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「この空き部屋ほぼ使ってないよね…。掃除する意味あるのかなー」
 私は本館にあるたくさんの空き部屋のひとつを掃除していた。なんでも別館ができる前はこのたくさんあるあきべやが趣味に使ったり恋人と過ごしたりするために使われていたそう。ちょうど私が掃除しているのは先代のお妃様かお姫様の趣味だったであろう裁縫をするために使われた部屋でミシンや糸、布など様々な道具が置いてある。ご丁寧に試着室も着いており、掃除する手間が増える。
「ひー、無駄にものが多いから掃除も大変だー」
「おぉ、こんな部屋があったのか」
 いつの間にか背後に人がいた。振り返るとそこにはルーク王子、オスカー王子の兄、簡単に言えばこの国の国王陛下の長男にあたる、ハリー王子がいた。
 ちょっと思ったことを言ってもいいかい?私、王子に出会いすぎでは?ゲームのストーリーに絶対影響与えてるよね?
「ああ、おはようございます。ハリー王子。…凄いですよね、この部屋」
「おはよう。栗毛のお嬢さん。僕も生まれて初めてこんな部屋があることを知ったよ。しかし…ゲホッ、ここ埃っぽいな」
「毎日掃除しているんですが、やっぱり埃っぽくなりますよね…布の数も尋常じゃないし…」
「掃除をする側も大変だなぁ…何か別に使える場所として活用してあげたいんだけど…まずはこれを撤去しないとな…もったいないけど」
 ハリー王子が指さしたのはトルソーに着せてある数着のドレスだった。とても丁寧に仕上げてあり、まるでプロが作ったかのように美しいドレスだった。デザインは一昔前のものだが今でも着れる気がする。
「もったいないですね…せっかくこの部屋をお使いになっていた方が作ったドレスなのに撤去するなんて…それにあの試着室も」
「いや、これは今から使う」
「ルーク!?」
「ルーク王子!?何故ここに!!」
 何やら袋を持ったルーク王子が私とハリー王子の後ろにたっていた。
「先日の作業着の件だ。試着用のものが届いた」
「ルーク!いつの間にそんな話を」
「兄上、これは使用人のために必要なことなんです。父上には話を通してあります」
「そうか、だがその作業服…雑用係のものか!でも一体誰が着るんだ…」
「……えっ、私ですか!?」
「当たり前だろう。我々が着てどうする」
「そう…だがルーク、何もこの栗毛のお嬢さんに来てもらわなくても他に着てもらえる人はいるだろう」
「作業着の改善を提案したのはここにいる雑用係、つまり兄上の言っている栗毛のお嬢さんだ。提案者に来てもらった方が良いだろう」
 
 結局この部屋にある試着室を使って新しい作業着を試着することになった。たとえ試着室で着替えるにしても、さすがにプライバシーの侵害になるので御二方には部屋から出て言ってもらった。着替えが終わり、二人を呼んだ。
「どうだ、着心地は…」
 新しい作業着は以前のものと比べて断然良くなっている。動きやすいように短くなった裾や、撤去された無駄なフリル。靴は足にフィットする素材を使ったものでとても快適だ。
「随分今のものとは地味になったね。もう少し華やかでもいいんじゃないか」
「兄上、そこを気にしてしまうと仕事に支障が出てしまいます。そうだろう?」
「は、はい!こっちの方が動きやすいですし、仕事に専念できます」
「たしかによく考えるとデザインも本館のイメージとマッチしてて下手に目立たなくていいな。冷酷なルークがこんなにも人に尽くすなんて…お兄ちゃん…感動」
「なっ、兄上!」
 ルーク王子は赤面した。
「あの、御二方に質問なんですけど…」
「なんだい?」
「どうして、私に声をかけるんですか…?なんて…」
 思い切って私は質問してみることにした。気になって仕方がないからだ。
「そうだな…何故か君を見つけた時声をかけて見たいって思った…から?」
「僕はあの時素足で変なやつがいるなーって…でも確かにいつもならスルーするんだが、声をかけたくなったな…」
 質問に困惑する二人を見て私も困惑した。明確とした理由がないってことは不思議な力が働いているかもしれない。確かに私はこのゲームの世界ではモブではなく一応名のあるキャラクターだ。しかしここまで主人公によって攻略されるメインキャラクターと接してしまうのはどうもおかしい。
「不思議ですね…」
 多分私がメインキャラクターを避けて生活してもどこかしらで接触してしまう。
 声をかけられるようになったのは私がダイエットに成功した時から。自分ではよくわからないが、相当綺麗になったらしい。
 モブでもなければメインでもない私はイメチェンというとんでもないことをしでかしたのかもしれない。
「あの、もう着替えてもよろしいですか?」
「君が満足したならそうしてもらって構わない。それにここの掃除も終わってないだろう」
「なぁルーク。ここのトルソーにかかってるドレス素敵だと思わないか?」
 ハリー王子はキラキラした目でルーク王子を見つめトルソーの方を指さした。
「何が言いたいんです?兄上」
「絶対に彼女に似合うと思うんだ」
 ハリー王子はトルソーから私へと指を移動した。
「えっ、でも掃除…」
「そうですよ、兄上。彼女を困らせてはいけません」
「ここ掃除しても次の日にはすぐにホコリっぽくなってるんでしょ?だったら僕が特別に掃除したって事にしといてあげるからさ。着替えるついでだろう?時間もあるしこのドレス着て欲しいなぁ」
 忘れていた。ハリー王子は好奇心旺盛でオスカー王子とはタイプが違うが、女たらしの一面もある。
「でも私ドレスなんて着たことないですし、それにサイズが会うかも分かりませんよ?」
「大丈夫、きっと似合う」
 ハリー王子はこちらをじっと見つめた。ルーク王子同様、アメジスト色の美しい瞳に私は負けてしまいそのドレスを着ることにした。
「あっ、サイズぴったり…」
 驚いた。多分、この部屋を使っていた方のスタイルに合わせて特注したトルソーなのだろうか、とてもスタイルの良いトルソーだった。それに沿って作られたドレスを私は着れるわけないと思っていたが、まさかのジャストサイズ。
 私が来たドレスは先程も言った通り一昔前のデザインのものだ。ベースカラーは緑でフリルやレースをふんだんに使っている。所々に宝石も縫い付けてあり、光にあたるとキラキラと光っている。
 一応着替え終わったことを報告するとハリー王子が部屋に入ってきた。ルーク王子は用事が出来て帰ってしまったらしい。
「やっぱり!とても似合っている!」
「ど、どうも」
「まるでどこかの国の姫君のようだ。本当に、美しい…」
 ダメです王子!私に見とれてはいけません!あなたには主人公という運命の人がいるのです!目を覚ましてくだせぇ!!
「決めた!この部屋は君と僕たちの秘密の部屋にしよう」
「はい?僕…たち…?」
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