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ピリッ
「――やや! これはこれは凜風様!」
子犬のように駆け寄ってきたのは情報屋の子猫。子猫なのに子犬のようとはこれいかに。
「なに? これ、どんな状況よ?」
「そりゃあもう! 後宮名物・妃たちの醜い争いですよ!」
「嫌な名物ねぇ。……妃って他の妃との争いを避けるため、滅多に出歩かないんじゃなかったの?」
「そう! 帝主催の催し物でもなければ、上級妃がぶつかり合うなんて滅多にありませんから! これは幸運ですよ!」
「幸運と言われてもねぇ」
知り合い二人が言い争いをしているのをどんな気持ちで見学すればいいのやら。……いや海藍様を知り合いとして数えるのはちょっと微妙かもしれないけれど。
雪花は革新派。海藍様は太妃派。派閥も違う上に二人とも皇帝の子供を産んだり宿したりした女。これはドロドロの修羅場になりそうな。
「で? 凜風様はどちらの味方をするので?」
「どっちの味方もしないわよ」
「えー? でも、雪花様は『妹』なのでは?」
「勝手に名乗っているだけよ」
「薄情ですね~」
批難するような目を向けてくる子猫に、私は鼻を鳴らしてしまう。
「あの雪花が、この程度で、私の助けを必要とするはずがないでしょうが」
「あー、そういう……。たしかに雪花様は一筋縄でいきませんが……」
「でしょう?」
というわけなので。私としては(瑾曦様と同じように)見学に徹しようとしていたのだけど。
「――お姉様!」
私に気づいた雪花が、まるで恋人を見つけたような顔で私に駆け寄り、腕に抱きついてきた。
「お姉様! 何とか言ってください! 海藍様って酷いんですよ!?」
目元にちょっと涙を浮かべながら私に助けを求める雪花。先ほどまでの超然とした微笑は影も形もない。まるで外見相応の少女のよう。
うわぁ、巻き込まれた。しかもこれじゃあ、私が雪花の味方で海藍様の敵みたいじゃない。この状況を利用して私を一気に『革新派』に引き入れるとは……恐ろしい子……。
まさかここまでされて無視を決め込むわけにもいかないので、深くため息をついてから雪花に尋ねる。
「あなたこんなところで何しているのよ? 妃なら妃らしく引きこもっていなさいよ」
「その物言いもどうかと思いますが……。私は美味しいお菓子をいただいたので、お姉様とお茶会をと。……お姉様はまだ侍女もいませんので連絡が付かず、こうして私から足を運んだのです」
言外に「さっさと侍女くらい用意しろ」と要求されてしまった。とはいえ雪花の出産やらが何やらが終われば後宮を出て行くしねぇ。
「むしろ私が雪花の侍女になればいいんじゃない? 期間限定で」
「ダメですわ! お姉様はいずれ皇后になるのですから! 他者の下に付くような真似など!」
おおっと問題発言をしやがりましたわね。誰が皇后になるか。そして衆人環視の前でそんな発言をするとは何を考えているのか。
「おお! 凜風様の皇后就任を雪花様がお認めに! これは後宮中に広めませんと――びぎゃ!?」
走り出そうとした子猫をちょーっとだけ『ピリッ』とさせた私だった。
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