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第1章

第15話 帰路へとついて

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「……大丈夫だよな」

 軽く身体に触れてみたが、完全に動いていないようだ。
 どうやったのかは知らないが、とにかく速足でセシルさんの方へ向かう。

「おっ、レンちゃんありがとね。少しあいつと話したかったから、こんなこと頼んじゃった」
「は……はい、それは別にいいです。しかしどうやって……」
「あそこを見てごらん」

 指差したドラゴンの腹をよく見ると何かが刺さっていた。あれは……ナイフ?

「あのナイフには特製の麻酔薬がたっぷりと仕込んであるのさ。効き目、即効性共に申し分ない、それこそ気化させたら町一つ巻き込めるやつをね。ほら猛獣には麻酔、常識でしょ。普通に注射だと刺さらないだろうし」
「まあ、わかりますけど……」

 最近部屋で作っていたのはこれだったのか、こんなものを用意してきたなんて……

「今、ずるいとか思ってる?」
「いやいや、そんなことないですよ」
「まあ仕方ないか。でもさすがにあれは無理でしょ。見た感じ火を噴いたり空を飛んだりはできない、そこまで超常的な存在ではないみたいだけど……レンちゃんにわかるように言えば恐竜が生きて動いて、さらには人が従えてるみたいなものだからね。この世界の剣や槍、ちっぽけな鉄砲なんかじゃとてもかなわないよ」
「それにこの場所……」
「そう、こんな狭い中じゃ派手にぶちかますこともできない。その辺も計算しての番としての配置だろう。勝てない相手に工夫するのは人として当たり前、まともにやってあんなのを倒すなんて、それこそお話の中だけっていうこと」

 何かここに来てから、思っていたことと違うことが多いなあ……

「じゃあこれお願いね」
「これは……」

 渡されたものは手錠と手袋だった。魔術を封じるとかいう手錠はわかるけど、手袋?

「そいつに手錠したら、周りの骨を拾ってきて。しっかりと弔ってあげなくてはね」

 なるほどね、そのための手袋か。やっぱり責任を感じているのかな……

「私はこれからこいつを解体するから頼んだよ」

 そう言ってセシルさんは別の大きなナイフを出しドラゴンを解体し始めた。そのまま持ち帰ることが無理なのはわかるが……明らかにその手際の良さは初めてではない。それに簡単に皮膚を切り裂き、返り血が全く出ていないところを見ると、あのナイフも特別なものなのだろう。
 もしかして始めからこれが目的だったのかもしれない。 



「ふう……一通り拾ったかな」

 最初はやはり気持ち悪かったが、拾っていくうちに慣れていった。これがいい事かどうかはわからないが……こういうことも経験だ。

「こっちも終わったから、向こうへ行くよ」
「は~い」

 僕が拾い終わるころ、既にセシルさんはドラゴンの解体を終えていた。
 呼ばれてついていった先は、始めに男がやってきた方向だ。その奥にはもうひとつ研究室と思われる部屋があり、書物や実験の跡とみられるものがあった。

「色々ありますねぇ」
「そうだね、ん? これは実験体を売っていた顧客のリストだな。後で王宮と取引して、情報料たっぷりと取ってやろうか」
「えぇ……」

 おいおい……これじゃ泥棒とあまり変わらないぞ。

「ん? これは……」
「え! ちょっと見せて!」

 僕は机の引き出しから、紙の束を見つけた。恐らく実験のレポートだと思うが、セシルさんに即座にとられてしまった。
 しかも凄いニヤニヤして読んでるよ……

「あの~ちょっと~」
「おっと、私、今もしかして悪い顔してたかな?」

 ええしてました、思いっきり。

「自分で調べるのも楽しいけど、他人の研究を見るのも面白いもんだよ。ここまでできたのは、普通にすごいことだしね。まあ、これは世に出すのも危険だし、燃やすのももったいない。戦利品としてもらっておこう」

 そういってセシルさんはそのレポートをしまいながら、僕に向けて口に人差し指を当てたポーズをする。
 つまりは「このことは内緒!」ということだろう。



「こんなもんか、そろそろ戻ろう」
「わかりました」

 一通りの捜索を終えた僕たちは、未だにピクリとも動かないアレンを連れて、元の道を辿った。
 帰り道は道や罠の在り処もわかっているうえ、ここの主である男を連れているのだから、襲われることもなく楽に進めた。


 そして来たときの半分ほどの時間で入り口にたどり着くと……そこにはあらかじめ連絡しておいたのか何人かの兵士が待機していた。


「お二方、ご協力感謝いたします」
「おっ、隊長久しぶり」
「はいお久しぶりです、セシル殿。しかし、あなたが行ってくださるとは……連絡を受けたときは驚きましたよ」
「私とこの男と話したかった……というのもありますが、これ以上犠牲を出したくなかったですからね。あなたも一応聞いてるとは思いますが、数でかかればいいという相手でもなかったので」
「ありがとうございます。私は正直昨日出撃の命を受けて、ここで死ぬ覚悟でいました。今朝は妻と娘に別れを告げて……それで城に行ったら突然の待機命令。まさかとは思いましたが……」
「そうですか、もっと早く私が動ければよかったですね……」
「いえ我が隊の部下もみな感謝していますよ。ところで、何か戦利品などはありますかね?」

 あっ……これは……

「それやっぱり上の人から聞いて来いって?」
「はい、一応……」
「戦いの最中に全て焼けてしまいました。な~んにも残ってません。しいていうなら取引先のリストくらいですかね。これはあとで私から持っていくので、そう私が言っていたと伝えてください」
「……なるほど、わかりました。そう上に報告しときます」
「わかってますね~」

 やや大人の会話を交えながら、兵士の隊長と思われる人物と談笑を続ける。それなりに親しくしている人なのだろう。
 
「それでは、そろそろ私たちは戻らなければならないので。報酬などはまた後日」
「はい、後は任せました」

 そうして日も傾き始める頃、兵士たちは犠牲者の遺骨を持ち、男を連行していった。

「あの後どうなるんですかね」
「恐らく極刑は免れないだろうね」
「そうですか……そうですよね……」
「レンちゃんが気にすることはない。仕方ないことだよ……」

 そうは言っても……

「じゃ、私たちも帰ろうか」

 こうして僕たちは日が暮れ始める中、馬に乗り来た道を進み始める。
 手綱を持つセシルさんの背中はなんだか元気がなさそうで……かつての教え子に引導を渡すことになった、そんな悲しさが垣間見えた。
 そして────
 
「……んっ、どうしたのレンちゃん?」
「えっ……? ん……なんか、落ち込んでるみたいだったんで……いやでしたか?」

 自分でもこの瞬間、どんな感情でいたのかよくわからない。
 慰めたいと思ったのか、とっさに出てきた言葉はそうだったが、もしかしたら僕も今日、人の死にわずかながらに触れ怖くなったのかもしれない。それとも黄昏時たそがれどきの風景が、何か思い出させたのかもしれない。
 とにかく何が本心かは自分でも知る由がない。

 だけど後ろに座っていた僕はそんなセシルさんを見て、いつの間にか腰に手を回し抱き締めていた。

「……もう少しこのままでいてくれる?」
「……はい」

 そう答えたあと僕は自然と腕の力を少しだけ強めた。
 背中に体重を預けて、暖かく柔らかい感触を、ほんのりとしたいいにおいを、お互いの鼓動をしばらくの間感じていた。
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