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6 DNA
第5話
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私たちは、いつの間にかそのまま寝てしまったらしく、一枚のタオルケットが私と向希のお腹に掛けられていた。
ぼんやりとした視界のまま横を見ると、同じくぼんやりとした視線を返してくる向希と目があった。
「手」
「うん。繋いだままだね」
これをタオルケットを掛けてくれただろう祖母にどう弁明しようかと考えあぐねたが、祖母から何か言われない限りは触れないでおくことにした。幸い、つっこまれることはなかった。子供のそれだと思われているのだろう。
向希はそう思いたいんじゃないの?と核心を突いたような事を言ったけど、本当のことはわからない。だいたい年頃の二人が並んで寝てる絵面が平和に映るのもどうかとは思う。
夏休み、まだまだここで過ごすためには、私たちは無頓着な子供でいなくてはならなかった。
だけど、私はもう二度と向希を一人で泣かせたりはしないと心に誓った。
私にとって向希がそうであるように、向希にとっても私がそうであるように。同じ境遇ではなくなってしまったが、よく似た境遇を持つものとしても、私は向希の境遇も引き受けようと思う。
心の中を打ち明ける作業は自分と相手の一部を共有することで、自分でも理解出来ていなかったことを相手に請け負ってもらうことになった。
私の腕の中で泣く向希を、私は心の底から大切で、愛おしいと思った。
勉強の邪魔になるだろうと外で時間を潰すのを止めた。
本当は向希も誰かいる方がいいのだと思う。その代わり、息を潜め、自分も勉強しながら様子を伺うことにしている。ただ、それを向希はお見通しでうっとおしがられてもいた。
「もう、すっきりしたからそんな目で見るなよ。恥ずかしいだろ」
いつもの向希に戻って安心はしたがまた私の前ですら『僕』とか言い出したらどうしようかと思っていた。
「ごめんね、向ちゃん。何のこっちゃわからない家出になっちゃって」
「本当だよ、マジで。でも、良かったよ。ここは聖地だな」
言い得て妙。
「そう、理想郷。なんか、幼い子どもに戻る感覚」
「うん。そうなんだと思う。俺、いつも思ってたんだ。ここで見る父さんが思春期男子みたいで」
「同級生じゃん、向ちゃん」
「茶化すなよ。俺はもっと大人だ」
いや、思春期の父も今の向希もいい勝負だと思う。だって二人はよく似ている。
「いつも心配性で母親みたいな父さんが、じいちゃんの前では無口になるんだ。お互いに全意識を背中に集中させてるくせに、そっぽ向いてんの。反抗期が長い。面白いから、今度見てみて、有ちゃん」
「こら、向ちゃん。親をそんな風に言うなんて悪いなあ」
そう言いながらも、想像出来すぎてしまっておかしい。
「じいちゃんと父さんの向けあった背中の間に見えない川みたいなのが流れてて、それ、血の川だなっていつも思うんだ」
「血!? 怖いこと言うのね」
物騒な表現に地獄にでもありそうなものを想像して眉をひそめた。
「違う、違う。血縁てこと」
今の向希には耐え難い言葉なのではと息を止めたが、向希はなんてことなく話を続けた。
「どんなにひどく拗れても、切れない縁ってこと。親子だから必要以上に感情的になって言いすぎてしまう。だけど、親子だから続けていかなければならない。つまり、お互い嫌いじゃないってこと。大事に思ってる。どっちかがいなくても成り立たない関係」
「確かに、友達ならとっくに縁を切ってるわっていう喧嘩しちゃうもんな。気分で態度を変えちゃうし」
「そう。甘えが許されてるんだよね。他人には気を使うもん」
だから、向希はいつもみんなに気を使っているのだろうかと深読みしてしまう。
「俺は、別に気を使ってない。特に腹が立たないだけ」
「あ、そうですか」
「うん。俺、常にご機嫌な赤ちゃんだったらしいし、性格じゃね?」
「そっか」
想像出来てしまう。とにかくあの見た目で機嫌もいい赤ちゃんって、最高じゃなかろうか。
「でも、思ってること、溜め込む前に言ってよね」
釘は刺しておこうと思う。向希ははにかんで、頷いた。
「とにかく、大丈夫だよ、じいちゃんと父さんのことは。親子なんだから」
「そうだね」
「そ、問題は夫婦の方だね。あれに関しては……気を使ってしまうな」
「……ね。あの冷戦みたいなの、苦手」
「まあ、俺たちは今は二人が出した結論に従うのみ」
「そうだね」
とはいえ、離婚となれば不便は強いられる。高校はどこから通うのか、とか。また引っ越す労力にうんざりする。
大学は……
「あ、向ちゃん、大学に入ったら一人暮らしするの?」
「有ちゃん、入れたらね」
「わ、邪魔してすみません。どうぞ勉学に励んで下さい」
向希はジロリ細い目で私を睨み
「受かったら、いや、受かるけどな? 家を出てみてもいいかなって思うけど、それも両親の結果次第。有ちゃんは?」
「私は、お母さんと住むから一人暮らしはしないかな」
「そっか。俺は……父さん引き取ってくれるのかな」
「向ちゃん!」
「はは、冗談だよ」
「お母さんでもいいんだよ。けど、男親が男を引き取る方がいいからじゃん。これから思春期なんだから」
「じゃあ俺が男じゃなければ……」
「もしも話ほど無駄なものはない! でしょ?」
「そうだったね」
「そうだよ」
「大学出たら自立、だもんな。きっとあっという間」
そうか。もう父や母が離婚してもしなくても私たちの生活が左右されることもなくなる時が来るのか。
ぼんやりとした視界のまま横を見ると、同じくぼんやりとした視線を返してくる向希と目があった。
「手」
「うん。繋いだままだね」
これをタオルケットを掛けてくれただろう祖母にどう弁明しようかと考えあぐねたが、祖母から何か言われない限りは触れないでおくことにした。幸い、つっこまれることはなかった。子供のそれだと思われているのだろう。
向希はそう思いたいんじゃないの?と核心を突いたような事を言ったけど、本当のことはわからない。だいたい年頃の二人が並んで寝てる絵面が平和に映るのもどうかとは思う。
夏休み、まだまだここで過ごすためには、私たちは無頓着な子供でいなくてはならなかった。
だけど、私はもう二度と向希を一人で泣かせたりはしないと心に誓った。
私にとって向希がそうであるように、向希にとっても私がそうであるように。同じ境遇ではなくなってしまったが、よく似た境遇を持つものとしても、私は向希の境遇も引き受けようと思う。
心の中を打ち明ける作業は自分と相手の一部を共有することで、自分でも理解出来ていなかったことを相手に請け負ってもらうことになった。
私の腕の中で泣く向希を、私は心の底から大切で、愛おしいと思った。
勉強の邪魔になるだろうと外で時間を潰すのを止めた。
本当は向希も誰かいる方がいいのだと思う。その代わり、息を潜め、自分も勉強しながら様子を伺うことにしている。ただ、それを向希はお見通しでうっとおしがられてもいた。
「もう、すっきりしたからそんな目で見るなよ。恥ずかしいだろ」
いつもの向希に戻って安心はしたがまた私の前ですら『僕』とか言い出したらどうしようかと思っていた。
「ごめんね、向ちゃん。何のこっちゃわからない家出になっちゃって」
「本当だよ、マジで。でも、良かったよ。ここは聖地だな」
言い得て妙。
「そう、理想郷。なんか、幼い子どもに戻る感覚」
「うん。そうなんだと思う。俺、いつも思ってたんだ。ここで見る父さんが思春期男子みたいで」
「同級生じゃん、向ちゃん」
「茶化すなよ。俺はもっと大人だ」
いや、思春期の父も今の向希もいい勝負だと思う。だって二人はよく似ている。
「いつも心配性で母親みたいな父さんが、じいちゃんの前では無口になるんだ。お互いに全意識を背中に集中させてるくせに、そっぽ向いてんの。反抗期が長い。面白いから、今度見てみて、有ちゃん」
「こら、向ちゃん。親をそんな風に言うなんて悪いなあ」
そう言いながらも、想像出来すぎてしまっておかしい。
「じいちゃんと父さんの向けあった背中の間に見えない川みたいなのが流れてて、それ、血の川だなっていつも思うんだ」
「血!? 怖いこと言うのね」
物騒な表現に地獄にでもありそうなものを想像して眉をひそめた。
「違う、違う。血縁てこと」
今の向希には耐え難い言葉なのではと息を止めたが、向希はなんてことなく話を続けた。
「どんなにひどく拗れても、切れない縁ってこと。親子だから必要以上に感情的になって言いすぎてしまう。だけど、親子だから続けていかなければならない。つまり、お互い嫌いじゃないってこと。大事に思ってる。どっちかがいなくても成り立たない関係」
「確かに、友達ならとっくに縁を切ってるわっていう喧嘩しちゃうもんな。気分で態度を変えちゃうし」
「そう。甘えが許されてるんだよね。他人には気を使うもん」
だから、向希はいつもみんなに気を使っているのだろうかと深読みしてしまう。
「俺は、別に気を使ってない。特に腹が立たないだけ」
「あ、そうですか」
「うん。俺、常にご機嫌な赤ちゃんだったらしいし、性格じゃね?」
「そっか」
想像出来てしまう。とにかくあの見た目で機嫌もいい赤ちゃんって、最高じゃなかろうか。
「でも、思ってること、溜め込む前に言ってよね」
釘は刺しておこうと思う。向希ははにかんで、頷いた。
「とにかく、大丈夫だよ、じいちゃんと父さんのことは。親子なんだから」
「そうだね」
「そ、問題は夫婦の方だね。あれに関しては……気を使ってしまうな」
「……ね。あの冷戦みたいなの、苦手」
「まあ、俺たちは今は二人が出した結論に従うのみ」
「そうだね」
とはいえ、離婚となれば不便は強いられる。高校はどこから通うのか、とか。また引っ越す労力にうんざりする。
大学は……
「あ、向ちゃん、大学に入ったら一人暮らしするの?」
「有ちゃん、入れたらね」
「わ、邪魔してすみません。どうぞ勉学に励んで下さい」
向希はジロリ細い目で私を睨み
「受かったら、いや、受かるけどな? 家を出てみてもいいかなって思うけど、それも両親の結果次第。有ちゃんは?」
「私は、お母さんと住むから一人暮らしはしないかな」
「そっか。俺は……父さん引き取ってくれるのかな」
「向ちゃん!」
「はは、冗談だよ」
「お母さんでもいいんだよ。けど、男親が男を引き取る方がいいからじゃん。これから思春期なんだから」
「じゃあ俺が男じゃなければ……」
「もしも話ほど無駄なものはない! でしょ?」
「そうだったね」
「そうだよ」
「大学出たら自立、だもんな。きっとあっという間」
そうか。もう父や母が離婚してもしなくても私たちの生活が左右されることもなくなる時が来るのか。
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