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04話 大会前のおまじない

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 部屋で眠い目を擦りながら翌日の課題をしていると小さくドアがノックされて、タマの声がする。

「翔くん、もう、寝ちゃった?」
「いや、起きてるよ。どうした? 数学が分からないんなら俺も一緒だ、教えられない」
 なぜ、ラノベ主人公は数学が得意な奴ばかりなんだろうな? なんてことを考えながらドアを開ける。
 ドアの入り口にはカーデガンを羽織ったタマが立っていた。

「そうじゃ、なくって……」
「それじゃあ、さっきの話か? キャンセルは受け付けないぞ?」
「違うの! その約束は嬉しかったし、キャンセルも無いんだけどね。し、翔くん! あの……、大会も近くて、不安でたまらないの。その……、いつも、してくれる……、おまじない……お願い」
 俯いて、頬に零れた長い髪をかきあげながらもじもじと告げる。

「美羽は寝たのか?」
「うん、疲れてたのか5分もお話しないうちに寝ちゃった」
「はぁ~、あいつタマのこと呼んでおいて先に寝るとは……」
「誰かが同じ部屋にいるって安心したんだよ。美羽ちゃんは今度の試合がデビュー戦でしょ? 怖いって気持ちは翔君も分かるでしょ。私も……怖い…」

 確かに。
 試合に出場すると決めた時から、顔も実力も分からない相手に怯え、漠然とした不安や恐怖と闘う羽目になる。
 へタレの俺は稽古のしすぎでぶっ倒れる程稽古してドクターストップがかかったほどだ。
 俺の場合はそれでも不安が拭えず、試合で1発いいのをもらって、やっと試合が始まっていることが分かったほど緊張していた。
 ボクサーが試合前の記者会見で「1ラウンドKOで倒す」とか言っているが、どんなメンタルしてるんだ?

「分かったよ。そんなことで不安がなくなるんなら。じゃあ、上着脱いでそこに寝ろ」
「うん、分かった」

「翔君……、いいよ? 来て……」
仰向けに横たわるタマは照明が眩しいのか少し顔をそむけて囁く。
その言葉に導かれる様にゆっくり身体を重ねていく。

「あぁっ! あ…あん……」
 タマの白い肌が徐々に朱く染まっていく。
「俺はデカいからな、きついだろ?」

「だ、だいじょうぶ……でも、さいしょは……やさしく……」
 タマの表情が苦しそうに歪む。
「あ、あぁん!、あぁぁぁぁん!」
 
「おい、美羽が起きるだろ? 変な声だすな」

「だ、だって、や、やめ!ああぁぁ、い、いや……」
目をぎゅっとつぶり、嫌がるように首を振るタマ。

「大丈夫か? どうする、これくらいで止めるか?」

「ご、ごめんね……いじわる…いわないで……もうすこし……ふっ、ふっ、んん!」」
 しばらくタマの上で動いていたがもう限界みたいだ。そっとタマの身体の上から降りる。

 タマは両腕で自分の身体を抱きしめて荒い息で肩を揺らしている。

「……翔くん、ありがと」
 まだ、呼吸が整っていないタマが少し微笑んでいる。

「試合まであと2か月位あるだろ? 急にガッツリやっても内臓を痛めるだけだっていつも言ってるだろ?」
「でも、これをしておかないと不安でたまらなくなるの……」

 「腹踏み」と言われるボディーの打たれ強さを鍛える稽古。
 仰向けに寝そべって相方に鳩尾辺りに立ってもらいゆっくり足踏みすることで、腹筋に力を入れるタイミングや身を捩って急所から打撃を守る稽古。もちろん一番の鎧は鍛えて作る厚い腹筋だが。

 ボディーへの打撃でダメージを受けることは地獄だ。呼吸がうまくできなくなることによる酸欠の苦しみ。両足は力が入らなくなる。
 一瞬で意識を刈り取られる顔面の攻撃でダウンする方が楽だという。人によってはふわふわして一瞬気持ちがよかったなんていう強者の話もきく。俺はどちらも御免だ。

 今回の大会を前に、俺とタマはルールを利用して勝ち上がる戦法をとる。正々堂々と正面から打ち破っていきたいところだが、タマは杖術と槍術ではかなりの腕前だが体術はあまり得意ではない。 
 だが、タマは打たれ強さ、前に出る突進力では一般的な空手家やキックボクサーを凌駕している。
 ルールは、顔面への拳での打撃は反則。場外へ出れば判定時に減点がある。これを利用して戦うとタマと打ち合わせている。



 だが、さっきから俺の部屋の入り口からものすごく人の気配が感じられる……


 そっと、ドアに近寄り、おもむろにノブを引く。

 そこには真っ赤な顔をして、【ここに壁があります】っていうパントマイムをしている人みたいな恰好で立っている美羽がいた。

「こんばんわ……美羽」
「こっこんばんわ! どっどしたの? おにぃも、のどが渇いてお茶でも飲もうと思ったのかな? 奇遇だね~」
「ホントに奇遇だな」
 
「ごめんね、美羽ちゃん。大きな声出して起こしちゃったかな?」
カーデガンを羽織り乱れた髪を撫でながらタマが俺の後ろから顔を出す。

「いっいやいや、なにも聞こえてないけん! おっおにぃも、タマ姉も高校生だし、そういうことしても、いいんじゃないかな! お母さんにも黙っておくけん!」
 おい! 美羽がなにかよからぬ想像をしている。

「試合が近いでしょう? 私が不安で堪らなくなるから無理言ってしてもらったんだよ……」
 柔らかく微笑みながらぽっこりしたお腹の辺りを撫でている。

「たっタマ姉、大胆! いっいつから、おにぃにしてもらってるの?」
 おい! 美羽がさらに斜め上によからぬ想像をしている。

「ちょうど、美羽ちゃん位の時かな? その頃は翔くんも今みたいにおっきくなかったけど、最初はすっごく痛くて苦しかったんだよ。」
おい! タマ! わざと言ってるんじゃないか?

「ええっ! うちはまだ13歳だよ? そっそういうことに興味がないこともないんやけど……」
大きな目がさらに大きく見開かれ…… よせ、俺をそんな目で見るな!
美羽ががそんな目で俺を見るなんて…… 明日は学校を休もう。そうしよう。

「大丈夫。翔くんはいつもすっごく優しくしてくれて、今では翔くんの身体の重さがすごくうれしくって……、へへ、私ってヘンに調教されちゃったかな?」
おい! 調教って? わざとなんだな? 分かって言ってんだな?

「お願いやけん高校生の間は避妊してね? 10代でオバサンは勘弁して欲しいんやけど…… 」

「否認? 否認はしないよ~。そうだ、美羽ちゃんもしてみる? 翔くんがいやなら私がしようか?」
「ええっ? うっうちは、ちょっ、おにぃ!」
 タマが美羽の手を握ると、俺の部屋の中へ引っ張っていく。美羽はなんか救いを求める目でこちらを見るが、俺はにっこり微笑みを返すだけにする。

「ほら、そこへ仰向けに寝てね。あっ最初はお腹にタオルをおくといいんだよ!」
 タマ先生は少し嬉しそうだ。

「べっベットじゃないの? たったおる? 何に使うの?」
「いいから、いいから、後は私に任せて! それから……」
 後は先生に任せることにするか。妙なのどの渇きを覚えた俺は溜息をついて後ろ手にドアを閉め、冷蔵庫に向かった。

「うぅっ……みっみう、はっ初めてなのに! あ~っらっらめぇ~、こわれる~!」
 流石にこれは……、美羽もお約束が分かって言ってるんだな?
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