ブルー

アイオライト

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ブルー

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そこは、青い品物しか置かない、青い物好きな人達には、有名な店だった。
店主は美しく、いつも、それぞれ違った青い服を着こなしていて、その佇まいが店の雰囲気に、よく似合っていた。

ただ、その店は、その独特な雰囲気からか、街から、浮いていた。

私は、その店を、心底、愛していた。
お給料が入る度、必ず、その店へ向かうのが、私の楽しみだった。

私が、その店で買い集めた品々は、例えば、青いグラスや、青いハンカチ、青いアクセサリー。
とにかく青くないと、私は満足しない質で、その店は、私にとって、救いだった。
私の部屋は、気が狂う程青で埋め尽くされ、その狭い自分だけの世界にいると、心底、幸せを感じた。

私が、その店の店主の女性に、初めて話しかけられたのは、失恋した日だったから、よく、覚えている。
まだ、何も始まっていないのに、明らかな失恋だった。
その日、哀しみを忘れたくて、仕事が終わったら、真っ直ぐ、その店へ向かった。
自分を慰める、何かが欲しかったから。

私のいつもと違うオーラに、きっと、何かを感じとったのだろう、
店主は、
「今日は、雨が降りそうね。今の貴女も、雨と似ている。」
と、私に話しかけた。
私は、心を見透かされた気持ちになって、急に泣きそうになり、
「ありがとうございます。」
と、言うことしかできず、切なくて、やりきれない気持ちになり、早く私の、青い部屋に帰って、心に溜まった哀しみを、気がすむまで、涙とともに、吐き出したかった。

今の私には、青しか救いがなかった。青以外、自分を慰めてくれる存在が無いから、青に依存したかった。

店主は、
「いつもありがとう。」
と、言い、
「今の貴女には、これが似合いそう。」
と、言って、ブルーの、レースの、ルームウェアのワンピースを選んでくれた。
きっと、部屋に着いたら、泣きじゃくるのがありありと分かる顔を、私は、していたのだろう。
店主は、青いボトルのルームスプレーを、
「プレゼント。」
と言って、今にも泣きそうな私に、美しい指先と手で、手渡してくれた。
 
私は、部屋で、ルームスプレーを振りかけ、ワンピースを着て、号泣した。

私が好きだった人は、いつも一人でいた。
あぁ、私と似ている。と、思うようになってから、意識し始め、いつしか、好きになっていた。
職場の上司だった。
独特な雰囲気で、ミステリアスな人だった。
ただ、私には、手が届かない人だということも、わかっていた。
その人の、左手の薬指には、指輪があったから。

その日、私は、残業があり、一人、薄暗い職場の部屋で、ひたすら、仕事をしていた。
珍しく、上司がコーヒーを、差し入れてくれた。
「上司も残業ですか?」
と、聞いたら、
「うん。でも、俺は、終わったから。じゃあ、気をつけて。」
と、言って、きっと、美しいであろう、大切な、奥さんの待つ家へ、帰って行った。
私は、涙を拭いながら、ひたすら、仕事をした。
大切な、コーヒーを飲みながら。

好きな気持ちを持ちながら、毎日、失恋と向き合わなければならない、私の心は、今にも壊れてしまいそうだった。
だから、私の青い部屋は、私にとって、救いなのだ。
唯一、息が、できる。


俺は、部屋の窓から、朝日を見ながら、コーヒーを飲むのが好きだった。

朝は空気が澄んでいて、昼間飲むコーヒーの何倍も美味しい。

時々、犬の散歩を見かけたりするのも、心が和んだ。
そんな時、決まって脳裏に浮かぶのは、ただ、一人、悲しい瞳をした、あの人だった。

その人のことを、初めて見かけた時、俺の心は、一瞬で、奪われた。
見つめるしか、なかった。
俺の視線に気付いたその人は、優しく、俺を、少し怯えながら、控えめに見つめ返して、何度もうつむきながら、それでも、俺を、何か言いたげに、やはり、俺と同じく、何度も見ていた。
目が合うと、不思議と、癒された。
俺の心が泣いていた。
貴女が好きです。
そう、言いたかった。
理由も、わからないのに。
その人は、それきり会えず、一年が過ぎた。


私は、一年前、不思議な男の人に出逢った。
私は、昔、男の人達に、執拗に苛められた過去があり、トラウマとなって、男の人には、怖くて、心が、自分を守ろうと、ガードするようになり、なかなか、心を、開けずにいた。
そのせいか、好きになる男性は、大人な人が、多かった。
上司もそうだった。
ただ、その、一年前に出逢った人は、違った。
私を見つめる眼差しが、何か愛おしいものを見るような、優しく、切なく、私の心を、しめつけた。
全く怖くなかった。
その人となら、幸せな恋ができる。
そう、思えた。
そんな人、初めてだった。
声をかけたくても、もどかしく、それきりに、なってしまった。


春の雨が降る日、私達は、再会した。
お互い、近づきたいのに、うやむやのまま、また、チャンスを、逃した。
やはり、その人は、優しかった。
あぁ、変わらないなあ。と、思った。

仕事に行けば、また、上司への叶わぬ、どうしても消すことができない、片想いを、失恋と、隣り合わせに織りまぜながら、働いている。

あの人は、どうしているだろうか、と、考えたりもする。

また、逢いたいな。次は声をかけよう。
と、気持ちを決めていた。

私は、上司に、どうしようもなく惹かれている。
でも、上司からしたら、そんな感情、迷惑以外の何物でもない。
大切な、奥さんと、可愛いお子さん。
それが、上司の全てだ。
私は、必要ない。
全く、必要、ない。
泣けてくる。

早くあの人に逢いたい。
あの、愛しい眼差しを、もう一度見たい。
声を聞きたい。
話がしたい。
底無し沼の哀しみから、救い出してほしい。
上司を想い、何度、泣いただろう。
大好きだから。
好き過ぎて、頭がおかしくなりそうだから。

私を救い出してくれる人は、あの男の人しかいない。
今まで、妻子持ちの大人しか、好きになれなかった私が、初めて、好きになれた、同年代の、私を大切にしてくれる、唯一の人だから。


また、その人と出逢う時がきた。
その人は、本屋にいた。
すぐ、その人だとわかった。
私は、勇気を出して、話しかけた。
「あの、以前も、何度かお逢いした方じゃないですか?」
と。
その人は、はっとして、すぐ、私を見て、
「はい。俺も、貴女を何度もみかけました。声をかけてくれて、ありがとう。」
と言って、嬉しそうに、笑顔になった。
私は、あぁ、やはり、この人が、私を救い出してくれる人だ、と、確信した。

その人は、初めて逢った時と同じ、悲しい瞳をしていた。
その人の心に蓄積された、哀しみの、重みを、感じとった気がした。
その哀しみを、少しでも忘れさせたくて、貴女が心から、笑うのを見たかったから、
「もし、お時間があったら、これから、一緒に何処かへ行きませんか?」
と、誘ってみた。
私は、嬉しくなって、笑顔で、
「はい。」
と、言った。
その人の笑顔を、初めて見た時、一瞬、時間が止まった気がした。
夢の中の、綺麗な絵を見ているような、幸せな気持ちになった。
俺の心に刻まれた、そのかけがえのない笑顔を見た時、俺は、
絶対に貴女を哀しませない。
と、誓った。
その人の車に乗り、2人で、ドライブが、始まった。
「何処にいくんですか?」
と、聞いたら、
「そうだね、晴れてるし、海とか、どうかな。」
と、言ったから、
「いいですね。海、久しぶりだから、嬉しい。」
と、言った。

車の中で、お互いの話を沢山した。

その人は、小さな街で、育ったこと。よく、夜、星を見るのが好きなこと。朝日を見ながら、コーヒーを、飲むこと。

私は、あの、青い店のことを、話した。

その人は、興味を持ったらしく、
「素敵な所だね。俺も、青、好きだから、もし、良かったら、今度そこに一緒に行ってもいいかな。」
と、言った。

私は、もしかしたら、その人と、その店に一緒に行けば、哀しみの思い出が、染み付いた、あの店が、また、落ち着く店に変わるかもしれない、と、安堵して、
「はい。一緒に、行きましょう。」
と、言った。

いつもは、人と、話をすると、自分の話が、つまらない気がして、怖くて怖くて、たまらなくなり、不安感で心が、押し潰されるはずなのに、その人は、違った。
楽しくて、嬉しくて、幸せだった。
本当に、そんな人、初めてだった。
まるで、夢の中にいるような、幸せな時間だった。
本当に、優しい人だな、と、思った。

海に着いた。
綺麗な、大きな、青い海。

俺は、その人に、触れたくて、
「手を繋いでもいいですか?」
と、その人を見つめて言った。
その人は、少し照れながら、
「はい。」
と、笑顔で見つめ返して、手をそっと、俺の手に、合わせた。
その人の手は小さく、手を繋いだら、その人に対して、溜め込んできた、自分の感情を抑えられず、優しくキスをした。
長いキスの後、その人を抱きしめながら、この日がくることを、俺はずっと、求めていたことを感じていた。
初めて逢った時から、ずっと。

男性とは、悲しい思い出しかない私にとって、今、この時間は、永遠に失いたくない、大切な、記憶になった。

本当に、好きな人に、私は、やっと出逢い、本物の幸せを、私は、やっと、やっと、手にいれたのだ。
私は、暗闇の哀しみの中から救い出してくれる、救世主に人生で初めて出逢えたのだ。
何度生まれ変わっても、決して私は、この日を忘れない。

貴方を愛しています。

抱きしめられながら、そう思った。

私は、泣いていた。
哀しかった過去のこと。これから始まる、幸せな未来のこと。
全てが、私の中で渦巻いて、どうしようもなく、涙が出た。

その人は、
「どうしたの?」
と、聞いて、私の涙をそっと指先で優しく払った。
私は、
「余りに幸せ過ぎて、涙が、」
と、言って、言葉が、つまった。

貴女は本当に、辛い想いを今まで重ねてきたんだね。これからは、大丈夫。俺が側にいる。貴女を絶対幸せにする。
そう、思った。


それからは、私達は何度も、ふたりで、いろいろな所に行った。

お互いの部屋にも行った。
私の好きな、青い店や、その人の大好きな窓がある部屋、私の青い部屋。


そうして、何度めか、その人の部屋へ行った時、初めて、その人に抱かれた。
初めてなのに、怖くなかった。
男の人に愛されるということを、初めて知った。

私も一緒に、朝日を見た。本当に、綺麗だった。

俺の腕の中で、すやすや眠る、その人の寝顔を、愛おしく、見ていた。
本当に、幸せな気持ちだった。
この日がくることを、心のどこかで、俺は、ずっと、待ち望んでいた。

貴女を、ずっと、好きでした。

あの日、初めて貴女を見た日から、ずっと。


それから、俺達は、一緒に暮らし始めた。毎日が、光輝いていた。
2人なら、何も怖くなかった。

その部屋の窓からは、春になると、桜が、見えた。

2人で暮らし始めて、一年が、過ぎた。

その人は、仕事から帰ってきたら、少し照れながら、小さな箱を私に手渡した。
「何?」
と、聞くと、
「開けてみて。」
と、言った。
なんだろう、と、思い、箱を開けた。
綺麗な、ブルーの、石のついたシルバーの指輪だった。
私は、驚いて、
「これ、どうしたの?」
と、聞いた。
その人は、
「ずっと、2人で、生きていこう。」
と、言った。
私は、嬉しくて、
「ありがとう。」
と、笑顔で言った。

その夜、いつものように、2人で、ノンアルコールのカクテルを、あの、青い店で、2人で選んだ、ペアグラスで、飲んで、私は、左手の薬指を眺めた。
その人も、同じ、ブルーの、石のついた、シルバーの指輪を、左手の薬指にはめていた。

幸せだった。

私達は、それから、2人で、幸せな毎日を、重ねていった。

たとえ、天にめされても、ずっと、永遠に。












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