上 下
2 / 8
第一章「木彫魔女の薬屋」開業編

1.(前編)

しおりを挟む
「忙しい…」

 彼女の名前はソフィア・シルバータニア30歳。とある小さな国の薬屋のオーナーです。
 その彼女がポツリとつぶやいていました。とても忙しい様です。

 実は彼女、日本人です。
 本名は上原美里うえはらみさとといい、日本の大手製薬会社で研究員をしていました。
 あるとき社長の息子のわがままで、ポーションが欲しいとねだられて折れた社長によって、極秘に開発する事となり、彼女一人で開発を担当することになりました。
(開発時はこの事は伏せられ、彼女は国家機密か何かなのだろう、と思っていました)
 開発段階で行き詰まり、苦肉の策で異世界より魔女、ルイーザ・シルバータニアを召喚し、魔法を伝授してもらい、習得することによってポーションの開発に成功しました。
 初めて出来たポーションは最高級、つまりエリクサーでした。
 しかし、それを提出するわけにもいかず、最下級まで品質を落としたものを提出しました。
 それでも現代医療との合わせ技によって、絶大な効果を発揮し、不治の病すら完治させられる可能性を秘めたものとなったのです。
 始めは社長もこれは、息子へのプレゼントとして、このことは公表するつもりは無かったのですが、情報が漏れて本格的に商品化へ向けてポーション事業部を立ち上げ、その責任者として彼女が選ばれたのでした。
 しかし、このポーションは、魔法を取得した彼女にしか作ることしかできません。
 その事はすぐバレる事で、魔法の存在、私が使える事が知れ渡る事や他の人に魔法を教えたりしたら世の中に大混乱が引き起こされる事は容易に推察出来ます。
 また、もしポーションが世に出て、大量生産されれば医療は崩壊し、影響は計り知れないものとなるでしょう。(極端に言えば、誰でも医療行為が可能です)
 その事を危惧した彼女は、ポーションや魔法の存在を秘匿する為に、国を出る事を決意するのでした。
 そこで、こっそり会社に退職届を彼女の会社の机の上に置き、資産と共に国外へ逃げ、ある国で名前をソフィア・シルバータニアと変えて、その国の市民権を買い、美里の痕跡を消してこの国に辿り着いたのです。
 そして、大統領の娘であるユリーナ・サラノビスの病気を治す事による褒賞として、大統の後ろ盾と共にこの国の市民権を獲得しました。
 薬屋を経営する旨を伝え、不動産屋の紹介をお願いしたところ、店舗は既に大統領によって支払わられていました。
 開業資金は、日本で勤めていた製薬会社で、新薬の開発の報奨金などでかなりの資産がある為、困る事無く薬屋「木彫魔女の薬屋」を開業する事となったのです。
 ちなみに「木彫魔女」というのは、ポーションを作る過程でついた彼女のあだ名です。



「木彫魔女の薬屋」で販売している薬は、大統領に紹介された、この国で一番の大手製薬会社「テキトパ製薬」で製造されたものです。
 通常は代理店から購入するものですが、海外から亡命してきたこともあり、大統領の根回しによって、直接テキトパ製薬から仕入れることが出来るようになりました。
 その為、他の薬店より安く仕入れ、少し安く販売しても、充分利益がでるのです。

 この店の変わったところは、薬局でも薬店でも無いところです。
 出店に関するあらゆる認可や資格はソフィアが取得したので、どの様な形でも、販売する事は可能です。
 しかし、この国は日本との国交はありませんが、身分がバレないように(日本の製薬会社に対して)個人事業所としました。
 さらに、ソフィアが薬の開発が出来る為、ある意味製造部門の無い製薬会社、とも言えるのです。店舗付き製薬会社といいますか、そういったイメージです。
 開発に関しては、1つの研究室と機材をテキトパ製薬に有料で借りて実施します。
 このため「テキトパ製薬」の傘下ではありません。
 規模の大きさは違ってもあくまで対等の関係になります。

 今後は元々ソフィアが日本にいた時に開発に携わった薬のレシピの認可が下り次第販売する予定です。
 店舗では扱えないような薬のレシピは販売し、他の薬と同様に売り上げに対する使用料を支払ってもらう事で契約しています。ソフィアが提出した全てのレシピの特許はソフィアにある。という事です。
 既に50を超えるレシピを提出しており、多額の技術提供料を支払って貰いました。
 ソフィアが現状提出しているレシピは日本では一昔前のものですが、この国では十分に高品質なものです。システムがしっかりするまでは最高レベルのものを提出するのは問題が起こる可能性がある為、様子を見て小出しにするつもりです。
 もちろん国交が無いとはいえ、権利関係が問題となるのを防ぐ為、ベースはソフィアが務めていた日本のものですが、アレンジして全く同じではないので問題はありません。

 このレシピが無差別に流出すると、この国の製薬業界は一気に変貌して関係業者含めて産業界に大きなダメージを与える恐れがあります。
 このため、ソフィアが開発したレシピの取り扱いについては特に秘匿性を徹底させました。

 1つくらいは高品質のものをとソフィアが思った為、最新の頭痛、生理痛薬のレシピを提出しました。もちろん特許はソフィアにあります。
 この商品は爆発的なヒットが予想され、性能の良さにテキトパ製薬の関係者を驚愕させました。
 この技術提供によって、テキトパ製薬の薬は他の代理店より安い価格で購入する事が出来る様に決まりました。
 さらに開発の為、1つの研究室と機材を借りるのも無料となり、技術提供の一環として助手も借りれる様になりました。

 これらを背景にして、他の薬店より安価で販売しているため、ソフィアの店は非常に忙しくなりました。
 いくら私が高速処理と、並列思考を使えるとしても限界はあります。
(この高速処理と、並列思考というのは魔法を覚えたときに取得した能力で、高速処理というのは、物事をものすごい速度で覚えたり理解したり分析したりできる能力のことです。
 並行思考は文字通り、同時に複数のことを考えることができます。
 例えば2冊の本を一瞬で同時に読むことができたりします。ここに来るまでに何カ所も国を回ったので、すでに10カ国以上の言葉も文字も使うことができます)
「木彫魔女の薬屋」を開業して半年が経過した現在。人気店となった彼女の店は、店頭販売はもとより、大口の取り引き依頼や各種相談が殺到する為、忙しさのあまり冒頭の呟きに至ります。

「いくら私が、高速処理や並列思考で、事務能力が高くても限界があるなぁ」

 薬屋の経営、仕入れから販売、大口取り引き先への納入、営業、更に開発まで一人で行っているのです。
 仕入れや納品は色々(魔法など)バレないようにしながら、アイテムボックスや転移魔法を使ってズルをしています。アイテムボックスは超便利です。
 例えば、大口で継続して契約している業者は、近くに拠点となる倉庫などを借りて、1トントラックで仕入れや納品を行い。拠点で仕入れ品とトラックをアイテムボックスに収納して、転移魔法で店に帰るという反則をしています。
 あくまでトラックで仕入れ、納品をしていると思わせています。
 仕入れた商品も全てアイテムボックスです。
 しかし、それでも限界はあります。

「誰か雇うか」

 と求人を出した結果、100名を超える募集が来ましたが、明らかに同業者のスパイ、店舗を乗っ取ろうと画策している者、女性経営者なので、自分の思い通りになると勘違いした者などが多発する為、難航しました。
「大統領公認店」「主要仕入れ元テキパト製薬」を掲げて同業者や他の製薬会社への牽制が裏目に出る結果となりました。

 薬屋は店舗の売り上げだけでなく、テキトパ製薬からのレシピの提供料も収入となる為、相当な売り上げがあるのです。
 そこで、大統領の紹介してもらった弁護士を顧問として、法的に問題が出ないようにしました。

 これらを調べ上げた者達(開発をしている事は露呈していません)が続々と募集してくるのです。
 もちろん書類審査や面接には、大統領に推薦して頂いたその手の専門家も同席しています。
(テキトパ製薬に依頼しなかったのは、テキトパ製薬の手の者も避ける為です)
 更に面接以前に書類審査によって身元や素行調査などを実施していますが、それでも十分には選別出来ませんでした。

 その様な時、40代くらいの男性が、店に現れました。

「いらっしゃいませ」

 その男性は、一通り店の中を見て回ると。

「求人を見て来ました。まだ募集はしていますか?」

 と尋ねて来ました。

「募集はしておりますが、希望者が多い為、まずは履歴書と職務経歴書を提出してもらい、書類審査後、通過した方と面接することになっています。
 求人にもその旨は明記しているはずですが」

 ソフィアがそう答えると。

「それは分かっているのですが、私の場合書類審査で100%落とされてしまいます。お時間取らせて申し訳ありませんが、お話だけでも聞いて頂けませんか?」
「どの様な業務をご希望ですか?あとお名前を教えて頂けますか?」」

 少し怪しみながらも、人手不足は悩みの種なので聞いてみることにしました。

「私はヨハンという者です。実は大手税理士事務所に勤務していましたが、ある事情によって、税理士資格を剥奪されてしまいました。経理や財務でお役に立てるかと。
 しかしそのことが原因で、履歴書を出した段階で、なぜ税理士事務所を辞めたのかと聞かれるので、素直に説明しました。
 このように他業種に就職しようと思っても、面接で断られてしまい、就職できずに困っていました。
 そのような時にここの求人を見つけました。この薬屋は個人事業所という事ですが、まだ開店して間もないのに、売り上げが非常に多い事を突き止め、何かお力になればと思いダメ元で参りました」

 こちらが履歴書と職務経歴書です。と言ってソフィアに渡しました。
 それを見ると、確かに書類審査で必ず落ちるというものでした。
 しかし、自分に不利になることを、きちんと話をする事。事前に薬屋のことを正確に調べてきた事に好感を持ったソフィアは、事情を聞くことにしました。

 ヨハンの話というのは。
 彼は大手税理士事務所で、いくつもの会社の顧問税理士を務めていました。主に製造業の会社がメインで、大企業の機械メーカーを数社担当していました。
 中小企業ですが、製薬会社、その関連会社も顧問という訳ではありませんが経験があるとのことでした。
 そのような時、長年一緒に勤めてきた同期が彼の功績を妬み、彼が作成した申告書を故意に改ざんしました。
 そのことを事務所側にも説明しましたが、改ざんした者はその事務所の代表の親戚筋にあたる者で、真実が分かっている者が居るにも関わらず、進言は却下されました。その申告書は大手機械メーカーのものでした。
 提出する前に社内の監査部門で発見されたのですが、それが問題となり日本で言う国税庁に報告が上がり、資格剥奪処分を受けたとのことでした。
 このことが原因で妻子とは離縁し、現在は独身である事。一年以上無職である事を話されたのでした。

「お話は分かりました。しかしこのことは正式に調査し、後日連絡します」
「ありがとうございます。宜しくお願い致します」

 ということで、ヨハンは店を後にしました。

「木彫魔女の薬屋」はまだ開店して半年のため、確定申告も行っていません。
 売り上げは現在でも普通の薬店より遥かに多いため財務関係は会計士や税理士にお願いするつもりでした。なのでヨハンのような税理士経験者は大歓迎です。
 その為、ヨハンの調査は大統領に紹介された調査会社に依頼しました。
(大統領、という言葉がよく出てきますが、大統領に紹介された担当者なども含みます。「大統領に紹介された担当者に紹介された調査会社」という表現を防ぐためです)

 数日後…
 調査会社からヨハンの報告書が提出されました。
 以前勤めていたという税理士事務所はかなりあくどいことをしていたようです。
 ヨハンの申告書の捏造だけではなく、企業との癒着による賄賂、虚偽の収支報告などなど、この国の法にも抵触するような、罪状がたくさん出てきました。
 そしてヨハンと連絡をとり、一緒に国税庁では揉み消される恐れがあるので、大統領に直接会いに行き、報告書を提出し、ヨハンの税理士資格の剥奪の撤回をお願いしました。税理士事務所についてはソフィアには興味がないためお任せしました。

 数日後、ヨハンは無事税理士資格を再取得しました。税理士事務所については監査が入ったようです。
 ヨハンには「資格が戻ったので、どこかの税理士事務所でも入ってウチの顧問税理士になってほしい」と言いましたが「ソフィアさんの所で働かせて下さい」と強く懇願され、ヨハンなら短い付き合いながら信頼できるので「木彫魔女の薬屋」で働いてもらう事となりました。 
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...