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第1話 モブはスライムをテイムした
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相良 照人は全力でモブ道を貫いている。
事の始まりは今から7年前、千葉県の習志野にある【ダンジョン】から【モンスター】が溢れ出す【スタンピード】と言う現象の為だった。
俺の親父の相良 道雄は【冒険者】と言う職業に就いていた。
そしてお袋の相良 静は国立異界構造体研究所の【研究者】をしている。
今から約30年前…。
2020年6月10日に突如として世界中に現れたダンジョン群その数およそ1200(正確な数は未だに不明)。そしてその内部から出現したモンスター達による被害は約2億5千万人が犠牲となる大惨事で都市が丸々壊滅した所もいくつかあるそうだ。
この日本に出来たダンジョンの総数は7。自衛隊と警察官を総動員しても手が足りるはずも無く、兵器の数も当然足りない。
しかし、ダンジョンがもたらしたのは災害だけでは無かった。
マナと呼ばれる未確認の原子粒子が世界に溢れ、それに適応し、体内にオドと呼ばれる未確認の原子粒子を生成出来た人間にスキルを授けてレベルと言う概念をもたらした。
官民の協力の元、日本は世界に先駆けて1年あまりでダンジョン災害を沈静化。即座に【特別異界構造体措置法案】(ダンジョン法案)が 可決し、半官半民の【冒険者組合】が設立されたそうだ。
―そんな両親を持つ俺が何故モブを徹底しているのか?
理由は2つある。
1つ目。
俺の適正職業が調教師であったこと。(親父に強制的にライセンスを取らされたんだよ)
不遇と言われているジョブのひとつ。
極端に自身のレベルアップが遅い事。自分のレベル以下のモンスターで無くてはテイム出来ない事。(テイムの確率も極端に低い)自身と従魔両方を強化しないと戦力にはほとんどならない事。などなど…。
即戦力を期待される冒険者に取って、これはかなりのデメリットだ。
7年前の習志野ダンジョンのスタンピードで英雄扱いの息子が不遇職テイマーでした!
なんて学校なんかでバレたらどうなるか想像に難くない。
2つ目。
正直、こっちの方が深刻なんだ。
俺の本当のお袋は幼い時に病気で亡くなったんだ。物心付く前だったから面影すら覚えてないし、俺より不幸な生い立ちの人間なんか腐るほど居るんだ。気にしなくても良い。だが、事もあろうか7年前の習志野ダンジョンのスタンピード鎮静時に親父のヤツは11歳年下のお袋にメディアの前でプロポーズ!お袋は熱烈なキスで返事をすると言う暴挙に出たんだよ…。
それをテレビの前で見ていた10歳の俺…。
気持ちは何となく分かって貰えたか?
冒険者ネームに名字は載らない。プライバシー保護のためだ。冒険者は互いを名前で呼び合うのが通例だ。恥ずかしい【2つ名】が付くこともあるが、普通は名前で呼び合う。
だが、完全に面は割れている…。
知られる訳にはいかない。なんとしてでもモブを貫く。せめて高校の卒業式まではこの秘密を守り抜くんだ。(入学式?文化祭?なにそれ?親父とお袋が忙しい人間で良かった)
誰も俺なんかに興味を持たないでくれ…。
◆◆◆
「今日はこれで終わりになる。皆気を付けて帰るようにな!」
2―Aのクラス担任の芹沢先生(30歳、独身男性)補足は要らなかったな。
そう言いながら教室を出ていった。
窓の外を見てみると台風の分厚く流れている雲が目に入る。
夏休み直前に超大型台風が直撃。ダンジョン災害からさらに気候の変動が加速しているとニュースでは言ってたよな。
迷惑な事この上ない。
―しかし秒ごとに空が暗くなっていくな。
クラス内では仲の良い奴らが集まって1人、また1人と教室を出ていく。
当然俺の周りには誰も来ない。いや、気にしている人間すら居ない有り様だった。
―ふっ…。今日も俺の勝ちだ!
空が暗くなるにつれ、蛍光灯で照らされた自分の姿が窓ガラスにハッキリと浮かび上がってくる。中肉中背、中途半端に伸びてる黒髪。厚ぼったい黒縁の伊達眼鏡。成績は中の上。図書委員会に所属してクラブ活動は無し。波風の立たない埋もれる存在感。
―うん。モブの鑑のような存在だ。
ガラスに映った俺がニヒルに笑う。
て、何やってるんだか、早く帰ろう。悪目立ちもいいところだろう。
カバンを手に取ると冒険者愛用のポンチョを引っ張り出した。ちょっとカッコつけたかったモブの完成だ。完璧過ぎて自分が怖いぜ!
昇降口を潜ると台風の雨と風が叩きつけて来る。傘組がワーワー言いながら帰っている横をすり抜けて行く。
親父に週末の家族サービスとは名ばかりの冒険者育成プログラムで鍛えられた俺から見れば傘で帰宅するなんて説教ものですよ!
―パタパタパタパタ!
大粒になりやがった!ヤバい!
これ以上強くなるとポンチョ程度では意味を成さない。すみません!自分も甘く見てました!
「こりゃ最短ルートを走るしかないな」
路地裏を駆け抜けて行く最中にウチの学校の女生徒の1人を捉える。しかし傘もなく自然の猛威に打たれっぱなしだ。
―様子がおかしい?
さらに視線を先に伸ばすと彼女の目の前にバスケットボール大の鏡餅がいた!
―乳白色の半透明。中心に白い核あり!
間違いないスライムだ!警戒色は無し!何もしなければスルー出来る。ギルドに連絡して終わりだな!
そう思った瞬間、台風の風とは違う方向から風圧を感じた!間違いない。攻撃系スキルの圧力だ!
―その発生源は女生徒から!
「おいおい!ライセンスとスキル持ちだな!わざわざ危険に踏み込むつもりかよ!」
ダンジョン産の最弱モンスターの1体。
たかがスライム。されどスライム。いくらスキル持ちだからって、どうみても素人の女子高生が手を出せば死んでしまう事だってある。
オドによる身体強化もスキルの使用もダンジョン内かモンスター討伐のみ許可される。
たぶん彼女はスキルを最大限にして使ってみたかったんだろう。
気持ちは分かる!気持ちは!
だけど圧力が高すぎる。このままじゃスライムどころか彼女自身を傷つける結果になるだろう。
「そこの奴!スキルの集中を解け!危険だ!」
風と雨音で届いていない?
そんな事はお構い無しとばかりにさらに彼女の右手のひらに緑の粒子が収束していく!
―あぁもう!目立ちたくないのに!
胸ポケットから三段伸縮の特殊警棒を取り出すとオドを纏わせ一息に女生徒とスライムの間に飛び込んだ!
彼女がスキルを放った瞬間に手首を警棒で上空にずらすと、女生徒を抱え込む様に庇う。
遥か上空で破裂したスキルの衝撃が俺の背中に叩きつけられた。
―威力強っ!?
予測より遥かに強い衝撃に吹き飛ばされながら抱え込んだ女生徒を観察する。
メッサ可愛いです。ポカンとした表情もgood!
雨に濡れた黒いポニーテールとうなじが艶めかしい。俺の胸板に押し付けられる柔らかさも素晴らしいです!ゴチです!
だがモブにはあるまじきイベントには違いない。どう処理すれば大事にならないか考えながら女生徒と身体を入れ換える。
上空を見た。緑の粒子が舞い散って消える。その時落雷の閃光と轟音が辺りを震わせた。
―ラッキーだ!
スキルは誤魔化せた!後はスライムとこの女生徒だけだ!
ブロック塀に叩きつけられ、女生徒の体温と重みを引き受ける。
―モブでもこれくらいの役得はいいよな?次はスライムだ!
スキルの余波に飛ばされて核が赤色に明滅している。これは警戒色だ。余計な事をされる前に片をつける!なんの為のテイムスキルなんですかってものだ!
女生徒を手離すと瞬時にダッシュしてスライムとの間合いを詰める。触手を形成して攻撃してくるが警棒でいなしてスライムに触れた。
大きさから言って産まれたばかり。俺のレベルは8ある。触手の力強さから言って俺よりレベルは下。後は運次第。
スライムに触れた左手にスキルを乗せて、言葉に力を這わす。どうか成功しますように!
「テイム!」
光がスライムの核を包み込む。
「頼むよ。怒りを押さえて俺の指示に従ってくれ。悪い様にはしないからさ?」
光が終息し終わると、スライムからの警戒色が消えていった。
頭の中に『テイムに成功しました』みたいな文字が浮かび上がって来た。
―良かった成功だ!
初めてのテイムの成功。本当は飛び上がるくらいに嬉しかったんだけど、後ろから女の子の視線を感じる。ここは余裕のある冒険者風を演じておきますよ。
―なるほど。これがテイムか。
スライムとも繋がったような何とも不思議な感覚が頭の中を走り抜けた。どうやらスライムの感情を感じ取れるみたいだ。
うん。これは安心かな?
一応ギルドライセンスを取り出してみる。
【冒険者組合所属】:ランクD
【名前】:テルト
【性別】:男性
【年齢】:17歳
【職業】:調教師
【LV】:8
【戦力】:127
【スキル】:テイム
【従魔】:赤ちゃんスライム
「成功したみたいだな」
スライムに『待て』をすると、女生徒に近付いて行く。濡れ鼠のスケスケだったんだけど、まったく気にしてないみたいに俺を凝視していた。
―こっちの感情は判んないな?
邪魔したんだから怒ると思ったんだけど、ただ唖然とこっちを見ているだけだ?
まぁ良い。モブはさっさと立ち去るに限る。
自分の着ていたポンチョを女生徒に掛けると、少し脅すように語りかけた。
「君の使ったスキルは強力過ぎる。ギルドのルールに抵触する恐れがある。幸い誤魔化せたみたいだから、今日ここであった事すべてを忘れるんだ。スライムは心配しなくて良い。うまくテイム出来たみたいだからな?ギルドへの報告も俺からしておく」
俺はギルドライセンスの従魔を見せた。コクリと頷いてくれた。これでオッケーだろう。しかし反応が薄い。
「ここでは何もなかった。誰とも会わなかった。オッケーかな?」
身体が振られるような突風が路地裏を駆け抜けて、空はさらに暗くなって絶えず雷が光っていた。早く帰らないと酷くなる一方だ。年頃の青少年としてはこの出会いをフイにするのはとても惜しいが仕方ない。
―フッ…。君とは別の形で会いたかったよ。
心の中でカッコつけてみる。このくらいは許してくれよ?それじゃ風邪引く前に帰るか。
鞄からビニール袋を取り出すとスライムをその中に放り込んだ。まるで丸々としたスイカを買ってかえるおばちゃんみたいだ。最後までカッコつかないのがモブたる所以かもな。
女生徒の方はと言うと、何かを考え込みながらブツブツと『何もなかった』だの『誰にも会わなかった』と呟いているみたいだ。
―本当にこの子大丈夫なのか?
ふと何かに気付いたようにポンと手を打つとこっちに向かって深々と頭を下げた。
「ありがとうございましたっ。無事で居られるのは先輩のおかげっス。何も無かった事は委細了解っス!」
おぅ?体育会系っスね?分かって貰えて何よりだ。
クルリと踵を返すとお礼の言葉が尾を引きながら走り去ってしまった。
性格も体育会系そのものみたいだな。
せっかくの出会いイベントは勿体ない事をしまったが、モブ道完遂の為だ。我慢我慢。
スライム入りのビニール袋を手にして歩き始める。もう服から靴からビショビショになって気持ち悪いったらありゃしない。
だけどスライムからはご機嫌なイメージが送られて来る。雨の中の方が居心地が良さそうだ。さすがはスライムと言ったところかな?
「お前ってのも変だよな?名前は『白』で良いか?」
ビニール袋の中がプルプルと震える。感情は喜び。なんか適当につけたみたいで申し訳ないが、凄くしっくり来る感じだ。
「それじゃ帰ろうか?」
濡れ鼠の俺はスライム片手に帰路につく。
―しかし、まさかこう来るとは…。
路地から抜け出した瞬間、誰かと凄い勢いでぶつかってもはや川になってしまったかのような路面に仰向けに倒されて馬乗りされた。
現役の冒険者を綺麗に押し倒す中々腰の入ったタックルだった。
「ごめんなさいっ!前方不注意でした!怪我は無いっスか?」
―あのな…。
「良く見たら僕の学校の制服!しかも先輩!まったく知らない怖い人だったらどうしようかと思ったっス!」
―おい…。
「初めまして先輩!ウチは1年C組の『香月 真琴』って言います!」
―やり直しやがったよ…。
「ぶつかったお詫びにそこらでお茶でもどうっスか?」
―ナンパっ?
「なんか運命のイタズラを感じるっスね!」
―こう言うのは茶番って言うんだよ!
「故にお茶に誘ったっス!」
―…心読んだの…?
「先輩!以後よろしくお願いします!」
―なに…?
路面に溢れる泥水の濁流を感じながら空を見上げた。真っ黒な分厚い雲が流れ、荒れ狂う風と雨が顔を叩く。
目の前で俺に馬乗りなっている香月 真琴はそれに反して太陽のような笑顔を浮かべていた。
凄い勢いでモブ道に暗雲が立ち込めている気がする。モブ避難警報が頭の中でガンガン鳴り響いているのだが、彼女のめくれ上がったスカートと身体の柔らかさに意識が集中して頭が回らない。
とっさに出た言葉がこんな感じだった。
「…2―Aの相模 照人です…職業はモブしてます。よろしく…」
―明日は晴れると良いな!
事の始まりは今から7年前、千葉県の習志野にある【ダンジョン】から【モンスター】が溢れ出す【スタンピード】と言う現象の為だった。
俺の親父の相良 道雄は【冒険者】と言う職業に就いていた。
そしてお袋の相良 静は国立異界構造体研究所の【研究者】をしている。
今から約30年前…。
2020年6月10日に突如として世界中に現れたダンジョン群その数およそ1200(正確な数は未だに不明)。そしてその内部から出現したモンスター達による被害は約2億5千万人が犠牲となる大惨事で都市が丸々壊滅した所もいくつかあるそうだ。
この日本に出来たダンジョンの総数は7。自衛隊と警察官を総動員しても手が足りるはずも無く、兵器の数も当然足りない。
しかし、ダンジョンがもたらしたのは災害だけでは無かった。
マナと呼ばれる未確認の原子粒子が世界に溢れ、それに適応し、体内にオドと呼ばれる未確認の原子粒子を生成出来た人間にスキルを授けてレベルと言う概念をもたらした。
官民の協力の元、日本は世界に先駆けて1年あまりでダンジョン災害を沈静化。即座に【特別異界構造体措置法案】(ダンジョン法案)が 可決し、半官半民の【冒険者組合】が設立されたそうだ。
―そんな両親を持つ俺が何故モブを徹底しているのか?
理由は2つある。
1つ目。
俺の適正職業が調教師であったこと。(親父に強制的にライセンスを取らされたんだよ)
不遇と言われているジョブのひとつ。
極端に自身のレベルアップが遅い事。自分のレベル以下のモンスターで無くてはテイム出来ない事。(テイムの確率も極端に低い)自身と従魔両方を強化しないと戦力にはほとんどならない事。などなど…。
即戦力を期待される冒険者に取って、これはかなりのデメリットだ。
7年前の習志野ダンジョンのスタンピードで英雄扱いの息子が不遇職テイマーでした!
なんて学校なんかでバレたらどうなるか想像に難くない。
2つ目。
正直、こっちの方が深刻なんだ。
俺の本当のお袋は幼い時に病気で亡くなったんだ。物心付く前だったから面影すら覚えてないし、俺より不幸な生い立ちの人間なんか腐るほど居るんだ。気にしなくても良い。だが、事もあろうか7年前の習志野ダンジョンのスタンピード鎮静時に親父のヤツは11歳年下のお袋にメディアの前でプロポーズ!お袋は熱烈なキスで返事をすると言う暴挙に出たんだよ…。
それをテレビの前で見ていた10歳の俺…。
気持ちは何となく分かって貰えたか?
冒険者ネームに名字は載らない。プライバシー保護のためだ。冒険者は互いを名前で呼び合うのが通例だ。恥ずかしい【2つ名】が付くこともあるが、普通は名前で呼び合う。
だが、完全に面は割れている…。
知られる訳にはいかない。なんとしてでもモブを貫く。せめて高校の卒業式まではこの秘密を守り抜くんだ。(入学式?文化祭?なにそれ?親父とお袋が忙しい人間で良かった)
誰も俺なんかに興味を持たないでくれ…。
◆◆◆
「今日はこれで終わりになる。皆気を付けて帰るようにな!」
2―Aのクラス担任の芹沢先生(30歳、独身男性)補足は要らなかったな。
そう言いながら教室を出ていった。
窓の外を見てみると台風の分厚く流れている雲が目に入る。
夏休み直前に超大型台風が直撃。ダンジョン災害からさらに気候の変動が加速しているとニュースでは言ってたよな。
迷惑な事この上ない。
―しかし秒ごとに空が暗くなっていくな。
クラス内では仲の良い奴らが集まって1人、また1人と教室を出ていく。
当然俺の周りには誰も来ない。いや、気にしている人間すら居ない有り様だった。
―ふっ…。今日も俺の勝ちだ!
空が暗くなるにつれ、蛍光灯で照らされた自分の姿が窓ガラスにハッキリと浮かび上がってくる。中肉中背、中途半端に伸びてる黒髪。厚ぼったい黒縁の伊達眼鏡。成績は中の上。図書委員会に所属してクラブ活動は無し。波風の立たない埋もれる存在感。
―うん。モブの鑑のような存在だ。
ガラスに映った俺がニヒルに笑う。
て、何やってるんだか、早く帰ろう。悪目立ちもいいところだろう。
カバンを手に取ると冒険者愛用のポンチョを引っ張り出した。ちょっとカッコつけたかったモブの完成だ。完璧過ぎて自分が怖いぜ!
昇降口を潜ると台風の雨と風が叩きつけて来る。傘組がワーワー言いながら帰っている横をすり抜けて行く。
親父に週末の家族サービスとは名ばかりの冒険者育成プログラムで鍛えられた俺から見れば傘で帰宅するなんて説教ものですよ!
―パタパタパタパタ!
大粒になりやがった!ヤバい!
これ以上強くなるとポンチョ程度では意味を成さない。すみません!自分も甘く見てました!
「こりゃ最短ルートを走るしかないな」
路地裏を駆け抜けて行く最中にウチの学校の女生徒の1人を捉える。しかし傘もなく自然の猛威に打たれっぱなしだ。
―様子がおかしい?
さらに視線を先に伸ばすと彼女の目の前にバスケットボール大の鏡餅がいた!
―乳白色の半透明。中心に白い核あり!
間違いないスライムだ!警戒色は無し!何もしなければスルー出来る。ギルドに連絡して終わりだな!
そう思った瞬間、台風の風とは違う方向から風圧を感じた!間違いない。攻撃系スキルの圧力だ!
―その発生源は女生徒から!
「おいおい!ライセンスとスキル持ちだな!わざわざ危険に踏み込むつもりかよ!」
ダンジョン産の最弱モンスターの1体。
たかがスライム。されどスライム。いくらスキル持ちだからって、どうみても素人の女子高生が手を出せば死んでしまう事だってある。
オドによる身体強化もスキルの使用もダンジョン内かモンスター討伐のみ許可される。
たぶん彼女はスキルを最大限にして使ってみたかったんだろう。
気持ちは分かる!気持ちは!
だけど圧力が高すぎる。このままじゃスライムどころか彼女自身を傷つける結果になるだろう。
「そこの奴!スキルの集中を解け!危険だ!」
風と雨音で届いていない?
そんな事はお構い無しとばかりにさらに彼女の右手のひらに緑の粒子が収束していく!
―あぁもう!目立ちたくないのに!
胸ポケットから三段伸縮の特殊警棒を取り出すとオドを纏わせ一息に女生徒とスライムの間に飛び込んだ!
彼女がスキルを放った瞬間に手首を警棒で上空にずらすと、女生徒を抱え込む様に庇う。
遥か上空で破裂したスキルの衝撃が俺の背中に叩きつけられた。
―威力強っ!?
予測より遥かに強い衝撃に吹き飛ばされながら抱え込んだ女生徒を観察する。
メッサ可愛いです。ポカンとした表情もgood!
雨に濡れた黒いポニーテールとうなじが艶めかしい。俺の胸板に押し付けられる柔らかさも素晴らしいです!ゴチです!
だがモブにはあるまじきイベントには違いない。どう処理すれば大事にならないか考えながら女生徒と身体を入れ換える。
上空を見た。緑の粒子が舞い散って消える。その時落雷の閃光と轟音が辺りを震わせた。
―ラッキーだ!
スキルは誤魔化せた!後はスライムとこの女生徒だけだ!
ブロック塀に叩きつけられ、女生徒の体温と重みを引き受ける。
―モブでもこれくらいの役得はいいよな?次はスライムだ!
スキルの余波に飛ばされて核が赤色に明滅している。これは警戒色だ。余計な事をされる前に片をつける!なんの為のテイムスキルなんですかってものだ!
女生徒を手離すと瞬時にダッシュしてスライムとの間合いを詰める。触手を形成して攻撃してくるが警棒でいなしてスライムに触れた。
大きさから言って産まれたばかり。俺のレベルは8ある。触手の力強さから言って俺よりレベルは下。後は運次第。
スライムに触れた左手にスキルを乗せて、言葉に力を這わす。どうか成功しますように!
「テイム!」
光がスライムの核を包み込む。
「頼むよ。怒りを押さえて俺の指示に従ってくれ。悪い様にはしないからさ?」
光が終息し終わると、スライムからの警戒色が消えていった。
頭の中に『テイムに成功しました』みたいな文字が浮かび上がって来た。
―良かった成功だ!
初めてのテイムの成功。本当は飛び上がるくらいに嬉しかったんだけど、後ろから女の子の視線を感じる。ここは余裕のある冒険者風を演じておきますよ。
―なるほど。これがテイムか。
スライムとも繋がったような何とも不思議な感覚が頭の中を走り抜けた。どうやらスライムの感情を感じ取れるみたいだ。
うん。これは安心かな?
一応ギルドライセンスを取り出してみる。
【冒険者組合所属】:ランクD
【名前】:テルト
【性別】:男性
【年齢】:17歳
【職業】:調教師
【LV】:8
【戦力】:127
【スキル】:テイム
【従魔】:赤ちゃんスライム
「成功したみたいだな」
スライムに『待て』をすると、女生徒に近付いて行く。濡れ鼠のスケスケだったんだけど、まったく気にしてないみたいに俺を凝視していた。
―こっちの感情は判んないな?
邪魔したんだから怒ると思ったんだけど、ただ唖然とこっちを見ているだけだ?
まぁ良い。モブはさっさと立ち去るに限る。
自分の着ていたポンチョを女生徒に掛けると、少し脅すように語りかけた。
「君の使ったスキルは強力過ぎる。ギルドのルールに抵触する恐れがある。幸い誤魔化せたみたいだから、今日ここであった事すべてを忘れるんだ。スライムは心配しなくて良い。うまくテイム出来たみたいだからな?ギルドへの報告も俺からしておく」
俺はギルドライセンスの従魔を見せた。コクリと頷いてくれた。これでオッケーだろう。しかし反応が薄い。
「ここでは何もなかった。誰とも会わなかった。オッケーかな?」
身体が振られるような突風が路地裏を駆け抜けて、空はさらに暗くなって絶えず雷が光っていた。早く帰らないと酷くなる一方だ。年頃の青少年としてはこの出会いをフイにするのはとても惜しいが仕方ない。
―フッ…。君とは別の形で会いたかったよ。
心の中でカッコつけてみる。このくらいは許してくれよ?それじゃ風邪引く前に帰るか。
鞄からビニール袋を取り出すとスライムをその中に放り込んだ。まるで丸々としたスイカを買ってかえるおばちゃんみたいだ。最後までカッコつかないのがモブたる所以かもな。
女生徒の方はと言うと、何かを考え込みながらブツブツと『何もなかった』だの『誰にも会わなかった』と呟いているみたいだ。
―本当にこの子大丈夫なのか?
ふと何かに気付いたようにポンと手を打つとこっちに向かって深々と頭を下げた。
「ありがとうございましたっ。無事で居られるのは先輩のおかげっス。何も無かった事は委細了解っス!」
おぅ?体育会系っスね?分かって貰えて何よりだ。
クルリと踵を返すとお礼の言葉が尾を引きながら走り去ってしまった。
性格も体育会系そのものみたいだな。
せっかくの出会いイベントは勿体ない事をしまったが、モブ道完遂の為だ。我慢我慢。
スライム入りのビニール袋を手にして歩き始める。もう服から靴からビショビショになって気持ち悪いったらありゃしない。
だけどスライムからはご機嫌なイメージが送られて来る。雨の中の方が居心地が良さそうだ。さすがはスライムと言ったところかな?
「お前ってのも変だよな?名前は『白』で良いか?」
ビニール袋の中がプルプルと震える。感情は喜び。なんか適当につけたみたいで申し訳ないが、凄くしっくり来る感じだ。
「それじゃ帰ろうか?」
濡れ鼠の俺はスライム片手に帰路につく。
―しかし、まさかこう来るとは…。
路地から抜け出した瞬間、誰かと凄い勢いでぶつかってもはや川になってしまったかのような路面に仰向けに倒されて馬乗りされた。
現役の冒険者を綺麗に押し倒す中々腰の入ったタックルだった。
「ごめんなさいっ!前方不注意でした!怪我は無いっスか?」
―あのな…。
「良く見たら僕の学校の制服!しかも先輩!まったく知らない怖い人だったらどうしようかと思ったっス!」
―おい…。
「初めまして先輩!ウチは1年C組の『香月 真琴』って言います!」
―やり直しやがったよ…。
「ぶつかったお詫びにそこらでお茶でもどうっスか?」
―ナンパっ?
「なんか運命のイタズラを感じるっスね!」
―こう言うのは茶番って言うんだよ!
「故にお茶に誘ったっス!」
―…心読んだの…?
「先輩!以後よろしくお願いします!」
―なに…?
路面に溢れる泥水の濁流を感じながら空を見上げた。真っ黒な分厚い雲が流れ、荒れ狂う風と雨が顔を叩く。
目の前で俺に馬乗りなっている香月 真琴はそれに反して太陽のような笑顔を浮かべていた。
凄い勢いでモブ道に暗雲が立ち込めている気がする。モブ避難警報が頭の中でガンガン鳴り響いているのだが、彼女のめくれ上がったスカートと身体の柔らかさに意識が集中して頭が回らない。
とっさに出た言葉がこんな感じだった。
「…2―Aの相模 照人です…職業はモブしてます。よろしく…」
―明日は晴れると良いな!
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