優しすぎる王太子に妃は現れない

七宮叶歌

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第6章 王太子の真実

王太子の真実Ⅲ

 リュシアンは膝を折って私と目線を合わせ、そっと微笑んだ。

「私のために泣いてくれた方は、貴女が初めてです」

 その表情に愛があるのかは分からない。でも、少しずつ心を開いてくれているのは感じ取れた。

「殿下に優しくならざるを得ない過去があるのに、あんなことを言えるのが信じられないのです」

「もしや、侍女に悪知恵を吹き込まれましたね?」

 こうなっては、声を押し殺す必要なんてない。咽び声を上げながら、大粒の涙を零す。

「だって、どうして……も……。聞き……」

「これがエレナの素ですか。困ったさんですね」

 リュシアンは嬉しそうに「ふふふ」と声を漏らす。

「一度落ち着きましょう。座って」

「うぅ……」

 感情が溢れてしまい、自分でもどうすることも出来ない。リュシアンに背中を支えてもらいながら、地べたに腰を落ち着けた。

「さて。侍女にどこまで聞いたのですか?」

 宥めるように優しくリュシアンは囁く。

「暴動のこと、全部……」

「全部ですか」

 リュシアンは苦笑いをし、「ふぅ……」と細い息を吐いた。

「知らない方には知らないままでいて欲しかったのですが、もう仕方ありませんね」

 覚悟を決めたように、リュシアンは目を細める。

「弱い人間だと貶してくださっても構いません。ですが……いえ、これを言うのはまだ早いでしょう」

 何を言いかけたのだろう。首を傾げてみせても、リュシアンは小さく首を横に振るだけだった。

「とにかく、貴女には感謝しかありません。エレナ、ありがとう」

 私は礼を言われるようなことはしていない。今度は私が大きく首を振った。

「殿下、ルシアとは何故、喧嘩を? 言いたくないのなら、無理には聞きませんが」

「では、聞かないでください」

「分かりました」

 少しだけ理解を示してくれている今なら、何か聞いて慰められるかと思ったのに。まだ、心の解放はそこまで進んでいないらしい。
 そこまで考えて、ようやく気がついた。心に壁を作っているのはリュシアンだけではない。私もだ。家のことだけは踏み込まれないように、無意識で防衛線を張っている。私がとやかく言えたことではないのだ。
 ようやく涙も落ち着き、ハンカチを返した。リュシアンは濡れてしまったハンカチを嫌な顔一つせず懐にしまう。

「リュシアン殿下」

「なんでしょう」

「私にご質問はありますか?」

 まずは、私の内心から見せよう。答えられる範囲内で、何でも答えてみせる。私のことを知ってもらいたい。

「そうですね。エレナの故郷はどんな所ですか?」

 問われ、脳裏に故郷の影を探す。

「自然豊かで牧歌的な場所です。教会の鐘が鳴り、稲穂が風に揺れ、羊は牧場でのんびりと過ごす……時間がゆったり流れているのです。先祖が暮らしていた古城もあって、情緒があります」

「エレナは故郷を愛していますか?」
 
「勿論です。大らかで優しい人が多いのも誇らしいですね」

 即答すると、リュシアンの表情が緩んだ。
 
「良かった。故郷を愛せない方は、国を愛せませんから」

 今のは王太子妃を意識しての質問だったのだろうか。心臓がとくりと跳ねる。

「リュシアン殿下はこの国を愛していますか?」

「勿論ですよ」

 この歪で疑惑に満ちた国を誇れるなんて、私には到底無理だ。あんな過去がありながら――リュシアンには頭が上がらない。
 国への拒絶感が表情に現れていただろうか。リュシアンはふわりと私の手を撫でた。

「愛するしかないのです」

 それは義務感を纏い、束縛をも感じさせて、彼の立場の悲壮さを体現していた。

 * * *

 その日の夜、夢を見た。
 孤独に生きた祖父は、ひっそりと亡くなった。棺の中で眠る祖父に、一輪のマーガレットを献花する。

「お爺様……」

 珍しく、父は泣かなかった。母は嗚咽を漏らしながら泣いていた。二人とも祖父の無念を思い、決意を秘めていたに違いない。

「ノワゼル伯爵がスパイ容疑だなんて、絶対におかしいよね」

「国王陛下の陰謀だわ」

 領民の囁き声も聞こえてくる。着せられた罪を否定されるほど、祖父は領民に慕われていたのだろう。

「ノックス卿、少々よろしいでしょうか」

「ああ」

 葬儀の最中に、喪主である父を呼びつけるなんて。男性は異質さを纏いながら、父を引き連れて教会の外へと行ってしまった。

「今の誰?」

「ほら、隣の領の伯爵だよ」

「何しに来たんだろうね。あの方、ノワゼル伯爵を罪人だと決めてかかってたんでしょう? 罪悪感とかないの?」

「知らないし、知りたくないね」

 聞きたくない大人の会話が聞こえてしまう。今は祖父を静かに送り出してあげたいだけなのに。いつの間にか、私の頬には涙が伝っていた。何故、大人たちはこんなに自分勝手なのだろう。
 ほどなくして、父は戻ってきた。真っ青な顔をして、悔しそうに歯を食いしばっている。

「あなた」

 母は父の肩を抱いた。それも束の間のことだ。

「このままいけば、我が伯爵家は私の代で取り潰しになるらしい。息子がいないから、仕方がないことではあるが……」

 私でも理解できる衝撃的な内容に言葉を失う。母の顔色も青ざめていく。

「何も、こんな場所で勧告しなくても良いでしょう! お父様も安らかに眠れなくなってしまう……!」

「罪を着せた首謀者を恨むしかない。今は、その首謀者が捕まることを祈ろう」

 父と母は神を信じているのだろうか。この状況で、信じられるのだろうか。
 私は神を信じない。心にどす黒いものが流れ、首謀者への恨みへと変わっていった。
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