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喫茶店にて
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駅近くの喫茶店は、本当に喫茶店だった。
椅子がすべて四人程度座れるような向かい合わせの黒のソファなんだ。
「カフェ」ではない。
背が高くてやけに足が細い。椅子というより「スツール」とかいう物体がお高くとまっている「カフェ」ではないんだ。
喫茶店だ。
店内は薄暗くて、灰皿が銀色の軽そうなものなんだ。
そして、BGMが大昔のジャズだった。空中を舞うピアノの音をタバコ臭い手で触りたくなる、そんな曲だ。
ここに来ると喫茶店感を完成させたくなる。
だから今日も僕は、アメリカンコーヒーを注文した。
新年になってそれほど経っていなくて、道路には雪はなかった。
お昼どき、が終わってしばらく経った時間。時の流れも、話している人たちの口調も、いくらかになってきているように感じる時間だ。
いまは曇り。でも包む空気は足元をぎゅっと掴んでからだすべてを刺すように冷たくて、雪は雲からたくさん降りたい気持ちでいっぱいで、地面は積もって欲しい気持ちでいっぱいのように思える天気だった。
僕の前の椅子に座るオギハラさんは、ホットレモンティーを頼んでいた。そして、そのレモンは、うすい太陽の光みたいな香りを僕に届けていた。
「わがままを言って本当にごめんなさい」
と、オギハラさんは言った。
彼女の唇が、感染症対策でつけていたマスクがしばらく前に外されている美しい紅色の唇が、控えめに開かれて、そして閉じた。
「いいよ」
僕は心から言った。
わがままでもなんでも別に構わなかったんだ。
でも、今日の彼女にとって大切な相手は僕ではなくて、僕の友人だった。僕はただの、快速電車で通り過ぎる駅みたいなものだよな。でもいいんだ、別に。
「もう、来ないわね。間違いなく」
オギハラさんは穏やかに、しかしきっぱりと言った。
「僕は来ると思ったんだけどな。予想外だった」
「ふふ」
と、彼女は笑った。
僕の今の嘘に気づいたのかな、と思った。
サナサキは、僕の会社の同僚で、友人だ。
オギハラさんも同僚だ。ただ、オギハラさんはいまは同じビルの別のフロアの課で働いているので、僕と顔をあわせることはあまりない。
*****
確か三年前だ。
「実は、オギハラさんとつきあっているんだよね」
とサナサキが言ったことに、僕は驚いた。サナサキは、もう少し快活というか、にぎやかというか、はっきりものを言うというか、そういう女性を好むと思っていたからだ。
オギハラさんはその場所からはだいぶ離れたところにいる女性だった。
しかしもちろん僕は、そのことは言わなかった。
一度、この喫茶店でふたりと偶然会ったことがあった。
三年前の秋の終わりで、十時近い夜だった。たしかサナサキが、彼女とつきあってる、と僕に言って間もない時期だったと思う。
喫茶店は時間の割に賑わってきた。酔っている客もいて、迷惑なほど大声で話している奴らもいた。
後ろから肩を叩かれ、驚いて振り向くと、
「なんだ、やっぱりお前かよ」
そう言うサナサキは、少し酔っているようだった。
「酒臭いな」
と、僕は臭いをかいで言った。
「そりゃ、酒飲んできたから」
サナサキはにっと笑い、
「よかったら、一緒にしゃべろうよ」
と、彼は僕を誘った。
彼はオギハラさんと一緒にいた。ふたりは向かい合わせに座っていたが僕が行くと、オギハラさんが立ち上がり、サナサキの隣に座った。
僕は彼らの向かいに座った。ソファにはオギハラさんの体温が少し残っているように思えたが、気のせいだと思うことにした。
サナサキもオギハラさんも僕のことを歓迎しているようだった。
軽い気持ちでやって来たが、こういうシチュエーションで何をどうしゃべっていいのかよくわからないなあと少し思った。
「ふたりでたくさんお酒を飲んじゃったの」
オギハラさんはアイスティーをひとくち飲んで言った。その日はかなり寒かったのだけれどこの人アイスで平気なんだと不思議に思ったが、そうか、酔ってるなら。
「そしたらね、サナサキさんの足元が怪しくなっちゃって」
と、オギハラさんが言い、
「それで、ここでコーヒー飲んで酔いを覚ましてたんだ」
と、サナサキが言った。
そこに、コーヒーを飲むしみったれた僕を見つけたわけだ。僕だって軽い飲み会の帰りだった。
サナサキとオギハラさんは、ふたりで駅前のバーで、サッカーの試合の中継を見ていたのだと。
サナサキには応援しているチームがあって、相手チームのラフプレーに腹を立てているようだった。
オギハラさんはにこにこと微笑みながら、
「そうねえ、あれは悪いプレーよね」
と、うなずいていた。
僕はサッカーには特に興味なかったが、オギハラさんも
「実は、わたしもあまり興味ないの」
と、言った。
「え、興味あるって言ったじゃん」
と、サナサキは子どものように口を尖らせて言った。
酔ってるせいなのかなんなのか、ただをこねる小学生のようだと僕は思った。
「サナサキさんと話をするようになって、興味わいてきたってことだよ」
と、オギハラさんは言った。
「ふうん」
そう言って、サナサキはコーヒーを飲み干すと、おかわりを頼んでいた。
彼はもうすっきりとした表情になっていた。
そして、去年の秋のことだ。
サナサキは、
「実は、彼女とは別れてたんだ」
と言った。
「そうなんだ」
としか言いようがなかった。
居酒屋で男二人、ビール飲みながらの会話だった。
まあ、男二人、給湯室で話す話題でもないし、ここがぴったりな場所なんだろう。
サナサキの話しぶりだと、春あたりには別れていたようだった。
「俺はさ、彼女に悪いことをたくさんしたんだ。俺はつきあってよかったと思うけど、彼女にとっては良くなかったと思うんだ」
と、サナサキは言葉を慎重に選びながら言った。
「そんなの、おまえが決めることじゃないだろう」
僕は、きゅうりの漬け物を食べながら言う。
「彼女はいろんな話を聞いてくれたよ。俺はなんでも話せた」
と、サナサキは言った。
「そうか」
「彼女は、今まで興味の持てなかったサッカーも興味持てたって言ってくれたよ」
と、サナサキは言った。
「そうか、よかったな」
「でも、これからはサッカーなんか見ないだろうな」
彼はそう言って、ジョッキにわずかに残っていたビールを飲み干した。
「そんなの、おまえが決めることじゃないだろう」
と僕が言うと、
サナサキは、
「まあ、そうだな」
と、うなずいた。
そしてビールのおかわりを自分の分だけ頼もうとしたので、僕は横から「もう一個ね」と、口をはさんだ。
*****
オギハラさんから僕にメールが来たのは、いまから一週間前だった。なんで彼女が僕のメールアドレス知ってるんだっけ、と思ったけど、よく考えてみたらオギハラさんとは年賀状のやりとりはあった。僕は自分のメールアドレスをそこに書いていた。
”サナサキさんの連絡先を教えてほしい。わたしが知っているメールアドレスで良いのかどうか確かめたい”
それが内容だった。
オギハラさんのメールには、
”この駅前に用事がある日に、用事の前に、できたらサナサキさんに会って話がしたいのだ”
と、書かれていた。
オギハラさんには、”サナサキのアドレスは変わってない”と返信した。
オギハラさんは”ありがとう”と僕に返信してきた。
彼女がサナサキに、どういう内容の連絡をしたのかは僕にはわからない。
サナサキには、その後会社で会ったときもオギハラさんのことについては何も言わなかったし、彼も何も言わなかった。
オギハラさんから、
”明日、この喫茶店で待つのだけれど、よかったらあなたも来てくれないだろうか”
というメールが来た時には本当に驚いた。
ちょっと僕を巻きこまないで欲しいんだけど、という気持ちが八割くらいだったが、二割くらいは別の思いだった。
それは「彼女と別れたんだ」と告げられた日、サナサキに言わなかった思いだった。
”喫茶店でオギハラさんと横に並んでいるのが僕で、サナサキが向かい側に座るような関係なら、もうちょっとうまくいったんじゃないかな”
僕は今、オギハラさんとふたり、喫茶店にいる。
もちろん向かい合わせだ。
それだけだった。
「じゃあ、わたし行くね。悪いんだけど、ここにお金置くからまとめて払っておいてくれるかな」
気持ちを切り替えるように、マスクをするとオギハラさんは言った。
「おつり返すよ」
オギハラさんから渡された紙幣を彼女に見せながら、僕は言った。
「今日、つきあってくれたお駄賃だよ。少ないけどね」
オギハラさんは笑って言った。
「少なくないよ」
僕はもっと気の利いたことを言いたかったけれど、言えなかった。
そのあと、ほんの少しの間、オギハラさんは僕の目をじいっと覗き込んだ。
そう、サナサキとつきあっていたときも、彼女はにこにこ笑いながら、僕の目の中を見たことが何度もあった。
その笑う目が魅力的だった。
彼女は、いろいろな人の目をきちんと見る人だった。
でもオギハラさんは今、”ほんの少しの間”をすうっと抜けると、僕の体から微妙に視線をはずして、僕の後ろのソファの背を見つめているような目をした。
そして穏やかな声で、
「ありがとうね、じゃあ、さよなら」
と言った。
僕もそのとき、視界のすべてに彼女を入れないようにした。僕の目の三割くらいの面積で、窓の外を見ていた。
外には雪が降っていた。ちらりちらり。地上にたどり着く前に、空気にとける雪。
ひとりになった僕は、アメリカンコーヒーのおかわりを頼むと、スマートフォンの中に購入してあった漫画を読み始めた。ジャズの音の世界だけを、耳の中に迎え入れて。
*****終わり*****
椅子がすべて四人程度座れるような向かい合わせの黒のソファなんだ。
「カフェ」ではない。
背が高くてやけに足が細い。椅子というより「スツール」とかいう物体がお高くとまっている「カフェ」ではないんだ。
喫茶店だ。
店内は薄暗くて、灰皿が銀色の軽そうなものなんだ。
そして、BGMが大昔のジャズだった。空中を舞うピアノの音をタバコ臭い手で触りたくなる、そんな曲だ。
ここに来ると喫茶店感を完成させたくなる。
だから今日も僕は、アメリカンコーヒーを注文した。
新年になってそれほど経っていなくて、道路には雪はなかった。
お昼どき、が終わってしばらく経った時間。時の流れも、話している人たちの口調も、いくらかになってきているように感じる時間だ。
いまは曇り。でも包む空気は足元をぎゅっと掴んでからだすべてを刺すように冷たくて、雪は雲からたくさん降りたい気持ちでいっぱいで、地面は積もって欲しい気持ちでいっぱいのように思える天気だった。
僕の前の椅子に座るオギハラさんは、ホットレモンティーを頼んでいた。そして、そのレモンは、うすい太陽の光みたいな香りを僕に届けていた。
「わがままを言って本当にごめんなさい」
と、オギハラさんは言った。
彼女の唇が、感染症対策でつけていたマスクがしばらく前に外されている美しい紅色の唇が、控えめに開かれて、そして閉じた。
「いいよ」
僕は心から言った。
わがままでもなんでも別に構わなかったんだ。
でも、今日の彼女にとって大切な相手は僕ではなくて、僕の友人だった。僕はただの、快速電車で通り過ぎる駅みたいなものだよな。でもいいんだ、別に。
「もう、来ないわね。間違いなく」
オギハラさんは穏やかに、しかしきっぱりと言った。
「僕は来ると思ったんだけどな。予想外だった」
「ふふ」
と、彼女は笑った。
僕の今の嘘に気づいたのかな、と思った。
サナサキは、僕の会社の同僚で、友人だ。
オギハラさんも同僚だ。ただ、オギハラさんはいまは同じビルの別のフロアの課で働いているので、僕と顔をあわせることはあまりない。
*****
確か三年前だ。
「実は、オギハラさんとつきあっているんだよね」
とサナサキが言ったことに、僕は驚いた。サナサキは、もう少し快活というか、にぎやかというか、はっきりものを言うというか、そういう女性を好むと思っていたからだ。
オギハラさんはその場所からはだいぶ離れたところにいる女性だった。
しかしもちろん僕は、そのことは言わなかった。
一度、この喫茶店でふたりと偶然会ったことがあった。
三年前の秋の終わりで、十時近い夜だった。たしかサナサキが、彼女とつきあってる、と僕に言って間もない時期だったと思う。
喫茶店は時間の割に賑わってきた。酔っている客もいて、迷惑なほど大声で話している奴らもいた。
後ろから肩を叩かれ、驚いて振り向くと、
「なんだ、やっぱりお前かよ」
そう言うサナサキは、少し酔っているようだった。
「酒臭いな」
と、僕は臭いをかいで言った。
「そりゃ、酒飲んできたから」
サナサキはにっと笑い、
「よかったら、一緒にしゃべろうよ」
と、彼は僕を誘った。
彼はオギハラさんと一緒にいた。ふたりは向かい合わせに座っていたが僕が行くと、オギハラさんが立ち上がり、サナサキの隣に座った。
僕は彼らの向かいに座った。ソファにはオギハラさんの体温が少し残っているように思えたが、気のせいだと思うことにした。
サナサキもオギハラさんも僕のことを歓迎しているようだった。
軽い気持ちでやって来たが、こういうシチュエーションで何をどうしゃべっていいのかよくわからないなあと少し思った。
「ふたりでたくさんお酒を飲んじゃったの」
オギハラさんはアイスティーをひとくち飲んで言った。その日はかなり寒かったのだけれどこの人アイスで平気なんだと不思議に思ったが、そうか、酔ってるなら。
「そしたらね、サナサキさんの足元が怪しくなっちゃって」
と、オギハラさんが言い、
「それで、ここでコーヒー飲んで酔いを覚ましてたんだ」
と、サナサキが言った。
そこに、コーヒーを飲むしみったれた僕を見つけたわけだ。僕だって軽い飲み会の帰りだった。
サナサキとオギハラさんは、ふたりで駅前のバーで、サッカーの試合の中継を見ていたのだと。
サナサキには応援しているチームがあって、相手チームのラフプレーに腹を立てているようだった。
オギハラさんはにこにこと微笑みながら、
「そうねえ、あれは悪いプレーよね」
と、うなずいていた。
僕はサッカーには特に興味なかったが、オギハラさんも
「実は、わたしもあまり興味ないの」
と、言った。
「え、興味あるって言ったじゃん」
と、サナサキは子どものように口を尖らせて言った。
酔ってるせいなのかなんなのか、ただをこねる小学生のようだと僕は思った。
「サナサキさんと話をするようになって、興味わいてきたってことだよ」
と、オギハラさんは言った。
「ふうん」
そう言って、サナサキはコーヒーを飲み干すと、おかわりを頼んでいた。
彼はもうすっきりとした表情になっていた。
そして、去年の秋のことだ。
サナサキは、
「実は、彼女とは別れてたんだ」
と言った。
「そうなんだ」
としか言いようがなかった。
居酒屋で男二人、ビール飲みながらの会話だった。
まあ、男二人、給湯室で話す話題でもないし、ここがぴったりな場所なんだろう。
サナサキの話しぶりだと、春あたりには別れていたようだった。
「俺はさ、彼女に悪いことをたくさんしたんだ。俺はつきあってよかったと思うけど、彼女にとっては良くなかったと思うんだ」
と、サナサキは言葉を慎重に選びながら言った。
「そんなの、おまえが決めることじゃないだろう」
僕は、きゅうりの漬け物を食べながら言う。
「彼女はいろんな話を聞いてくれたよ。俺はなんでも話せた」
と、サナサキは言った。
「そうか」
「彼女は、今まで興味の持てなかったサッカーも興味持てたって言ってくれたよ」
と、サナサキは言った。
「そうか、よかったな」
「でも、これからはサッカーなんか見ないだろうな」
彼はそう言って、ジョッキにわずかに残っていたビールを飲み干した。
「そんなの、おまえが決めることじゃないだろう」
と僕が言うと、
サナサキは、
「まあ、そうだな」
と、うなずいた。
そしてビールのおかわりを自分の分だけ頼もうとしたので、僕は横から「もう一個ね」と、口をはさんだ。
*****
オギハラさんから僕にメールが来たのは、いまから一週間前だった。なんで彼女が僕のメールアドレス知ってるんだっけ、と思ったけど、よく考えてみたらオギハラさんとは年賀状のやりとりはあった。僕は自分のメールアドレスをそこに書いていた。
”サナサキさんの連絡先を教えてほしい。わたしが知っているメールアドレスで良いのかどうか確かめたい”
それが内容だった。
オギハラさんのメールには、
”この駅前に用事がある日に、用事の前に、できたらサナサキさんに会って話がしたいのだ”
と、書かれていた。
オギハラさんには、”サナサキのアドレスは変わってない”と返信した。
オギハラさんは”ありがとう”と僕に返信してきた。
彼女がサナサキに、どういう内容の連絡をしたのかは僕にはわからない。
サナサキには、その後会社で会ったときもオギハラさんのことについては何も言わなかったし、彼も何も言わなかった。
オギハラさんから、
”明日、この喫茶店で待つのだけれど、よかったらあなたも来てくれないだろうか”
というメールが来た時には本当に驚いた。
ちょっと僕を巻きこまないで欲しいんだけど、という気持ちが八割くらいだったが、二割くらいは別の思いだった。
それは「彼女と別れたんだ」と告げられた日、サナサキに言わなかった思いだった。
”喫茶店でオギハラさんと横に並んでいるのが僕で、サナサキが向かい側に座るような関係なら、もうちょっとうまくいったんじゃないかな”
僕は今、オギハラさんとふたり、喫茶店にいる。
もちろん向かい合わせだ。
それだけだった。
「じゃあ、わたし行くね。悪いんだけど、ここにお金置くからまとめて払っておいてくれるかな」
気持ちを切り替えるように、マスクをするとオギハラさんは言った。
「おつり返すよ」
オギハラさんから渡された紙幣を彼女に見せながら、僕は言った。
「今日、つきあってくれたお駄賃だよ。少ないけどね」
オギハラさんは笑って言った。
「少なくないよ」
僕はもっと気の利いたことを言いたかったけれど、言えなかった。
そのあと、ほんの少しの間、オギハラさんは僕の目をじいっと覗き込んだ。
そう、サナサキとつきあっていたときも、彼女はにこにこ笑いながら、僕の目の中を見たことが何度もあった。
その笑う目が魅力的だった。
彼女は、いろいろな人の目をきちんと見る人だった。
でもオギハラさんは今、”ほんの少しの間”をすうっと抜けると、僕の体から微妙に視線をはずして、僕の後ろのソファの背を見つめているような目をした。
そして穏やかな声で、
「ありがとうね、じゃあ、さよなら」
と言った。
僕もそのとき、視界のすべてに彼女を入れないようにした。僕の目の三割くらいの面積で、窓の外を見ていた。
外には雪が降っていた。ちらりちらり。地上にたどり着く前に、空気にとける雪。
ひとりになった僕は、アメリカンコーヒーのおかわりを頼むと、スマートフォンの中に購入してあった漫画を読み始めた。ジャズの音の世界だけを、耳の中に迎え入れて。
*****終わり*****
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