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第2章

第43話 襲撃者の正体

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 その承諾を受け、彼女が例のステッキを構える。先ほどは振り下ろしてきた、おそらく今度は突いてくるつもりだろう。しかしその構えはやはり素人のものであることは見て取れた。
 また先ほどの感触からして、どうやらあれにはどんなやり方でも非殺傷となるように仕掛けがあるらしい。
 おそらくはセシルさんの差し金だ。それは彼女も理解していると思われる。

「やっ────!」

 刹那、彼女がその艶やかな髪をなびかせながら前進した。それは四、五メートルほどの距離を一瞬で詰める、人の限界値の瞬発力、跳躍力といえるもの。
 それを僕は思考を加速し、風の流れでさえ感じられるほど集中した中で、彼女の目線、腕の動き、握り方、それらを観察しながら攻撃の行方を予想する。

 そして、その場から足を動かすこともなく……ゆっくりと右手に持つ杖を突き出した。

「……!?」

 その突き出された杖は、ちょうど彼女のステッキとピンポイントでぶつかり合った。いや……僕がぶつけてやった。
 互いに先が丸まった形状をしているのに、まるで示し合わせたかのような直撃に彼女は目を白黒させ驚きの声を小さく上げる。

「くうっ……」
「ほいっと」
「え? わっ、わわっ!?」

 そして着地した彼女が体勢を立て直すために後ろへ跳ぼうとしたその時、僕は杖を突き出したままくるりと宙で円を描くように回し、ある魔術を発動する。
 すぐにそれは効果を発揮し、跳び上がった彼女の身体は地に向かうことなく、宙に浮いたままとなり、さらにはその両手は光の輪にて手錠のように後ろ手で縛られた。

「はい、これで終わり。どう?」
「……完敗です。流石ですね」

 空中に固定したのは手と足だけであるので、その顔を上げながら彼女は自らの敗北を宣言した。思ったよりもあっさりと認めたな。
 だけどそれよりも……こうして間近で見る彼女の可愛らしさに、それが自分たちが作り出した道具によるものであると知っているというのに、少しだけ……見とれてしまっていた。

「……あの」
「ああ、はい。ごめんごめん。今ほどくから……」

 彼女から声をかけられて、我に返った僕は改めて杖を構え直す。もう決着はついたし、後はこの子と一緒にセシルさんに会いに行くだけだ。
 そうして彼女に杖を構えた僕は、その拘束を解除する……その直前、あることを試みた。

 それは心を読む魔術の一つで、相手が何を考えているかなど表面的なことではなく、こちらを深層意識的にどう思っているかを見るもの。魂の状態を見るものといってもいい。
 話している感じ大丈夫ではあると思うが、もしかしたらまだ怯えているなんてことがあったら、ちょっと悪いような気がしてそれを確かめたわけだ。
 結果としてそんなことはなかった……が

「……!? ええ?」

 僕はその中である事実を知り、改めて彼女の顔を覗き込んだ。魂の状態を見るということは、とある要素を自然と確認することとなる。
 輝きを宿した瞳をこちらに向け、暗がりの中、向こうもこちらの顔を見ようとしているのがわかる。

 だがそんなことよりも、驚愕すべきこと。いや使われた道具やそれがセシルさんによってもたらされたという経緯、そして僕自身のことを考えればそれは簡単に予想できたことなのかもしれない。

 だけどその時僕の頭からはそんな考えはすっぽりと抜け落ちており、また瞬時に落ち着けるだけの余裕もなかった。
 そして、口を開き事実の確認をするために僕はその疑問を投げかけた。

「君もしかして……男の子?」
「……えへへ」


 その言葉を聞き、彼女……いや彼は、一瞬間を置いてから、ばれてしまったか~とでも言いたそうに、誤魔化すような笑顔をこちらに向けてきた。
 否定しないということは、やはりそれは間違っていないということか……

 確かに僕も同じ様なものだけど、なにやってんのかセシルさんは……

「あ~やってるね」
「あっ! セシルさん」

 驚きの中、僕がやや固まっていたところに聞きなれた声を聴き、屋上から下を見下ろすと買ったものが入っているであろう袋を持ったセシルさんが見えた。
 そしてその直後、僕がそうしたようにふわりと跳躍をしてこの屋上まで上がってきた。

「おやおや……レンちゃん、女の子にひどいことしちゃダメだよ~」
「そんなんじゃないですよ。ちょっと一勝負しただけです。てか……この子男でしょ」
「ん~早速ばれちゃってる?」
「みたいで~す」

 拘束を解かれた彼はセシルさんの方へと歩いていきながら、案の定ここまで予定通りであったかように、軽い口調で言葉を交わす。
 どうせそんなことだろうと思ってたよ……
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