三度目の庄司

西原衣都

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第6話

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「あら、有ちゃんも向ちゃんもそんなに焼けてないわね。向ちゃんはちょっと顔が赤いかな」
「うん。有ちゃんの日焼け止め借りたけど、顔と肩は赤くなっちゃったな」
 家に帰ると、プールの授業の後を思わせる疲労感がどっと襲ってきた。泳ぐのって、すごい消費する。向希が先にお風呂を譲ってくれたので洗面所で自分の顔を鏡で見てみた。焼けてるかなぁって思ったけど、私は全然平気だった。肌が強い。

 ラッシュガードのパーカーを脱ぐと水着の肩紐をずらしてみる。全く日焼けの跡はついてなかった。

 結局、見せなかったな、水着。いっか、来年……。そう思いかけて、ごく自然に来年も向希とどこか水着を来て出かけることがあるのだろうかと思う。

 見せたいのか、見せたくないのか、ホッとしたり残念に思ったり、私はまだ暑さに頭がやられているのだろうか。

 湯船に浸かると、暑いのに熱いお湯が気持ち良かった。向希が待ってるのを思い出し、ほどほどに切り上げた。

 夕食時、目の前にきゅうりの酢の物がどっかりと置かれた。
「きゅうり食べなさい。夏野菜は熱を取ってくれるから」
「毎日食べてるじゃん」
 家庭菜園のきゅうりが最盛期を迎えていたからだ。
「確かに。けど、今日は疲れたのに、眠れなさそうだね、有ちゃん」

 ニヤニヤしてくる向希にここで何を言うかこいつはと睨む。

「いやー、真夏にずっと外にいると暑いね。川は綺麗だったよ。ははは」
 なぜ人は何かを隠したい時に不自然に笑ってしまうのだろうか。


「そういえば、お盆だけど。父さんも母さんも来るって」

 この夏、向希が父と母の話を出したのは、初めてで食卓の空気が変わった。
「そうか」
 祖父がそれだけ言うとまた静かになってしまった。毎年、お盆休みとお正月にはここへ家族で来るのだが、雰囲気はそんなに良くない。そもそも、母にとって義実家なのでそんなものだと思っていたし、父が気まずいのは離婚と結婚を繰り返したからだと思っていた。

 18年も前のことが尾を引いていただなんて。しかも、大反対されて駆け落ち同然に結婚した二人が二度目の離婚危機で、娘と息子がストライキ中とあれば、確かにどの面下げて例年通り来るのか。とは思う。

 祖母は何も言わない。が、カレンダーを見ながら指折り数えてるところを見ると、いつも頼むお寿司屋さんの予約が間に合うか計算しているに違いなかった。

 食卓ではパリパリときゅうりを食む音だけが響く。うむ、美味しいきゅうりである。

 なかなか愉快そうであった。父が、人によって態度を変えるところが見られるのだから。きちんと座る母も、目の前にいて笑ってしまわないか今から心配だ。

 もし、両親が二度目の離婚をするなら、その時に報告があるのではないか。

「向ちゃんと有ちゃんは、お盆が終わるとお父さんたちと一緒に帰るの?」

 向希がパッと私の方を見る。私に委ねるようだ。

「夏休みが終わるまで居たらだめ?」
「うちは構わない。好きなだけ居なさい」
 祖母より先に祖父がそう言ってくれた。
「やった、ありがとう!」

 私は出来るだけ無邪気を装って言った。

 
「そうだ、今日そこの神田さんが有ちゃん綺麗になったわねって言ってたわよ」
 神田さんは、お店のおばさんのことだ。

「そう、この前会って。小さい頃の私しか知らなかったみたい」

 勿論、社交辞令なのは重々承知してるが、私を褒められて嬉しそうにしている祖父母が嬉しかった。

「有ちゃん、ボーイフレンドいるの?」
「まだ、早いだろう」

 間髪入れずに遮った祖父は、ジョークを言ったのかと思ったが、そうではないらしい。

「早くないわよね」
「早くない」
「早くない……かな」
 向希だけが、語尾に『かな』を付けた。

 お父さんお母さんはもう子供いた年じゃーん!なんてことはいくら無邪気を装っても言えそうな雰囲気ではなかった。

「そうか」

 とりあえず、みんなきゅうりを食むことしか出来なくなってしまった。

「そう言えば、あちこちにポスター貼ってあったけど、盆踊り。有ちゃん行かない?」

 向希が手渡してきたポスターは地域の手作り感溢れる代物だった。

「お盆だよね。行く行く! 懐かしい」
 ちょっとした出店なんかもあるのだ。

「じいちゃんとばあちゃんも少し顔を出す」

 そうだ、よくはわからないけど、祖父は毎年主催者側のエラいさんだった。祖母が空気中に何かを探す。

「浴衣、あったわよ。おじいちゃんとおばあちゃんの」

 いや、そんな大袈裟なお祭りではないのにと思ったが
「やった、嬉しい」
 向希が無邪気に喜んだ。私みたいに装ったのではない喜び方に、祖母も意外そうな顔をしていたが、垣間見られた向希の姿に祖父母も表情を和らげた。
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