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ブルースプリング
ブルースプリング 8ページ目
しおりを挟む今のこの状況を見て、はたして清掃用ロボットであるマスターSは何と声をかけてくるのだろうか。
内心少しわくわくしながら俺は次の言葉を待つ。
すると、こちらの予想に反し告げられたのは平坦で無感情な言葉だった。
「マニュアルモードからオートモードに切り替わりマシタ。コントローラーを頭部ボックスに収納シマス」
「え? あ、ああ……ごめん」
差し出された鉄の手にコントローラーを置くとマスターはそれを再び自分の頭部へと収める。
「もう掃除に戻ってもよろしいでショウカ?」
忘れていた。そうだった。ロボットってこういう『物』だったよな。
今日、散々成宮の事を心の中で馬鹿にしていたけれど一番の大馬鹿は俺だったのかもしれない。
「……戻っていいよ」
「かしこまりマシタ。それではこれで失礼シマス」
別にお礼を言われたくて助けたわけじゃない。ロボットにありがとうなんて言われたってそれはプログラミングされたトークを発したに過ぎない。
「機械に感情なんてない。人間に対して感謝の感情なんて抱くはずがないよな」
そんな当たり前のことを小さく呟きながら、俺はマスターが体育館裏から姿を消すまでその後ろ姿を見つめ続けていた。
「さて、と。とりあえずこっちはどうするかな」
一度深く息を吐き出して頭を切り替える。体を動かなくなったシルバーナイツの方へ向けると目が合った成宮がびくりと肩を震わせる。
とりあえず自分が校内で無断ロボットバトルをしたことは隠さなくては。バレたら退学だ。
そのためにはまず引きちぎったシルバーナイツの動力ケーブルを直して再起動しなければならないのだが。
「直そうにも工具なんて持ってねーし。さてどうするか」
損傷個所は1か所で断線のみなので修理自体は難しくない。問題は工具が揃った技術化室のある別棟がここからかなり遠い位置にあるということだ。
ナイツはスタンダードタイプのロボットで重量は他と比べて重くも無ければ軽くもないが、それでも人間1人の腕力で運ぶのは至難である。
だが幸い、この場には人間が2人いるので成宮にも協力させてまずはナイツを目立たない場所に隠そう。休み時間になったら技術化室から工具と替えの部品を拝借して修理すればいい。
体育館の小窓から中を覗くと幸いなことにどこのクラスも授業をしていないようで無人だった。
しめた。体育倉庫の端の方に置いておけば他のスポーツ用ロボと混ざって目立たなくなる。
「おい成宮! ナイツ運ぶの手伝え」
俺は早速成宮に協力を呼び掛けた。無断バトルが学校にバレれば成宮だってただでは済まない。
当然快く手を貸すものだとばかり思っていた。
「……けた。僕が負けた……こんな陰気な奴に」
しかし当の本人は先程の敗北をまだ引きずっているのか体をぷるぷると震わせながら、小さな声でなにかをぶつぶつと呟いている。
どうやらこちらの声は届いていないようだ。
「こっちは新品のロボを使ったのに……あっちはオンボロの掃除ロボなのに……」
「今はそんな事どうでもいいだろうが! さっさと運ぶの手伝え、後で修理も手伝ってやるから」
「いいや、その必要はない」
「なんだって?」
やがて、不気味な笑いを浮かべた成宮は手に持っていたコントローラーに謎のコマンドを入力し始めた。
「お……おい、お前、そのコマンドはまさか……!」
「こんな、旧型ロボットにも負けるような役立たずなんて僕の機体として相応しくない」
呆然とした目で捜査しているコントローラーの液晶が赤く光り、YESとNOの選択肢が浮かび上がる。
成宮が入力したのは自分のロボットの所有権を放棄するコマンドだった。
「バカ野郎! たった1敗で機体を捨てる奴があるか。だいたいバトルに負けたのは」
「僕のせいじゃない! こいつが僕の思い通りに動かなかったのが悪いんだ」
「ブラック企業の無能上司かお前は! とにかく所有権を捨てるなんて止めーー」
バカという生き物は何故にこうも人の話を聞かないのか。こちらの制止も虚しく液晶に表示されたYESの文字に指先が触れ、承認されてしまう。
こいつやりやがった。新品同然のシルバーナイツをたったの1敗で捨てた。
「なんちゅう勿体ない事を」
「いいか月島……まぐれ勝ちで良い気になるなよ。お前にはそのうち復讐してやるから覚悟しておけ、いいな!」
そう負け惜しみを吐き捨てた成宮はコントローラーを地面に叩き付けて悔しそうに何度も踏みつけると、顔を真っ赤にしたまま走り去ってしまう。
「ええ……どうすんだよこの状況……」
その後、1人その場に取り残された俺は所有者を失くしただの不法投棄物と化したナイツを30分かけて体育館内の倉庫に隠すことにした。
幸いにも館内に入っていた清掃業者は休憩時間でいなかったのだが、ロボット1体の重量を人間1人で運搬するにはかなりの時間と体力を使う必要があったためグラウンドに戻ってきたころには授業終了間際の時間となっていた。
「くそ、めちゃくちゃ重かった。成宮のやつ覚えてやがれ」
「おかえり。随分長いトイレだったね」
ようやく自分の憩いの場所である青いベンチまで戻ってくると、休む間もなく星川が30分以上もトイレに行っていた挙句帰ってきた時には何故か肩で息をしている男子を怪しんだ目で睨んでくる。
サボりだと思われているのだろうか。冗談じゃない。
グラウンドでロボット動かしてた奴らよりもよっぽど体育してきたところだこっちは。しかしそれを正直に話せないのが口惜しいところである。
「あはは……ちょっと最近腹の調子が悪くてさ」
「ふーん、あっそう」
適当に愛想笑いを浮かべてみたものの星川は相変わらずじとりとした目のままだ。
まぁ普通は怪しいって思うよな。
ちくしょう、良い事したはずなのに感謝されなかったり同級生に変な目で見られたりと今日はとことん運がない。
こんなことならロボットなんて助けなきゃよかった。
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