127柱目の人柱

ど三一

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学舎編 一

目障りなウサギ

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現在、御殿に常駐する警護担当配下の数は普段の半数ほど。一部は休暇、その他は中庭での合同鍛錬に参加している。軽く身を清めてから衣替えをした御蔭は、配下や使用人用の湯殿から出て、御殿へ続く渡り廊下へ向かっていた。すれ違う使用人達の礼に短い言葉を掛けながら進んで行くと、正面に飛び跳ねるようにして歩く稲葉の姿が見えた。手には器を持っている。

(あやつ……また厨房で残り物を集めて来たな……)

御蔭の眉間に皺が寄る。正面から御蔭が来ている事には気付かず、手掴みで昼餉の残りを口に運んでいる。以前、“歩きながら食べるな”“箸か匙を使え”“毀れるようなものを運んでいる時に飛び跳ねるな”“汚れた手を着物で拭うな”“手掴みで食べたのなら手を洗え”等と稲葉に口酸っぱく言い聞かせた御蔭であったが、そんな記憶は抜け落ちてしまったかのように餡の掛かった蕪を掴んでから、ふわふわした毛並に残った餡を舌で舐ったその指を着物で拭く。主様付の使用人である稲葉が着用する衣はそれなりに上等な品である。主様の外出の際も身の回りの世話をして、他の神様や人目にもつく役職の為、主様の格を貶さぬ様に、他の配下とは違う上質な反物を仕入れ、屋敷の針子達が丹精込めて仕上げた逸品。針子は着物の洗濯も担当する為、雅な着物に付着した食べかすや、変色を伴う汚れにいたく落胆している事が使用人頭の本匠にも伝わり、注意を受けたのだが直らない。

(主様は稲葉に甘すぎる…“悪気はないのだから、大目に見てやれ”などと…。)

御蔭は主様の言葉を無碍には出来ない。その為に、口元に餡を付けて機嫌良さそうに跳ねる稲葉に、口頭での叱責しか取る手段がない。忌々しい、と御蔭は苦虫を噛み潰す。稲葉は器に残る餡を舌で舐めとっていると、不機嫌そうな表情で歩く器越しの御蔭の姿を漸く発見した。

「おや、御蔭様!只今、庭先で鍛錬のご予定ではありませんでしたか?本日は早めに切り上げたので?」
「……主様宛に文が届いたので、途中であるが離脱してきた。考慮が必要な内容であるからな」
「考慮、でございますか?まさか我らが恐ろしき主様に挑もうなどという命知らずの野蛮畜生からの果し状でも届いたので?ふっふっふ……主人様の手を煩わせる事などございますまい!御蔭様や本匠先輩が居りますし、なんだったらこの稲羽がその野蛮畜生を一捻りにして差し上げましょうか?」

稲葉は小粋な足運びを御蔭に見せつける。ただ飛び跳ねているだけ、着地の瞬間に槍で刺し殺されて終わりなのだが、その得意げな顔が癇に障り、御蔭は静かに苛立つ。

「私の部下は主様をお守りする役目があるからな、態々殿を買って出てくれるのは大変ありがたい」
「むふふ~!あの禿坊主達には少々荷が重いでしょうからねぇ~!稲葉が手本となって…、…!…」
(上手く金竜様の怒りを買い、焼きウサギになってくれればいいのだが…)

自分の手を汚さず目障りなウサギを始末する計画が一瞬頭に浮かんだが、主様にも害が及ぶ可能性がある為、今の所思うだけに留まった。

「では、私は御殿へ向かうが………そうだな。一応、主様付きの使用人であるお前も話しを耳に入れておけ。お前が戦いを望むと勇んでいた事は主様に伝えておく」
「ふむふむ?」

文の内容を聞いた稲葉は跳び上がり、甲高い悲鳴を上げた。あたふたとしている稲葉の隙を突いて御殿へ繋がる渡り廊下に足早に向かう。御蔭の足取りは軽快だ。何故なら、後方から"先程の話を無かった事にして欲しい"と叫びながら駆けてくるウサギが居たから。御蔭はその声が聞こえていないフリをして、早歩きの速度を早めた。
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