127柱目の人柱

ど三一

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学舎編 一

為すべきこと

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講義終了の鐘が鳴り、出海の見送りの元部屋を出た三人は、相変わらず静かな救護所内を通って廊下に向かっていた。この場所に来る前はナジュと号左は常に何か話をしながら歩いていたが、現在は両者とも口数が少なく、救護所の清潔で澄んだ空気が余計に気分の沈みを実感させる。

(話せる範囲で話して貰いたいとお伝えしていたが、中々に踏み込んだ事情まで及んでしまったのは私の想定が甘かった)

号左はナジュよりも長く天界に住み、神々の事情について全く知らぬわけではない。病座のような、大衆の心象があまり良いと言えない神は、領域をどう栄えさせるか苦心するという。出海は明朗な自身の気性と病を操れる事を上手く利用し、領域内で生活を営む人々を集めているが、上手く立ち回れない神も中には居る。

(ナジュは天界に来て日が浅いと言っていたから、神という存在に対し、聖域的な理想を抱いているのも仕方ない。短い間でも様々な現実を目にしただろうけれど、どうしても期待は残ってしまう。出海殿の言う事もナジュの言う事も間違いでは無いと私は思っているから、どちらか片方の味方は出来ないのが心苦しいが…)

神様と仰ぎ見られる存在だが、その内心は下々とそれ程変わらない感情を持っていて、真心もあれば、欲もある。座の役割も誰かがやらねばいけない事。一柱でも欠ければ、果たされない役割があれば天界の何処かで歪が起こる。どの座も尊い役割を持っている、号左はそう教えられてきた。現在欠けているのは“空座”。欠けの代償が何なのか、号左を含めて知る者は殆ど居ない。

(未来の為に……神になど成らなければと後悔しないように、教えなければいけない事…)

神が不在である空座の領域の有り様を考えれば、将来出海と同じ苦労をする可能性は高い。号左はナジュと他夏に与えられる智慧が何か考えるが、答えは実に多種多様で、帰り道に教え切れるものではなかった。だが、出海の在り方を知った今日この日に、伝えておきたい事を一つ決めた。

「ナジュ、他夏」
「……なんだ」
「ん……?」

偶々他夏の頭の中の霧が薄まった時であった。明確に自分の名前に反応し、号左の居る方に顔を向けている。

「一つ、話をしておくとね」
「…ああ」
「神様に成って、何も変わらずに居られる事は恐らくない」
「…」
「天界の頂点、尊い役割を得た神々の中の一つ柱。当然大衆と見る景色は違う、出来る事も違う、持つ力も違う。きっと君達は変わってしまうよ。立場や直面する問題がそうさせるかもしれない。でもね、それでも…"君達が為すべきことを為しなさい"」
「なすべきこと……?役目か?」
「役目かもしれないし、全く違う事かもしれないね」
「何だよそれ…」

ナジュは困ったような顔をして号左を見る。

「もう雑に言ってしまうとね、座を得たなら役目を果たして欲しいとは思っている。それによって被害を被るのは御免だけれど、それはそれで仕方のない事なんだろう。どんなに疎まれる役目でも、果たす事に誇りを持ちなさい」

号左は、「そしてね、」と続けた。

「役目よりも大事な事があれば迷わずそちらを選びなさい。為すべきことが何かっていうのは、君達が決めていいんだ。譲れないものの中から切り捨てるものを決めるのも君達。出海殿のような生き方を望まないなら、他の道を模索してもいい、役目を放棄して座の恩恵だけを得てみるも一つの選択だ。最悪神をやめてもいい」
「……そ…」
「役目を果たせって言ったのにか…?それで誰かが困るかも知れないのに?……いや、病座が役目をやらなかったら、皆幸せか…?」
「さあ、どうだろう。因果は常人にはわからぬもの……それが良かったのか悪かったのか……全ては神のみぞ知る、さ」

救護所の扉を開けて廊下に出ると、三人は一人と二人に分かれた。
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