127柱目の人柱

ど三一

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学舎編 一

菊に囲まれし麗し

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雷蔵は無惨な錠前を前に、ぶつぶつと何やら呟いている。それに耳を澄ませると、給金何ヶ月分だとか金子だとか、どうにかして修繕出来ないか等を話しているようだ。ナジュは指先で弄んでいた菊花錠の鍵を雷蔵の前に置いて、当事者ではないから言える楽観的想像を口にする。

「まあ、そんなに気落ちする事ないんじゃないか?ここってあくまで学舎の持ち物の一つみたいなもんだろう?体力訓練であれだけ神様候補達が暴れても武道場の床や壁に傷一つつかなかった。学舎には建物を守る特別な術が掛けられてるって五島師が言ってたじゃねえか。万が一傷が出来ても直ぐに修繕されるって。俺にその仕組みは解らないが……あと、関係ないけどガンビサマなんか傷の方がマシな程汚してたし。それも直に直っちまうんじゃないか?」
「……」

雷蔵はじっと菊花錠前を睨みつける。ナジュの言うように修繕されるならば、胸に染みつく不安は不要なものとなるだろう。

(悩んでも仕方ないか……この錠前の事は一度横に置いて講義に集中しよう。折角安全な場所に他夏を預けられたんだからな…)

雷蔵は壊れた錠前を懐に仕舞い、深く息を吐いて精神を落ち着けると、まだ仕掛けが解けた事を得意げにしているナジュの横顔を見る。気分が良いのか口端は上がり、自然に微笑んでいた。会合での乱れ様や学舎で再会してからの不貞腐れた様子、怒った様子が強く印象に残っていた為、新しい表情を目にして何だか複雑に感じる。

(俺、男と……ナジュこいつと寝たんだよな……)
「ふっふふ~ん」

別の懸念がじわじわと雷蔵を犯し始めるその横で、菊花錠の鍵を投げて遊びながら、素晴らしい座敷の風景を眺めているナジュ。まだ自分への落胆や他者との実力の差を感じて暗い思考になった余韻が残っているが、美しい景色と仕掛けを解くという小さな成功が感情の前線を陣取っていた。

(綺麗な顔しちゃいるが男……いや、あの時は身体が変になってたから不可抗力?みたいなもんだ。ああー……他夏と寝なくて良かった)

情事の流れなのか、ナジュと交わった後に他夏が意味ありげに雷蔵に迫って来る場面もあった。ナジュ其方を抱いたのだから、次は他夏此方。しかし、残る理性が情欲を他夏の方に向かわせなかった。雷蔵にとって他夏は尊敬する友人であり同僚。彼にとって超えてはならない一線は其方にあった。その分ナジュが割りを食ったが。

(…そういえば、ナジュこいつも御手付き様だよな?あそこに居たんだから。他夏と同じ様に御手付き様から配下に戻ったのか?乳についた飾りを外せって怒ってたんだから、それが目的で学舎に?他夏が空座に推薦された事を知ってたのか?)

雷蔵はナジュの横顔をジーッと見つめて考える。飾りを外すのが目的ならば、空座が欲しいわけではないのか?と。

「ほら、これも返しておくよ」

ナジュは雷蔵の胸元に菊花錠の鍵を差し込むと、座敷を囲む見事な襖を指差してすごい、綺麗だ、等と話し始める。長いまつ毛に飾られた涼やかな目元が、薄い唇が、緩く弧を描いて雷蔵に向けられ同意を求める。

「……確かに、綺麗だな」

間を置いてそう答えると、ナジュは「だよな!?」と言って機嫌良く座敷を彩る品々について話しを続けた。
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