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さようなら部活動

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夏休み。
最後の夏休みを迎え、私は ようやく部活動を引退した。正式ではないものの、ようやく自由の身よ! 
正式ではない……と言う理由わけは、県大会に出場する部活は、夏休みに入ってからが本番だったからよ。

今年も わが校は、強かったわ。
あの部も この部も、選手や補欠メンバーは、毎日の練習に余念がなかった。

親友の佐保里さほりは女子バスケ。キャプテンをつとめていて、県ベスト8入りが目標。
菓世かぜくんは男子テニス。彼もキャプテンで、やはり目標は県ベスト8入り。
やっぱり、いろんな面で、彼らは すごい。

で、私は……というと……。    
私はテニス部に所属していたの。
そう。女子テニス部も 県大会出場組よ。
なんだけど、私は選挙でもなければ補欠でもない、その他大勢組だったの。

何しろ 私が在学中の女子テニス部は、部員が60人を越える大所帯。
本気で頑張りたい一部の生徒を除いては、運動が苦手な子たちが ごっそり入部していたの。じつは私も そのひとり。

2面しか使えないコートを 全員が使うなんて、現実的に無理でしょ。
よって、およびでない3年生部員は、部活を休んでも叱られない身分に なれたのよ。
顧問が百合子ゆりこ先生だった おかげでもあるよね、たぶん。

真面目に悩んだあげく、あのような経緯から転校した世津子ちゃんのことを思うと……切ないんだけど。

・・・

父に聞いた話。
日本の学校が運動部活に熱くなったのは、1964年に開催された東京オリンピックがきっかけらしい。
で、私が生まれる前あたりから、運動部活のマンガやアニメが大流行したそうよ。
野球、バレー、テニス、サッカー、ラグビー、柔道、空手……など、様々な運動部活のドラマが、少年少女を魅了したそうなの。

そんな経緯からか、うちの学校みたいに運動部活に特化した学校が、当時は たくさんあったのかもしれない。
世津子ちゃんが転校した学校みたいな運営方針は、むしろまれだったかもしれないんだ。

バレーボールに熱い脳筋のうきん先生は、部員のみんなに よく話していたそうよ。
1964年の東京オリンピックで優勝した女子バレー(東洋の魔女)の活躍に感動したこと。
1972年のミュンヘンオリンピックで優勝した男子バレーに感動したこと。
で、バレーボールの監督になり、次代の"東洋の魔女"を育てたくて教師になったこと。

教科を教えたいから、ではなく、運動部活をやりたくて教師になった人が、大勢いたってことね。
……うーん。

世津子ちゃんは、脳筋先生に見初みそめられたのだと思う。
勉強もできたけど、運動は もっとできる子だったから。おまけに すらりとした長身。
入部早々、正選手の候補に指名され、かなり しごかれていたわ。
「キミなら強いアタッカーになれる。
先生と いっしょに 全国大会へ行こうじゃないか!」

で……あんなことになった。
どんなに先生が熱く燃えても、生徒の気持ちが尊重されなきゃ、無理が生じてしまうよ……。

・・・

テニス部に所属しながら、その他大勢組だった私たちは、というと……。
じつは、けっこう楽しかったの。

コートを使う練習は、正選手や補欠選手が優先ですからね。
コートを使える順番が回ってくるまで、筋トレや柔軟体操、ラケットの素振り、ボールひろい。
それさえ人数が多すぎるから、順番制よ。
そんなわけで、百合子先生の お手伝いをしていたの。
畑を耕し 麦や野菜を育てたり、調理実習の材料を 班ごとに分けたりしていた。

百合子先生が、あんなに なかみの濃い授業を実践できたのは、私たちの協力もあったからよ。
そうして私たちのことを、守ってくださった。

女子テニス部は人数が多すぎるから、部員が少ない部の顧問の先生方から たびたび打診されたの。
「なあキミたち、うちの部に入れば1年生から選手になれる。大会に出られるんだ。
練習できる場所がなくて、こんな土いじりをして時間を つぶすなんて、バカバカしいじゃないか。
転部しなさい。わが部へ来なさい」
……部員が少ない部は、ひとりでも多くの生徒が欲しかったのよ。

部活って、誰のためにあるの?
世津子ちゃんの件を思うと、矛盾してるよね。

でも百合子先生は、数の調整ではなく、私たち ひとりひとりの思いを聞いてくださった。
うるさかった他部の顧問の先生方には
「正式入部の期限は過ぎていますよ」
「転部は認めない決まりでしたよね」
「テニスコートを使えない生徒は、このようにして体力づくりをしています」

百合子先生……脳筋先生たちににらまれた わけよね。

・・・

「つぐみ。よかったら、アタシのバスケ、応援に来てほしいな」
「つぐみちゃん。引退はしても、テニスの応援に 来てくれないか。男女とも、同じ会場だからさ」
「つぐみ~。あたしたちのテニス、応援に来て。ねっ、最後だからさ、来て来て来てえ」

佐保里と菓世くんと、テニス女子の子たちから、誘われた。
バスケもテニスも大会の日程は同じで、会場が離れているのよね。
どうしようかなあ。
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