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学舎編 一
洗うコツ
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雷蔵はいつものように他夏を洗ってやり、その横ではナジュがオウソウから身体を隠すように、背中を丸めてこそこそと洗っている。
「何故そのように身を屈めておられるのですか、ナジュ様。もしや講義の中でお怪我をなされましたか?御身体に不調がございましたら、私がすみずみまで洗って差し上げ…」
「いいっ、自分で洗えるよ!この体勢はだな……えっと……」
ナジュが理由を言い淀んでいると、他夏の頭を洗ってやっていた雷蔵が助け舟を出す。
「隣にいるお前が何かしてこないか警戒してんだろ。洗ってる最中なんて梳だらけだからな。……まんまと俺に罪を着せやがって」
「フフ…私がナジュ様に危害を加える筈などないではありませんか。この心中に抱くのは、愛欲のみ……」
「その"欲"が問題なんだよっ」
ナジュは給水湯場でオウソウにされた事を思い出し、手のひらにこんもりと盛った泡を投げ付ける。泡はふんわりと宙を舞い、オウソウの頰に当たってそれから太ももに落ちた。オウソウはナジュが何を思い出したか見当が付き、意味深な笑みと視線を送り、声は出さずに"また今度"と唇を動かす。全く懲りていない様子だ。ナジュは今出来るせめてもの反撃として泡を投げつけ続けるが、オウソウは微笑んで受け入れるだけだ。そんな二人の様子を雷蔵は横目で見ていた。
「あいつら何してんだ一体…」
「……うっ」
「あっ目に泡が入ったか他夏?流してやるから上向け」
二人に気を取られている最中、頭から流れて来た泡が目に入り、他夏は痛みを覚えて目を強く瞑った。桶に汲んだ湯を額から流しながら雷蔵が他夏の代わりに目を擦ってやる。雷蔵の甲斐甲斐しいお世話の様子を見たオウソウは、ナジュの泡を浴びながら「雷蔵様」と呼び掛け、一つ助言を口にする。
「お髪を洗う際は、お顔が上を向くようお支えし、髪の根本から先に向かって泡が流れる様に洗うと目に入りにくいですよ。湯を掛ける時は、額の方へ流れぬ様に手で抑え丁寧に流して差し上げてください」
「詳しいな…」
雷蔵は、オウソウが口を開けばろくな事を言わないと思い身構えていたが、予想に反して助言らしい助言をするものだから内心で驚いた。
「詳しいな……従者の前は湯殿の使用人でもやってたか?」
「フフ……専任ではございませんが経験がありまして。以前、手の掛かる幼子の面倒を主より任されていた時期がございますので、慣れたものです」
「……お前、童に手出ししてねぇだろうな?」
ナジュは欲望に忠実なオウソウならばあり得るのではないか?と思い、訝しむ視線を向ける。
「おやおや……私が一番好むのはナジュ様程の年齢の美しい方でございますよ。幼子や、まだ元服を済ませたばかりの方には、色気を感じませんので」
「じゃあ、上はどこまでなんだよ」
助言通りに他夏の髪を流してやっている雷蔵が質問する。
「そうですね…ナジュ様程の年齢に二十程足した辺りまで、が色欲を唆られます」
「俺がおっさんになった位までか……オウソウは何歳なんだ?」
「フフ…最近は数えておりませんが、少なく見積もっても二百年以上はこの姿のまま天界におりますね」
「なっ、爺どころじゃねえっ!俺の先祖、何代前とかだぞ!?」
「ンフフフ……」
天界に生きる者にとってナジュのような反応は新鮮で、それが余計見た目通りの若さを感じさせ、オウソウはナジュが一層可愛らしく見えていた。
「何故そのように身を屈めておられるのですか、ナジュ様。もしや講義の中でお怪我をなされましたか?御身体に不調がございましたら、私がすみずみまで洗って差し上げ…」
「いいっ、自分で洗えるよ!この体勢はだな……えっと……」
ナジュが理由を言い淀んでいると、他夏の頭を洗ってやっていた雷蔵が助け舟を出す。
「隣にいるお前が何かしてこないか警戒してんだろ。洗ってる最中なんて梳だらけだからな。……まんまと俺に罪を着せやがって」
「フフ…私がナジュ様に危害を加える筈などないではありませんか。この心中に抱くのは、愛欲のみ……」
「その"欲"が問題なんだよっ」
ナジュは給水湯場でオウソウにされた事を思い出し、手のひらにこんもりと盛った泡を投げ付ける。泡はふんわりと宙を舞い、オウソウの頰に当たってそれから太ももに落ちた。オウソウはナジュが何を思い出したか見当が付き、意味深な笑みと視線を送り、声は出さずに"また今度"と唇を動かす。全く懲りていない様子だ。ナジュは今出来るせめてもの反撃として泡を投げつけ続けるが、オウソウは微笑んで受け入れるだけだ。そんな二人の様子を雷蔵は横目で見ていた。
「あいつら何してんだ一体…」
「……うっ」
「あっ目に泡が入ったか他夏?流してやるから上向け」
二人に気を取られている最中、頭から流れて来た泡が目に入り、他夏は痛みを覚えて目を強く瞑った。桶に汲んだ湯を額から流しながら雷蔵が他夏の代わりに目を擦ってやる。雷蔵の甲斐甲斐しいお世話の様子を見たオウソウは、ナジュの泡を浴びながら「雷蔵様」と呼び掛け、一つ助言を口にする。
「お髪を洗う際は、お顔が上を向くようお支えし、髪の根本から先に向かって泡が流れる様に洗うと目に入りにくいですよ。湯を掛ける時は、額の方へ流れぬ様に手で抑え丁寧に流して差し上げてください」
「詳しいな…」
雷蔵は、オウソウが口を開けばろくな事を言わないと思い身構えていたが、予想に反して助言らしい助言をするものだから内心で驚いた。
「詳しいな……従者の前は湯殿の使用人でもやってたか?」
「フフ……専任ではございませんが経験がありまして。以前、手の掛かる幼子の面倒を主より任されていた時期がございますので、慣れたものです」
「……お前、童に手出ししてねぇだろうな?」
ナジュは欲望に忠実なオウソウならばあり得るのではないか?と思い、訝しむ視線を向ける。
「おやおや……私が一番好むのはナジュ様程の年齢の美しい方でございますよ。幼子や、まだ元服を済ませたばかりの方には、色気を感じませんので」
「じゃあ、上はどこまでなんだよ」
助言通りに他夏の髪を流してやっている雷蔵が質問する。
「そうですね…ナジュ様程の年齢に二十程足した辺りまで、が色欲を唆られます」
「俺がおっさんになった位までか……オウソウは何歳なんだ?」
「フフ…最近は数えておりませんが、少なく見積もっても二百年以上はこの姿のまま天界におりますね」
「なっ、爺どころじゃねえっ!俺の先祖、何代前とかだぞ!?」
「ンフフフ……」
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