332 / 638
学舎編 一
在りし日の二人
しおりを挟む
「くそっ!少しばかり寄り道して帰るつもりが、飛鳥田と佐渡ヶ銛に捕まって余計な時間食っちまった!|あの野郎もいつの間にか脱出しやがって…!逃げるなら俺にも一声掛けろよな、まったく…!」
梅花錠の間からナジュの姿が消えると、何処かに隠し部屋などがあってそちらに隠れている筈と来は考えたが、いくら探してもそのような場所は見つからず、時間を浪費する原因となった二人に"履き物が無いから、話し途中に帰っただけ"と諭されて要らぬ恥をかく結末となった。居た堪れなさから逃げる様に梅花錠の間を飛び出した時、飛鳥田と佐渡ヶ銛は二人揃って「これからよろしく!」と雷蔵の背中に声を掛けてきた。それに対して「断固拒否だ!」と捨て台詞のように叫び、小走りで他夏の面倒をみてくれる救護所に向かった。色別組分け講義で本日の講義は終了の為、鐘が鳴って暫くしても廊下には神様候補達の姿があり、皆それぞれ空いた時間をどう使うのか考えている様子であった。途中、一番人数の多い赤組の集団とすれ違った時、大人数の中でも目立つ桃色の髪をした桃栗が、他の神様候補と話している姿を見かけた。特に声は掛けなかったが、これから夕餉までの空いた時間に術の練習をしようといった内容が聞こえてきた。
(赤でも羨ましいもんだな。何か一つでも術が使えるのと、からっきしとじゃあ雲泥の差だ。…だいぶ昔、屋敷に入りたての頃は、他夏が俺みたいな素養のねえ奴らに術を掛けてくれてたっけな。主様は基本来るもの拒まずだから、大した特技もなく他所のお屋敷じゃ門前払いにされるような…あと一歩踏み出せば堅気じゃなくなるような奴らも結構居て……術を掛けて貰ってその効力を目にした時、そんな奴らと一緒になって馬鹿騒ぎしたな…)
その時の面々は様々な理由で屋敷から去って、今では両手で数えられる程になってしまった。刺客に斃された者、雷を受けた者、主様に背を向けた者、屋敷の外での生活に光明を見た者。消滅を見聞きした者以外は、現在何処に居るのか、生死すらもわからない。神様候補達が鎬を削る、気の抜けぬ学舎で、何故過去を懐かしむ気持ちが蘇ってきてしまったのか、雷蔵は不思議であった。あまり、思い返した事は無かったというのに。
(気ィ抜いちゃ駄目だ。さっきだって、結果的に二体一の構図になってた。油断させて闇討ちなんて、古くからある手だ)
赤組の集団を抜けて角を曲がると、気合いを入れ直す意味で二、三度己の頰を張って、一瞬強く目を瞑ってまた開く。丁度横を通り過ぎようとしていた名も知れぬ使用人が驚いて肩を揺らしたが、気にせずに目的地へ向かう。講義前に通った道を暫く進むと、救護所の方向を記した看板があり、書いてある通りに進むと救護所が見えてきた。廊下には何人かの姿がある。その中の一人が雷蔵に気付いたらしく、「おおい!」と手を振る。
「出海師!申し訳ありません、遅くなりまして…!」
「いや、気にしないでくれ。元々講義が終わって他夏が起きてきた頃に宿舎へ送るつもりだったから」
出海は朗らかな笑顔で笑いかけると、後ろに居た他夏の背を優しく押して雷蔵の前に出した。雷蔵は眠気の残る他夏の手首を取って礼をする。
「ありがとうございました…!」
「じゃあね、気を付けて帰りなさい」
愛想良く手を振って二人を見送った出海。その笑顔は先程使用人を見送った表情と酷似していたが、その内に潜む感情は真逆であった。
梅花錠の間からナジュの姿が消えると、何処かに隠し部屋などがあってそちらに隠れている筈と来は考えたが、いくら探してもそのような場所は見つからず、時間を浪費する原因となった二人に"履き物が無いから、話し途中に帰っただけ"と諭されて要らぬ恥をかく結末となった。居た堪れなさから逃げる様に梅花錠の間を飛び出した時、飛鳥田と佐渡ヶ銛は二人揃って「これからよろしく!」と雷蔵の背中に声を掛けてきた。それに対して「断固拒否だ!」と捨て台詞のように叫び、小走りで他夏の面倒をみてくれる救護所に向かった。色別組分け講義で本日の講義は終了の為、鐘が鳴って暫くしても廊下には神様候補達の姿があり、皆それぞれ空いた時間をどう使うのか考えている様子であった。途中、一番人数の多い赤組の集団とすれ違った時、大人数の中でも目立つ桃色の髪をした桃栗が、他の神様候補と話している姿を見かけた。特に声は掛けなかったが、これから夕餉までの空いた時間に術の練習をしようといった内容が聞こえてきた。
(赤でも羨ましいもんだな。何か一つでも術が使えるのと、からっきしとじゃあ雲泥の差だ。…だいぶ昔、屋敷に入りたての頃は、他夏が俺みたいな素養のねえ奴らに術を掛けてくれてたっけな。主様は基本来るもの拒まずだから、大した特技もなく他所のお屋敷じゃ門前払いにされるような…あと一歩踏み出せば堅気じゃなくなるような奴らも結構居て……術を掛けて貰ってその効力を目にした時、そんな奴らと一緒になって馬鹿騒ぎしたな…)
その時の面々は様々な理由で屋敷から去って、今では両手で数えられる程になってしまった。刺客に斃された者、雷を受けた者、主様に背を向けた者、屋敷の外での生活に光明を見た者。消滅を見聞きした者以外は、現在何処に居るのか、生死すらもわからない。神様候補達が鎬を削る、気の抜けぬ学舎で、何故過去を懐かしむ気持ちが蘇ってきてしまったのか、雷蔵は不思議であった。あまり、思い返した事は無かったというのに。
(気ィ抜いちゃ駄目だ。さっきだって、結果的に二体一の構図になってた。油断させて闇討ちなんて、古くからある手だ)
赤組の集団を抜けて角を曲がると、気合いを入れ直す意味で二、三度己の頰を張って、一瞬強く目を瞑ってまた開く。丁度横を通り過ぎようとしていた名も知れぬ使用人が驚いて肩を揺らしたが、気にせずに目的地へ向かう。講義前に通った道を暫く進むと、救護所の方向を記した看板があり、書いてある通りに進むと救護所が見えてきた。廊下には何人かの姿がある。その中の一人が雷蔵に気付いたらしく、「おおい!」と手を振る。
「出海師!申し訳ありません、遅くなりまして…!」
「いや、気にしないでくれ。元々講義が終わって他夏が起きてきた頃に宿舎へ送るつもりだったから」
出海は朗らかな笑顔で笑いかけると、後ろに居た他夏の背を優しく押して雷蔵の前に出した。雷蔵は眠気の残る他夏の手首を取って礼をする。
「ありがとうございました…!」
「じゃあね、気を付けて帰りなさい」
愛想良く手を振って二人を見送った出海。その笑顔は先程使用人を見送った表情と酷似していたが、その内に潜む感情は真逆であった。
0
あなたにおすすめの小説
ふたなり治験棟
ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。
男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる