異国には嫁に行きたくないので、空を渡ることにしました

七宮叶歌

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第11章 暴かれる

暴かれるⅢ

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 ここを出るまでに雨は上がるだろうか。あいにく、傘は持ってきていない。
 考え事をしている間に、イルカはプールへ戻っていた。三頭揃って、天井からぶら下がっている大きな輪をジャンプして潜る。

「セシル、気付いてる?」

「ん?」

「外、雨が降ってる」

 そこで、ようやくアルフレッドも窓を見たらしい。顔色が若干青くなり、唇を噛んだ。

「帰る頃に止んでることを祈るしかないな……」

 二人でヒソヒソ話をしているのは、流石に伝わっただろう。ゼインはこちらを見て、一度だけウインクをする。

「水族館の傘を借りれば大丈夫ですよ」

 貸し出し傘なんてあるのだろうか。とりあえずゼインの言葉を信じるしかなく、口をへの字に曲げながらも頷いた。
 イルカたちは尾びれを使って立ち泳ぎでバックしたり、揃ってジャンプをしたり、鼻先に玉を乗せたりする。雨さえ降っていなければ――アルフレッドの髪色が水で落ちる心配がなければ、華麗なイルカたちのショーを楽しめたのに。
 そこへ、イルカたちが最前列の観客に向かってヒレで水を飛ばした。可愛らしい悲鳴と歓声が会場内に響く。

「最前列に行かなくて良かったな」

「ですね」

 アルフレッドはほっとしたように肩を沈ませる。それを見ると、私の心も少し安心してしまった。鼓動も元の速度に戻り、イルカのショーを観る余裕も出てくる。
 しかし、水飛ばしがショーのピークだったようだ。気付けば、またイルカたちはステージ上でヒレを振っていた。

「ママー。楽しかったねー」

「また来ようね」

 長閑な親子の会話が耳に届く。
 また次に来た時に思いきり楽しむしかない。楽しみは未来に取っておこう。いつか、アルフレッドと一緒に来られるだろうか。
 アルフレッドの顔を見上げてみると、不思議そうな顔をされてしまった。

「最近、ティアとよく目が合うな」

「そう?」

 後ろでゼインが「鈍感め……」と小さく呟くのを聞き逃さなかった。

「さ、行こー」

 私がゼインの言葉を振り切って一歩を踏み出すと、二人も追って来た。館内にはウミガメがいたり、サメがいたり、エイがいたり――海の生き物なんてお目にかかること自体が難しいので、圧倒されてしまう。
 
「どうやって、海の魚を連れてきてるんだろう」

 深海魚を眺めながら、独り言を呟いてみる。

「魚に命を懸ける人もいるってことですよ」

 ゼインが遠回しに説明してくれたものの、よく分からない。私も説明を求めたわけではないので、聞き流すことにした。
 館内も一周し、お土産コーナーに立ち寄る。魚のマスコットがついたキーホルダーやイルカのネックレスなど、ここでしか買えないものが溢れかえっている。私も一つくらいお土産にしたい。
 アルフレッドがクラゲのキーホルダーを手に取ったので、私もつられて同じものを摘まみ上げてみる。

「うん、綺麗だ」

「私、これ買っちゃおうかなぁ」

 アルフレッドに聞こえるように、少しだけ声を張って言ってみる。すると、アルフレッドの視線がこちらを向いた。

「お揃いにするか。新婚……いや、繋がっていたいからな」

「えっ?」

 ボソボソというので、聞き間違えたかと思った。しかし、そうではなかったらしい。アルフレッドの頬は僅かに赤く染まっていた。
 アルフレッドにキーホルダーを預け、会計を済ませてもらう。

「ほら」

 丁寧に渡してくれたそれを、手のひらで受け取った。正式に私の物となったキーホルダーを、天井の照明に翳してみる。水槽の中で漂っていたクラゲと同じような透け感で、見るだけでうっとりしてしまう。

「大事にしような」

「うん」

 アルフレッドとお揃いの物を持てた。そのことを素直に喜ぼう。寂しさを心の奥に閉じ込め、キーホルダーを握り締める。アルフレッドに手を引かれながら、『ありがとうございました』と掲げられた看板の下をくぐった。黒い自動ドアが開き、雨雲の下に晒される。

「あ」

 三人の声が重なった。傘を借りるどころの話ではない。一瞬でずぶ濡れだ。アルフレッドのヘアカラーは見る間に落ち、銀髪が露わとなる。傘を差す人はまばらだけれど、いない訳ではない。一人にでも通報されれば命取りだ。

「ティア、レイン、走るぞ!」

「はい!」

 アルフレッドも慌てたのだろう。私から手を放し、両手で頭を隠しながら走り出していた。それにゼインも続く。出遅れた私は、雨で見通しの悪くなった道を唖然と眺めてしまった。帰宅する人々の何人かの目は、確実にこちらを向いている。

「待ってよぉ!」

 駄目だ、騎士に見つかって真っ先に殺されるのは私だ。弾かれるように駆け出し、アルフレッドとゼインを追いかける。

「ティア! 早く!」

 アルフレッドの声だけが聞こえる。泣きそうになりながら、縺れる足を前に出すと、誰かが私の肩を抱いた。

「きゃっ……!」

「俺だ、セシルだ」
 
 アルフレッドの横顔が一気に私を安心させる。怖かった。死ぬかと思った。泣きそうになりながらも、何とかホープ号に辿り着くことは出来た。風邪を引いてはいけないからと、離陸を待たずにシャワールームへと押し込まれる。

「ゆっくり温まるんだぞ。俺たちは平気だからな」

 アルフレッドは優しい笑みのまま、静かにドアを閉めた。
 肩を抱かれた時の温かな感触が今も肌に残っている。初めての感覚に、顔は火照っていった。
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