願わくは、一緒にいたかった

ゆりえる

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1.懐かしい空気

願わくは、一緒にいたかった

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 強風の扇風機の音さえも遮断する砂嵐のような蝉時雨、少し破けた網戸から温い風が時折頬を撫で、年季の入った畳の匂いに安堵を覚えながら睡魔に負けそうになる昼下がり。

 都会の生活にいつしか馴染んでしまっていた自分は、自然を身近に感じさせられる、こんなゆっくりと時が流れる長閑な過ごし方をすっかり忘れていた。

 一体、いつ以来だろう?

 この心地良い自然音に溶け込んでいると、自分は、何か大切な事を忘れてしまっているのではないかという思いに駆られてくる。

 生温かくて、どこか懐かしいこの空気のせいで......

 小学校低学年までは、夏休みになると、僕、新村にいむら基生もときは、実家から車で2時間離れた祖母の家に預けられていた。
 長い夏休み期間の自分と祖母だけの生活は、時に恐怖体験も含まれ、まだ幼かった僕にとって、好奇心を十二分に刺激するものだった。
 そのどれもが、幾多の表情を見せてくれる万華鏡の世界の様に、僕を捉えて離さなかった。

 それは、何かの忘れ物に気付いたように感じられる、一刻......

 けたたましい蝉達の一斉鳴きが、なぜか、そのタイミングを狙ったかのように一瞬止み静まり返った。
 耳鳴りが切り替わったかのようにも感じられるその瞬間、僕の思考回路は、周りの動きに反して、何かを取り戻そうと懸命に動き出した。
 僕はここで、失われた記憶を取り戻す為に、今、ここにいるのではという錯覚さえも覚えて来た。

もと君、うちの畑で採れたスイカだよ。もう、基君は大きくなったから、これだけでは足りないかな?」

 祖母が、売り物に比べ、別物のように種の多過ぎるスイカを山形にカットして3つ、青みがかった透明なガラス皿に乗せて持って来た。

「いや、これで十分。ありがとう、おばあちゃん。頂きます」

 スイカは幼少時からずっと僕の大好物で、夏休み中は毎日、畑から熟れ具合の良さそうな物を選び、冷蔵庫で冷やして食べていた。
 大人になり、あの頃のように、口の周りを汁だらけにして頬張り、種を縁側から飛ばす食べ方はしなくなったが、今も尚、その赤い果実は、僕の心を捉え、鼓動を高鳴らせていた。

 あの頃も今も、種が多くて食べ難いが、甘くて美味しいのは変わらない。

 少し皮に陽に当たらなくて白っぽいままの部分が残っているのも変わらない。
 化学肥料を使わず、野菜の傷んでいる部分や外側の廃棄部分を肥料にしている地球に優しい昔ながらの農法。
 素材そのものの味わいの強さも祖母の育てる野菜達ならでは。

 時代の流れに取り残されたように、祖母はずっとここで、自給自足の菜食生活を続けていた。
 そんな祖母も、僕がいる時だけは、近くのスーパーまで行き、肉や魚を購入し、食卓に並べていた。

 夏休みの初めの頃は、祖母も僕と同じ、肉や魚料理を食べていたが、次第に、祖母だけが菜食に戻り、いつの間にか、夏の暑さにやられた僕も、野菜しか欲しなくなっていった。
 それほど、祖母の育てる野菜達には、虜にならずにいられない魔法のような力が有った。

 祖母の畑が見える縁側に行き、種の多さゆえに崩壊しやすいスイカを幼い頃に慣らしたのを思い出しながら、器用にあちこちに口を移動させて食べた。
 3つのスイカのうち1つを赤い部分が全く見えなくなるまで食べ終え、祖母が用意してくれた、もう1枚のタネや皮用のガラス皿に移した。
 自分はそのギリギリまで上手く食べた方だと思っていたが、スイカの皮を目がけ、黒い生き物が突進して来た。

 クワガタムシの中でも大型のミヤマクワガタだ。
 
 その人間の廃棄する皮の部分を大事そうに味わって食べている、盛夏の嬉しい来客。
 掴まえようかと悩んだが、満足するまで食べ終えた後、そのまま自然に戻って行く様子を目で追った。
 祖母も相変わらず、こんな時間の過ごし方を送っているのだろうと思われた。

 またいつでも、こうしてスイカの皮を用意して待っているよ。

 祖母の代わりに、心の中で呟いた。
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