スポンジと洗剤

naokokngt

文字の大きさ
上 下
1 / 1

スポンジと洗剤

しおりを挟む
君には信じられないかもしれないけれど、確かに掃除の国という場所はある。
人間はね、よくよく掃除の嫌いな生き物なんだよ。わかるかい?
だって君、最後に部屋に掃除機をかけてどれくらいたつ?ほら、1ヶ月以上たっているじゃないか。風呂の掃除なんて、今年に入って一度でもやったかい?今日はじめてだろう?
わかるかい?
それが証拠だよ。
君たちは、掃除の嫌いな、生き物なんだ。

だから、僕らは哀れな人間たちを救おうと思ったんだ。
だって放っておけば、君の部屋もよその部屋も汚れすぎてこの星は臭さと病に支配された星になってしまう。
掃除の国の民として、そんな不幸な未来が待っている星のことを見て見ぬ振りはできないのだよ。

どうやって救うかって?

君は今、スポンジすなわち僕を手にしているね。先週の土曜日に君がスーパーで買ってきたものだ。
それは僕が君を導いたからだよ。

君はスポンジも洗剤も、人間の国の工場で作られている。それは人間の意志だと君は思うだろう。
そんなわけない。だって君たちは掃除が嫌いなんだ。だから僕は君たちの耳元でそっと囁くのさ。
「さあ、スポンジを作るんだよ。僕らの魂の宿る肉体を作るんだよ」
ってね。
君たちは工場見学をするかい?では今度スポンジ工場をよく見るがいい。
隅に、僕らの国からの扉がある。そこはとても小さいが、いつもぴかぴかに磨きあげられている。工場でいちばんゴージャスでスイートな場所だよ。人間たちは僕らのためにその扉を磨いてくれるんだ。
僕らは汚い扉なんか通りたくないさ。
だから、人間たちに囁く。「頼むよ、僕らのためにね」
人間たちは素直に聞いてくれるよ。
僕らはそこから僕らは出勤していくのだ。
そして出来上がったスポンジに僕らは入りこむ。

それらはすべて、人間たちは自分の意志でやっていると思うだろう。
だけど僕らは耳元で囁く。「さあ、扉を綺麗にするんだよ。僕らのためにね」
皆、普段は小さな扉のことも忘れているだろう。それはそうさ。僕らが忘れさせている。
掃除の国につながる扉のことは、人間たちは忘れていなければならない。社会が混乱する。
僕らだって君たちの世界にこれ以上のややこしさを持ちこみたくないんだ。

僕らは使命を果たす。君たちの心と体を掃除へと導くのだ。
それが僕らの使命。

だが、ひとつわからないことがある。
それは酸性の洗剤と塩素系の洗剤を交わりだ。
酸性の洗剤も塩素系の洗剤も、みな等しく掃除の国の住人だ。
しかし結ばれてしまうと有毒な息を吐き、人間たちを滅ぼしてしまうのだ。どちらも世界を綺麗にするために任務を果たしているというのに、これはどうしてなのだろう?
酸性の洗剤と塩素系の洗剤が結ばれるときは、僕らは決して人間の国に行ってはならない。
なぜ、そのようなことが人間の国で起こるのだろう?
掃除を排除しようとする闇の勢力の陰謀だろうか?
そう、人間の世界から掃除を排除しようとする存在がいることは確かだ。彼らはなんとしても臭くて汚い世界を作り上げようとしているのだ。
忘れないでほしい。僕らは君たちを害する意図はないのだ。
僕らは微力ながら、なんとか人間の世界の清潔さに貢献しようとしている。
掃除の世界では、皆、互いを排除することなく仲睦まじく暮らしている。
人間の友よ、君は何も心配することはない。
掃除の国は愛で満ち溢れている。

さあ、君よ、洗剤を手に取りたまえ。僕はここで洗剤と深く結ばれる。

僕と洗剤は愛を奏でる。
愛は闇を浄化する。汚れを分解して光に溶けこませる。
ああもちろん、僕らの生命には終わりがある。
洗剤も空っぽになれば終わる。
僕、すなわちスポンジも、ちぎれたりぺっちゃんこになって汚れがとれなくなったりして終わる。
そして、ぴかぴかの壁になったという愛の歴史は、いつかは海の底へと沈むだろう。要するにまた汚れていくだろう。
でも良いのだ。我々はそれでも愛を奏でる。
そして、風呂のカビを取り続けるのだ。終わりがくると分かっていても。 
僕らの愛、君たちの愛のために。

ひとつ君に提案がある。
僕がスポンジという崇高な使命を持った生命を終えるとき、その使命をだれかに受け継がねばならぬ。
君は悪い人間ではないが、掃除というものの重要性をいまひとつ理解してないように見える。
どうだろう?君さえ良ければ、君は僕の後継者としてスポンジになってみるのはどうだろう。
君の魂は掃除の国に行き、一定期間訓練をするのだ。
その訓練が終わりスポンジ工場の扉をくぐる時、すなわち君の新しい生命が生まれる。

嫌だって?
そうか、そいつは残念だ。スポンジが嫌ならばブラシもあるが…。そうか、いや、残念だがいたしかたない。

世界に掃除の大切さを広めるためには、人間たちひとりひとりが掃除の世界に生まれ変わり、そして一生を掃除に捧げ、掃除というものが愛から生まれること、そして愛そのものだということを学ぶべきだと思うのだが。
掃除を君たちの魂の一部とするのだ。
ー僕らの目的のひとつはそれなのだが。

しゃべりすぎたようだ。すまない、君の風呂掃除の邪魔をしてしまったようだ。
さあ始めようか。僕と洗剤と君との、崇高な共同作業を。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...