転生した元・体育教師の剛田鉄心は、魔力適性ゼロ、しかし筋力だけが測定不能のカンスト値。 魔法障壁を素手でぶち抜き、転移魔法より速く走り、最上位魔法を腹筋で弾く—— 「なぜ魔法を使わないんだ!?」と問われるたびに「だって使えないし」と笑う男の、 常識を腕力でねじ伏せる痛快・逆転無双が今始まる!

無属性魔法しか使えない少年冒険者!!

藤城満定
ファンタジー
「祝福の儀式」で授かった属性魔法は無属性魔法だった。無属性と書いてハズレや役立たずと読まれている属性魔法を極めて馬鹿にしてきた奴らの常識を覆して見返す「ざまあ」系ストーリー。  不定期投稿作品です。

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

スキル【幸運】無双~そのシーフ、ユニークスキルを信じて微妙ステータス幸運に一点張りする~

榊与一
ファンタジー
幼い頃の鑑定によって、覚醒とユニークスキルが約束された少年——王道光(おうどうひかる)。 彼はその日から探索者――シーカーを目指した。 そして遂に訪れた覚醒の日。 「ユニークスキル【幸運】?聞いた事のないスキルだな?どんな効果だ?」 スキル効果を確認すると、それは幸運ステータスの効果を強化する物だと判明する。 「幸運の強化って……」 幸運ステータスは、シーカーにとって最も微妙と呼ばれているステータスである。 そのため、進んで幸運にステータスポイントを割く者はいなかった。 そんな効果を強化したからと、王道光はあからさまにがっかりする。 だが彼は知らない。 ユニークスキル【幸運】の効果が想像以上である事を。 しかもスキルレベルを上げる事で、更に効果が追加されることを。 これはハズレと思われたユニークスキル【幸運】で、王道光がシーカー界の頂点へと駆け上がる物語。

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

俺のレベルが常人では到達不可の領域にある件について ~全ユーザーレベル上限999の中俺だけレベル100億いった~

仮実谷 望
ファンタジー
ダンジョンが当たり前のようにある世界になって3年の月日が流れてずっとダンジョンに入りたいと願っていた青年が自宅にダンジョンが出現する。自宅の押し入れにダンジョンが出現する中、冷静に青年はダンジョンを攻略する。そして自分だけがレベル上限を突破してレベルが無尽蔵に上がり続けてしまう。そうしていづれは最強への探索者として覚醒する青年なのであった。

処理中です...