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学舎編 一
夜番
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主様の就寝時は、人払いの命令が下されぬ限り、常に誰かしらが居所の外に控える決まりとなっている。大抵は従者の御蔭か主様付使用人の稲葉、それ以外には御蔭が特に信頼する部下や、偶に使用人頭の本匠も側に着く。今夜、御蔭と稲葉は任を解かれて各々の部屋で夜を過ごしている。稲葉は使用人仲間達と、御蔭は配下達と。今夜襖の外に控えているのは本匠だった。
「……」
主様は普段顔を隠している白布を外して開けた視界で、本匠が外に控えている襖を見る。稲葉が外に控える日は、夜の番を開始してから三十も数えぬうちに襖の奥からぐうぐうといびきが聞こえてきて、何故かその気の抜ける五月蠅さが安心を齎す。他の配下が外に控える日は、稲葉と違って眠らずに静かではあるのだが、時々身動きする音が聞こえて気になる時がある。御蔭や本匠が番をする日は夜通し物音が聞こえず、庭に住む虫の声や木々のざわめきがささやかに聞こえて静かだ。特に本匠の方は、気配すら感じ取れない時があり、主様は一度襖を開けて確かめた時もある。今夜はまさに気配がその日だった。
(いつにもまして静かだな……本匠がそこに居るとわかっているのに、居るか確かめたくなってくる…)
主様は今夜、何となく眠る気分になれない為、香を焚いていた。衣に着けるのとは違い、それほど香気が強くなく、呼吸をした際に甘さのある花の香りに気が付く程度のもの。睡眠を促す効果がある香だが、今夜の効き目は今一つ。御蔭から献上された読みかけの書物の続きを捲る気にもなれず、主様はぼんやりと襖の奥の気配を探っていた。
(金竜殿の件……皆が言う程に警戒する必要は無いと思うのだが……一人になると気になってくる。屋敷中、どこか緊張した雰囲気が漂って……それに影響されているのだろうか……?)
主様はふうと溜め息を吐く。金竜が主様の屋敷への訪問を求める文に驚きはしたが、配下達が危惧する襲撃の可能性は低いと見ていた。配下達、使用人達は世に流れる金竜の噂を元に対策を練ろうと躍起になっているが、主様が接した金竜という一柱は、噂とは少し解離していると感じた。
(金竜殿は神々の中でも圧倒的な力を持つ一柱。豪快で明朗かと思いきや、荒れ狂う波に似た気性を奥に秘めている。慈悲深き時もあれば、理不尽に、気儘に自らの持つ力を振るわれる時もある。それが許される力を持つ方。己の力量に相当な自信がおありのはず。そんな方が、態々だまし討ちの様な事をされるのか…?そもそも、私を倒して金竜殿に何か利益があるのか…?私の座を得る事が目的…?天界でも上に格付けられる雷座を退かれる意味は…?)
神として君臨しても、夜通し考えても解らない事は解らないままだった。主様はきっとそこに居るだろう夜の番の答えが聞きたくなった。
「……」
主様は普段顔を隠している白布を外して開けた視界で、本匠が外に控えている襖を見る。稲葉が外に控える日は、夜の番を開始してから三十も数えぬうちに襖の奥からぐうぐうといびきが聞こえてきて、何故かその気の抜ける五月蠅さが安心を齎す。他の配下が外に控える日は、稲葉と違って眠らずに静かではあるのだが、時々身動きする音が聞こえて気になる時がある。御蔭や本匠が番をする日は夜通し物音が聞こえず、庭に住む虫の声や木々のざわめきがささやかに聞こえて静かだ。特に本匠の方は、気配すら感じ取れない時があり、主様は一度襖を開けて確かめた時もある。今夜はまさに気配がその日だった。
(いつにもまして静かだな……本匠がそこに居るとわかっているのに、居るか確かめたくなってくる…)
主様は今夜、何となく眠る気分になれない為、香を焚いていた。衣に着けるのとは違い、それほど香気が強くなく、呼吸をした際に甘さのある花の香りに気が付く程度のもの。睡眠を促す効果がある香だが、今夜の効き目は今一つ。御蔭から献上された読みかけの書物の続きを捲る気にもなれず、主様はぼんやりと襖の奥の気配を探っていた。
(金竜殿の件……皆が言う程に警戒する必要は無いと思うのだが……一人になると気になってくる。屋敷中、どこか緊張した雰囲気が漂って……それに影響されているのだろうか……?)
主様はふうと溜め息を吐く。金竜が主様の屋敷への訪問を求める文に驚きはしたが、配下達が危惧する襲撃の可能性は低いと見ていた。配下達、使用人達は世に流れる金竜の噂を元に対策を練ろうと躍起になっているが、主様が接した金竜という一柱は、噂とは少し解離していると感じた。
(金竜殿は神々の中でも圧倒的な力を持つ一柱。豪快で明朗かと思いきや、荒れ狂う波に似た気性を奥に秘めている。慈悲深き時もあれば、理不尽に、気儘に自らの持つ力を振るわれる時もある。それが許される力を持つ方。己の力量に相当な自信がおありのはず。そんな方が、態々だまし討ちの様な事をされるのか…?そもそも、私を倒して金竜殿に何か利益があるのか…?私の座を得る事が目的…?天界でも上に格付けられる雷座を退かれる意味は…?)
神として君臨しても、夜通し考えても解らない事は解らないままだった。主様はきっとそこに居るだろう夜の番の答えが聞きたくなった。
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