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1章 謎の聖女は最強です!
王子、提案する!
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サンクトハノーシュ王国の中心たる白亜の城の絢爛豪華なエントランスの魔法陣が急に輝きだしたのは、星が輝く真夜中のことだった。
たまたまエントランスを通りかかった二人の衛兵が、異変に気づいて顔を見合わせる。
「こんな夜中に、どなたでしょうか……」
「分からん。特に訪問の予定は入っていなかったはずだが……。とにかくお迎えしなければ」
この王宮のエントランスにある転移魔法専用の魔法陣は、王族に認められた特別な貴族しか使用ができない。そのため、この魔法陣が光り出す、ということはすなわちこの国の要人が現れるという合図である。
胸に手を当て、衛兵たちは真夜中の訪問者の出現を待つ。
やがてひときわ明るく魔法陣が輝き――……
「このあんぽんたんッ、この、この……、あんぽんたんッッ!!」
「や~~ん、ハクシャクって悪口のレパートリー少なめなタイプなんだ♡ かわゆす~」
現れたのはやたら騒々しい一組の男女だった。背の高い男は猛烈に怒った顔をしており、一方の女は天真爛漫に笑っている。
ベテランのほうの衛兵がハッとした顔をした。
「銀の髪に、凍てつく青色の瞳の長身の紳士に、金髪に一風変わったシスター服の乙女……。もっ、もしや、ソーオン伯と、その婚約者の聖女エミ様、では……?」
「……うむ、いかにも」
ディルは一つ咳払いをして頷く。エミも「ちーっす、聖女でーす!」と手を振った。
衛兵たちは慌てて敬礼をする。
「こ、これは失礼いたしました! まさかこんなに早く来られるとは思っておらず……。ご来城された理由は、ドラゴンの件ですか」
「ああ。ガシュバイフェンで伝説のドラゴンが目撃された。おそらく、近いうちに首都を襲撃するだろう」
「はい。こちらの情報と一致します。北の方角からこちらにドラゴンが猛スピードで向かっていると、デルゼ伯領から早馬で報告が」
衛兵は状況を報告する。曰く、長い眠りから目覚めたドラゴンは、行く先々の農園を襲撃しては家畜たちを片っ端からたいらげ、気まぐれに火を吐きながら森や山を焼きつつ首都へ向かっているのだという。
話を聞いたエミが、思いっきり顔をしかめた。
「このままだとお腹いっぱいで元気フル充電のドラゴンが首都にきて、ヤバいパティーンじゃん!」
ディルは頷いた。家畜の件は残念だが、その一方でドラゴンが食事している間は時間稼ぎができているともいえる。まあ、食べられたのが人間でないだけマシだ。
「話はわかった。これは、間違いなく100年に1度の災禍だ。すぐに手を打たねば、国が滅ぶことになりかねん」
「そのようですね」
「国王だけでなく、宰相たちにもあとで会わなければならぬな。……ああ、それから、手違いで聖女を連れてきてしまった。いますぐ転移魔法でガシュバイフェンに帰還させてくれ」
「ええっ、聖女様をですか!?」
衛兵たちは驚いた顔をしたが、もっと驚いた顔をしたのはエミだった。
「ちょ、ちょい待ち~! せっかく首都まで一緒にこれたのに、すぐ帰らなきゃなんてそれはちょっとヒドいよぉ」
「こればかりは譲る気はない。そもそも、お前が勝手についてきたことに私はかなり怒っているんだぞ!」
「え~~、怒った顔レアすぎて最の高なんですけどぉ! ハクシャク、どんな顔をしてもぜ~んぶイケメンでメロメロになっちゃうなぁ♡」
「お、お前はこんな時に何を言ってるんだ!」
「思ったこと言っただけだもーん♡ とりにかく、ハクシャクが今さらなにを言ったって、あたしはゼッタイ帰らないから!」
そういうと、エミはぎゅっとディルの腕にしがみついた。不意打ちのような形でエミの柔らかな胸の膨らみがぎゅっとディルの二の腕に押し付けられ、ディルは顔を真っ赤にして硬直する。
「なっ……、ひっ、人前でそれは……っ」
「誰だ、こんな大変な時に騒ぐのは! 少し静かにできないのか?」
ディルが文句を言い終わる前に、若い男の声がエントランスに響き渡った。威丈高でヒステリックな声だ。
衛兵二人が、階上を見上げると慌てて片膝をつく。
「こ、この声は、第一王子のエリック様!」
「そこの衛兵二人組! なにこんな大変な状況のさなかに油を売っているんだ。さっさと仕事に戻れ! ……なんだ、魔力の形跡を感じるが、こんな夜中に誰か来たのか……って、そこにいる見覚えのあるツインテールはまさか、聖女エミか!?」
エントランスにつながる大きな階段から、緋色のマントをひるがえして降りてきたのは第一王子であり、エミの元婚約者であるエリックだった。衛兵二人は慌てて命令通り持ち場に戻って行く。
ディルは急に現れたエリックを一目見て思わず顔をしかめたものの、エミは気安く片手をあげた。
「あっ、王子じゃん。ちょりーっす! おひさでーす! ちょっとやつれた?」
「お前、相変わらず一国の王子に対する態度とは思えないくらいくだけた態度で接してくるな!? ……まあ良い。俺とお前の仲だから、寛大な心で許してやろう! そんなことより、大変なことになってるんだ。今すぐ来い!」
エミのもとに歩み寄ってきたエリックは、当たり前のように彼女の手をとり、ディルから引き剥がした。彼はイライラしながらエミをぐいぐい引っ張っていく。
「え、ちょ、あんまり引っ張らないで! 服が伸びちゃう!」
「ガタガタ言ってないで大人しくついてこい! 緊急事態なんだよ! お前の馬鹿力が必要だ。まったく、先のハド共和国との戦争が100年に1度の災禍だと父上は言っていたのに、話が全然違った! 最悪な状況だよ、クソ!」
「エリック王子、その手を離してください」
ディルは急にエリックとエミの間に割って入った。口調こそ丁寧だが、ほぼ命令だ。エリックは、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をする。第一王子という特殊な立場上、エリックは誰かに命令されることがほとんどないのだ。
「なっ、な、なななな、なんだお前は……」
「レディに断りなく触れるとは、不作法極まりない行い。看過できませんな。聖女エミは私の婚約者だ。そのような愚かな振る舞いは控えていただきたい」
エリックはディルの地を這うような低い声に心底震え上がった。その上、エリックより頭一つ分背の高いディルは、威圧感のある無表情でエリックを見下ろしている。それがまた、怖い。
しかし、エリックにもプライドがある。彼はなけなしの勇気をかき集め、甲高い声でディルに向かって吠えた。
「……うるさい! 父上のお気に入りだからと言って生意気だぞ! それに、エミと俺は婚約していた仲なんだ。これくらい、許されるに決まっている!」
「今は婚約されておられませんよね? 元婚約者は、いわば他人同士。他人の非礼な振る舞いを現婚約者の私が咎めるのは、しごく真っ当だと思いますが」
「……ッ!」
あっさりと論破されたエリックは、赤い顔をして悔しそうに歯噛みしたものの、すぐにニンマリ笑うと軽く咳払いする。人がなにかよからぬことを思いついた時のテンプレート通りの動作である。
「……なあ、聖女エミ。今から俺が言うことをよく聞け。先程送られてきた速報によれば、ドラゴンが首都を襲おうとしているらしい。だから、俺はお前にチャンスをやる。ドラゴンをどうにかしろ。これはお前にとっての最後のチャンスだと思えよ。うまくできたら、もう一度俺の婚約者に選んでやらんこともない。そこの田舎男の嫁になるなんて、まっぴらごめんだろう?」
あまりに身勝手な物言いに、ディルが一瞬にして殺気立った。何から何まで、卑劣。自分から婚約破棄を言い渡しておいて、都合が悪くなれば再び自分との婚約をちらつかせ、意のままに操ろうとしているのだ。
ディルは拳を強く握った。今すぐにでも、目の前の男に飛びかかり、殴ってやりたい。
「このッ……」
「ちょっと、ふざけんじゃないわよ! こんな時までよくもエミたそに偉そうにできるわね!? 誠心誠意土下座して頼むくらいしなさいよ!」
ふいに、エントランスに凛とした声が響いた。
たまたまエントランスを通りかかった二人の衛兵が、異変に気づいて顔を見合わせる。
「こんな夜中に、どなたでしょうか……」
「分からん。特に訪問の予定は入っていなかったはずだが……。とにかくお迎えしなければ」
この王宮のエントランスにある転移魔法専用の魔法陣は、王族に認められた特別な貴族しか使用ができない。そのため、この魔法陣が光り出す、ということはすなわちこの国の要人が現れるという合図である。
胸に手を当て、衛兵たちは真夜中の訪問者の出現を待つ。
やがてひときわ明るく魔法陣が輝き――……
「このあんぽんたんッ、この、この……、あんぽんたんッッ!!」
「や~~ん、ハクシャクって悪口のレパートリー少なめなタイプなんだ♡ かわゆす~」
現れたのはやたら騒々しい一組の男女だった。背の高い男は猛烈に怒った顔をしており、一方の女は天真爛漫に笑っている。
ベテランのほうの衛兵がハッとした顔をした。
「銀の髪に、凍てつく青色の瞳の長身の紳士に、金髪に一風変わったシスター服の乙女……。もっ、もしや、ソーオン伯と、その婚約者の聖女エミ様、では……?」
「……うむ、いかにも」
ディルは一つ咳払いをして頷く。エミも「ちーっす、聖女でーす!」と手を振った。
衛兵たちは慌てて敬礼をする。
「こ、これは失礼いたしました! まさかこんなに早く来られるとは思っておらず……。ご来城された理由は、ドラゴンの件ですか」
「ああ。ガシュバイフェンで伝説のドラゴンが目撃された。おそらく、近いうちに首都を襲撃するだろう」
「はい。こちらの情報と一致します。北の方角からこちらにドラゴンが猛スピードで向かっていると、デルゼ伯領から早馬で報告が」
衛兵は状況を報告する。曰く、長い眠りから目覚めたドラゴンは、行く先々の農園を襲撃しては家畜たちを片っ端からたいらげ、気まぐれに火を吐きながら森や山を焼きつつ首都へ向かっているのだという。
話を聞いたエミが、思いっきり顔をしかめた。
「このままだとお腹いっぱいで元気フル充電のドラゴンが首都にきて、ヤバいパティーンじゃん!」
ディルは頷いた。家畜の件は残念だが、その一方でドラゴンが食事している間は時間稼ぎができているともいえる。まあ、食べられたのが人間でないだけマシだ。
「話はわかった。これは、間違いなく100年に1度の災禍だ。すぐに手を打たねば、国が滅ぶことになりかねん」
「そのようですね」
「国王だけでなく、宰相たちにもあとで会わなければならぬな。……ああ、それから、手違いで聖女を連れてきてしまった。いますぐ転移魔法でガシュバイフェンに帰還させてくれ」
「ええっ、聖女様をですか!?」
衛兵たちは驚いた顔をしたが、もっと驚いた顔をしたのはエミだった。
「ちょ、ちょい待ち~! せっかく首都まで一緒にこれたのに、すぐ帰らなきゃなんてそれはちょっとヒドいよぉ」
「こればかりは譲る気はない。そもそも、お前が勝手についてきたことに私はかなり怒っているんだぞ!」
「え~~、怒った顔レアすぎて最の高なんですけどぉ! ハクシャク、どんな顔をしてもぜ~んぶイケメンでメロメロになっちゃうなぁ♡」
「お、お前はこんな時に何を言ってるんだ!」
「思ったこと言っただけだもーん♡ とりにかく、ハクシャクが今さらなにを言ったって、あたしはゼッタイ帰らないから!」
そういうと、エミはぎゅっとディルの腕にしがみついた。不意打ちのような形でエミの柔らかな胸の膨らみがぎゅっとディルの二の腕に押し付けられ、ディルは顔を真っ赤にして硬直する。
「なっ……、ひっ、人前でそれは……っ」
「誰だ、こんな大変な時に騒ぐのは! 少し静かにできないのか?」
ディルが文句を言い終わる前に、若い男の声がエントランスに響き渡った。威丈高でヒステリックな声だ。
衛兵二人が、階上を見上げると慌てて片膝をつく。
「こ、この声は、第一王子のエリック様!」
「そこの衛兵二人組! なにこんな大変な状況のさなかに油を売っているんだ。さっさと仕事に戻れ! ……なんだ、魔力の形跡を感じるが、こんな夜中に誰か来たのか……って、そこにいる見覚えのあるツインテールはまさか、聖女エミか!?」
エントランスにつながる大きな階段から、緋色のマントをひるがえして降りてきたのは第一王子であり、エミの元婚約者であるエリックだった。衛兵二人は慌てて命令通り持ち場に戻って行く。
ディルは急に現れたエリックを一目見て思わず顔をしかめたものの、エミは気安く片手をあげた。
「あっ、王子じゃん。ちょりーっす! おひさでーす! ちょっとやつれた?」
「お前、相変わらず一国の王子に対する態度とは思えないくらいくだけた態度で接してくるな!? ……まあ良い。俺とお前の仲だから、寛大な心で許してやろう! そんなことより、大変なことになってるんだ。今すぐ来い!」
エミのもとに歩み寄ってきたエリックは、当たり前のように彼女の手をとり、ディルから引き剥がした。彼はイライラしながらエミをぐいぐい引っ張っていく。
「え、ちょ、あんまり引っ張らないで! 服が伸びちゃう!」
「ガタガタ言ってないで大人しくついてこい! 緊急事態なんだよ! お前の馬鹿力が必要だ。まったく、先のハド共和国との戦争が100年に1度の災禍だと父上は言っていたのに、話が全然違った! 最悪な状況だよ、クソ!」
「エリック王子、その手を離してください」
ディルは急にエリックとエミの間に割って入った。口調こそ丁寧だが、ほぼ命令だ。エリックは、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をする。第一王子という特殊な立場上、エリックは誰かに命令されることがほとんどないのだ。
「なっ、な、なななな、なんだお前は……」
「レディに断りなく触れるとは、不作法極まりない行い。看過できませんな。聖女エミは私の婚約者だ。そのような愚かな振る舞いは控えていただきたい」
エリックはディルの地を這うような低い声に心底震え上がった。その上、エリックより頭一つ分背の高いディルは、威圧感のある無表情でエリックを見下ろしている。それがまた、怖い。
しかし、エリックにもプライドがある。彼はなけなしの勇気をかき集め、甲高い声でディルに向かって吠えた。
「……うるさい! 父上のお気に入りだからと言って生意気だぞ! それに、エミと俺は婚約していた仲なんだ。これくらい、許されるに決まっている!」
「今は婚約されておられませんよね? 元婚約者は、いわば他人同士。他人の非礼な振る舞いを現婚約者の私が咎めるのは、しごく真っ当だと思いますが」
「……ッ!」
あっさりと論破されたエリックは、赤い顔をして悔しそうに歯噛みしたものの、すぐにニンマリ笑うと軽く咳払いする。人がなにかよからぬことを思いついた時のテンプレート通りの動作である。
「……なあ、聖女エミ。今から俺が言うことをよく聞け。先程送られてきた速報によれば、ドラゴンが首都を襲おうとしているらしい。だから、俺はお前にチャンスをやる。ドラゴンをどうにかしろ。これはお前にとっての最後のチャンスだと思えよ。うまくできたら、もう一度俺の婚約者に選んでやらんこともない。そこの田舎男の嫁になるなんて、まっぴらごめんだろう?」
あまりに身勝手な物言いに、ディルが一瞬にして殺気立った。何から何まで、卑劣。自分から婚約破棄を言い渡しておいて、都合が悪くなれば再び自分との婚約をちらつかせ、意のままに操ろうとしているのだ。
ディルは拳を強く握った。今すぐにでも、目の前の男に飛びかかり、殴ってやりたい。
「このッ……」
「ちょっと、ふざけんじゃないわよ! こんな時までよくもエミたそに偉そうにできるわね!? 誠心誠意土下座して頼むくらいしなさいよ!」
ふいに、エントランスに凛とした声が響いた。
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