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罪人探し編
第42話 名前は…
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扉を開けたグンカは、中に居るハナミを始めとしたサブリナ警備隊の面々とその前に座る恋人役の役者を認識した。一応警備隊という地位に居るので、手荒な事は起こっていないと判断した。
「失礼、中から争いのような声が聞こえ、様子を見に扉を開けた」
「グンカじゃねえか。お前何でここに?」
ハナミは椅子に横座りをしてグンカの方を向いた。役者はいきなりの訪問者に驚き口を噤んでいる。
「観客として来ている。知人の伝手で、見学させて頂いている途中だ。お前は捜査…か?」
「ああ、この役者さんが持ってる白いワンピースについて聞きに来た。リリナグに関係の無い事でもない、同席するか?」
グンカは背後に居る同行者たちを見る。警備隊としては話を聞いておきたい所ではある、と考えていると、ベンガルが白いワンピースを見つけて声を上げた。
「あれが衣裳ですよね!話の展開はわかりませんが、もう見れなくなる可能性が高そうなんで、一度近くで見せて貰えませんか?」
「こら、ベンガル!お邪魔しちゃ駄目でしょう!」
「あ、あの…ミセス…?」
ハナミは急に表れた巨躯の女に驚いて恐縮してしまう。
「ミスです!」
「どちらさんで…?」
「15歳のベンガルです。その白いワンピースを見せて貰える話だったんですが、おじさん達が来たので見せて貰えません」
「わ、悪かったね…お嬢ちゃん」
「貴方…ナリヤの友達の…?」
楽屋に入り、ごめんと手を合わせるナリヤとその隣で目を輝かせて自分と衣装を見ているベンガルの姿。
「お話も聞きたかったのに~」
「……」
その輝きに過去の自分と同じものを見た役者は、ハナミ達に提案する。
「刑事さん達、本当はこの方たちが先約なの。少しだけ外して貰えない?」
「……まあ、いいでしょう」
「すまんな」
ハナミはグンカの肩にポンと手を置いて楽屋の外に出る。2人の部下の内の1人は、平べったい大きな荷物を持っていた。それを大切そうに抱えて楽屋の外の壁際に移動する。
サブリナ警備隊が居なくなると、ナリヤが外で待っていたニス達を呼び込む。
「少しの時間だけど、入って!」
「御言葉に甘えましょうか」
「ああ」
全員が楽屋に入るとナリヤが扉を閉めた。サブリナ警備隊は壁に背を預けて聞き耳を立てている。会話の中にワンピースについての話していない情報が含まれている可能性がある。
「ごめんなさいね、お待たせして」
「いえ!こうしてお会いできて光栄です!ワンピースを見ていいですか!?」
「ふふ…どうぞ」
役者の言葉に、一行はワンピースを着せられたマネキンを囲んだ。ベンガルは興奮しているが、衣装を見る目は冷静だった。
(近くで見ると、本当におねえさんのワンピースと似ていますね…。編み方も共通していますし、同じように役者のおねえさんの名前が入っているのでしょうか?)
熱心に衣装を見聞するベンガルの様子を微笑ましく見るのは姉のライアだけではない。衣装の持ち主である役者も同様だった。
「こちら、友達のライア。それでこちらが…」
「主人公の恋人役の、サラです」
「ライアです。演技、素晴らしかったですわ…客席に降りた時なんか、本当に主人公に恋心を抱いているかのような素敵な表情で、うっとりしました」
「ありがとうございます。役者冥利に尽きます」
サラはライアと握手をすると、妹のベンガルについて聞く。
「確か服作りが好きで、話を聞きたいとか…?」
「ええ、腕を上げるためでもあるんですけど、妹はそれ以上に服が好きで、舞台衣装にも興味があるんです」
ワンピースを見ていたベンガルがサラたちの方に振り向いた。
「おねえさんは、衣装担当から役者になったと聞きました!ですから役者としての衣装に求めるものとか、衣装作りの拘りとか、魅せる服作りについて伺いたいのです!」
「ええ、私で良ければ…」
ベンガルがやったあ!と嬉しそうな声を上げる。サラから椅子を勧められそこに座ると鞄の中から大きめのスケッチブックを取り出した。ベンガルの矢継ぎ早の質問にもサラは快く答える。スケッチブックに質問内容に対する答えをメモしたり、実際のデザインを見て貰いサラにアドバイスを受けている。まるで先生と生徒のような関係だ。
服作りの話に加わらずにいられないのがナリヤである。ベンガルのデザインを見ながら、こうしたらもっと見栄えがいいと経験に基づくアイディアを出す。デザインについて話し合う3人に、ライアは学校時代を思い出して暖かい気持ちになった。
ワンピースを囲んでいるのは、ニスとギャリアー、グンカの3人になる。2人はニスの着ていたものとよく似ていると思いながら、滅多に見られない舞台衣装を観察している。
(本物だ。本物のモリアの……)
ワンピースを前にしたニスは、長い貝殻のモチーフの中にモリアの名前を見つけ、その縫い目を懐かしげに眺める。最後の文字の場所が足りなくなって、何度も縫い直していた光景が頭の中で蘇る。今ではモチーフの貝が打ち上げられていた砂浜までも懐かしき過去の記憶となってしまった。同じ海だと言うのにリリナグの透明感のある水色の海は晴れやかに輝いている。
(これを彼女はどこから手に入れたの…?まさか…グループの仲間…?)
サブリナ警備隊刑事のハナミが居た事、サラの発言から、このワンピースが盗品の件での事件に関わっていると警備隊が怪しんでいるのだろう、とニスは思った。一座の公演は明日まで、明後日には移動してしまう。それに加え、警備隊が彼女を拘束する可能性もある。じきに彼女に話を聞く機会は失われる。ワンピースの在り処はわかった。本当はこの場でサラと交渉して持ち帰りたいが、ハナミがワンピースを怪しんでいる為、それが移動するのを許可しないだろう。ニスは目まぐるしく考えを巡らせる。
懐かしい思い出に浸るのは一瞬だけしか許さない。
このワンピースの出所を聞かなければならない。
ニスは立ち上がると、盛り上がるサラ達の輪に近付く。
「あの…」
「なにかしら?」
「あの衣装はどこかのお店のもの…?」
「…知り合いから買ったの」
ハナミが楽屋に居た時の様子から、彼女はバッツという人物を経由して手に入れたのだろう。
「あれの他に同じようなデザインのワンピースって売っていた?私も欲しくて…」
ニスの言葉に何か勘繰っているのかと警戒したサラだったが、単に同じものを欲しているとわかり、口が少し軽くなる。直前の警備隊のハナミの追及程の厳しさを感じなかったので、安心したのもあった。
「ええ、いくつかあった筈」
「売ってる人を紹介して貰えないかしら」
彼女の顔が曇る。
「その人は…バッツという名前なんだけど、どうやら悪いことをして捕まったみたいなの」
「じゃあ…ワンピースは…」
「ここの警備隊の方達が持っているわ」
きっとそのバッツがグループの一員だとニスは見当を付けた。
まだサラの方は、グループの犯行に加担している可能性は否定できない。
「なら直接買いたいわ……誰が作ったのか、どこで作ったのか知らない?仕入れたお店とか…」
「いいえ、知らない。私はバッツの家で何着か見せて貰って買ったの。どこで仕入れたのか聞いても教えてくれなかった」
サラはただ購入しただけと主張している。
「そう…残念ね。他のはどんなデザインだったか分かる?」
「そうね…刺繍のモチーフは違うんだけど…草花だったり、人だったり…でも皆何処かに蛇のモチーフが入っていたわね。そのワンピースにも入っていた筈よ」
サラは立ち上がってワンピースのスカート部分の布を掬い、その蛇を見せる。
「一番力を入れているのがこの蛇の部分ね。とても緻密で繊細な仕事をしてる」
「あたしもその部分がお気に入りです!」
「このワンピースの中に名前が隠れていて…」
名前がある部分のスカートを大きく広げてみせると、ニスはその文字を読んだ。
「モリア」
「いや、モリ、じゃないかしら…?この貝の部分に一目じゃわからないように刺繍があるの」
サラが名前の場所を指差した。長い巻貝の殻の隙間に入れられた刺繍の文字は、最後が潰れてしまっている。ワンピースから一歩引いて見ていたギャリアーが、ニスとサラと一緒に腰を下ろして文字を見る。
「ああ、これはモリアじゃないか?ほら、ここの最後の方スペースが無くて文字が小さくなってる」
「?」
「あたしにも見せてください!」
サラの隣にしゃがんだベンガルが、目を細めてその刺繍文字を見る。モリまでの文字は近くで見れば読めるが、ァの部分は貝の柄の様に見えた。しかし、名前に使用している糸は貝を形作っている糸とは僅かに色が違う。
「本当ですね、一見柄の様にも見えますが文字があります。私には”モリオ”に見えちゃいますが」
「……そうね、ァよりはオに見えるけれど、文字があるわ」
その時、楽屋の扉をコンコンとノックする音がした。ナリヤがサラに代わって出ると、立っていたのはサブリナ警備隊の三人だった。
「そろそろ…いいかな?座長さんに許可は取ったが、公演中なんで短めにって言われてるんだ」
「サラ…」
「……すみません皆さん。その方々とお話ししないと」
サラは申し訳なさそうに言った。ベンガルは不満そうにハナミを見て、その場に立ちあがった。楽屋は仕切られた部屋となっており天井はない。はるか上に天幕がある。
「…もっとお話ししたかったのに、です」
「悪いねお嬢ちゃん。サラさんと大切な話があるんだ」
ベンガルはサラにお礼を言って、自分の店リリナグリリィの住所を書いた紙を手渡した。
「もしリリナグに来ることがあれば、是非寄ってください。少しの間でしたけど楽しかったです」
「私も…ベンガルちゃん。服作り頑張ってね」
一行はナリヤに促されて外に出る。ワンピースの近くに居たニスがサラの横を通り過ぎる時に小さな声で耳打ちする。
「大切に持っていてね…あの服」
「?…ええ」
ニスが最後に出入り口に立つハナミの側を通り、扉は閉められた。
「それじゃあサラさん、尋問の続きといきましょうか」
「…はい」
ハナミの部下が大きい荷物の中から白いワンピースを出してサラに見せる。
「見覚えがありませんか?バッツの部屋にあった1着です」
サラはそのワンピースを手に取ると、特徴的なその縫製と、隠れた蛇の刺繍を指先でなぞった。
「……見せて貰った事はあります」
「バッツはこの服について何か貴女に話していませんでしたか?」
「先程も言いましたが何も聞いてません」
「では質問を変えましょう。貴女はバッツとどういう関係でしたか?」
「…昔の恋人です」
サラはあまりいい思い出ではないのか、複雑な表情をしていた。
「若い頃から逮捕され釈放されるを繰り返してたバッツと恋仲で居るのは、苦労も多いだろう。1番最近会ったのはいつです?」
「半年前…」
「バッツが貴女に会いに行ったんですか?それとも貴女が?」
「…私が会いに行きました。ここサブリナに」
サラはバッツに呼び出された時のことをハナミに話し出した。
サラが恋人役に抜擢された後、バッツから手紙が届いた。内容は衣装として使えそうな上等な服を手に入れた、良かったら見るだけでも見ないか、という内容だった。バッツと恋人だった時代は衣装担当の見習いだったサラは、いつかカメリア一座の衣装担当兼役者になりたいという夢を話していた。きっと今では立派に劇団員をやっているだろう、その審美眼で一目、と書かれており、丁度衣装を探していたサラは少しだけ見てみようとバッツに返事を書いた。
「それで、このサブリナまで来てくれと。仕入れの関係上この町を離れられないからって。丁度休みを貰ったので、この日に行くと手紙に書きました」
「行ったのは…バッツの家?」
「はい、前と違って生活に余裕がある様子でした。一軒家に住んでましたから」
それからバッツはサラを招き入れると、衣装やアクセサリー等の小物が飾られていた部屋に通された。そこでこのワンピースを見つけたのだという。
「このワンピースにモリと文字があると言ってたね。実は奴の部屋から見つかったワンピースにも…」
「あ、それモリじゃなかったです」
「あ…そう。じゃあ何?」
「モリア、です」
「モリ、”ア”ね」
ハナミは手帳のモリという字にァを付け足した。部下がサラに質問する。
「さっき見ましたけど、モリで合ってるんじゃないですか?」
「いえ…いらっしゃってた見学の方が、モリアだと。言われて見れば糸の色が文字の刺繍と同じ色でした」
「ちょっと拝見」
サブリナ警備隊3人はワンピースの側に集まり名の部分を見る。
「あ~…まあ、そう…ですね…」
「でも…これ…モリ…オ…に見えますけど…」
「私もそう見えたんですが、見学の方がモリアだと」
ハナミは見学の方という言葉に引っかかる。確か衣装に執着していた御嬢さんが居たと思い出す。あの子が見つけたのだろうかと、手帳に15歳【大】と書きこんだ。
「その見学の方、とは」
「先程いらしていた方です」
「名前は?」
「いえ、存じ上げません。赤い髪をしてらっしゃった位しか……あと、男性の方もモリアと見えると話していましたよ」
「赤い髪……男…」
最近リリナグで起きた殺人未遂疑惑の被疑者だった女と、被害者の男が思い浮かんだ。
「あのご一行はどちらに?」
「え……ナリヤが衣裳部屋にお連れしたと思いますが…」
「お前達、ここ任せていいか」
部下二人は元気にはい!と返事をすると、ハナミはサラに礼をして楽屋を出て行った。
「失礼、中から争いのような声が聞こえ、様子を見に扉を開けた」
「グンカじゃねえか。お前何でここに?」
ハナミは椅子に横座りをしてグンカの方を向いた。役者はいきなりの訪問者に驚き口を噤んでいる。
「観客として来ている。知人の伝手で、見学させて頂いている途中だ。お前は捜査…か?」
「ああ、この役者さんが持ってる白いワンピースについて聞きに来た。リリナグに関係の無い事でもない、同席するか?」
グンカは背後に居る同行者たちを見る。警備隊としては話を聞いておきたい所ではある、と考えていると、ベンガルが白いワンピースを見つけて声を上げた。
「あれが衣裳ですよね!話の展開はわかりませんが、もう見れなくなる可能性が高そうなんで、一度近くで見せて貰えませんか?」
「こら、ベンガル!お邪魔しちゃ駄目でしょう!」
「あ、あの…ミセス…?」
ハナミは急に表れた巨躯の女に驚いて恐縮してしまう。
「ミスです!」
「どちらさんで…?」
「15歳のベンガルです。その白いワンピースを見せて貰える話だったんですが、おじさん達が来たので見せて貰えません」
「わ、悪かったね…お嬢ちゃん」
「貴方…ナリヤの友達の…?」
楽屋に入り、ごめんと手を合わせるナリヤとその隣で目を輝かせて自分と衣装を見ているベンガルの姿。
「お話も聞きたかったのに~」
「……」
その輝きに過去の自分と同じものを見た役者は、ハナミ達に提案する。
「刑事さん達、本当はこの方たちが先約なの。少しだけ外して貰えない?」
「……まあ、いいでしょう」
「すまんな」
ハナミはグンカの肩にポンと手を置いて楽屋の外に出る。2人の部下の内の1人は、平べったい大きな荷物を持っていた。それを大切そうに抱えて楽屋の外の壁際に移動する。
サブリナ警備隊が居なくなると、ナリヤが外で待っていたニス達を呼び込む。
「少しの時間だけど、入って!」
「御言葉に甘えましょうか」
「ああ」
全員が楽屋に入るとナリヤが扉を閉めた。サブリナ警備隊は壁に背を預けて聞き耳を立てている。会話の中にワンピースについての話していない情報が含まれている可能性がある。
「ごめんなさいね、お待たせして」
「いえ!こうしてお会いできて光栄です!ワンピースを見ていいですか!?」
「ふふ…どうぞ」
役者の言葉に、一行はワンピースを着せられたマネキンを囲んだ。ベンガルは興奮しているが、衣装を見る目は冷静だった。
(近くで見ると、本当におねえさんのワンピースと似ていますね…。編み方も共通していますし、同じように役者のおねえさんの名前が入っているのでしょうか?)
熱心に衣装を見聞するベンガルの様子を微笑ましく見るのは姉のライアだけではない。衣装の持ち主である役者も同様だった。
「こちら、友達のライア。それでこちらが…」
「主人公の恋人役の、サラです」
「ライアです。演技、素晴らしかったですわ…客席に降りた時なんか、本当に主人公に恋心を抱いているかのような素敵な表情で、うっとりしました」
「ありがとうございます。役者冥利に尽きます」
サラはライアと握手をすると、妹のベンガルについて聞く。
「確か服作りが好きで、話を聞きたいとか…?」
「ええ、腕を上げるためでもあるんですけど、妹はそれ以上に服が好きで、舞台衣装にも興味があるんです」
ワンピースを見ていたベンガルがサラたちの方に振り向いた。
「おねえさんは、衣装担当から役者になったと聞きました!ですから役者としての衣装に求めるものとか、衣装作りの拘りとか、魅せる服作りについて伺いたいのです!」
「ええ、私で良ければ…」
ベンガルがやったあ!と嬉しそうな声を上げる。サラから椅子を勧められそこに座ると鞄の中から大きめのスケッチブックを取り出した。ベンガルの矢継ぎ早の質問にもサラは快く答える。スケッチブックに質問内容に対する答えをメモしたり、実際のデザインを見て貰いサラにアドバイスを受けている。まるで先生と生徒のような関係だ。
服作りの話に加わらずにいられないのがナリヤである。ベンガルのデザインを見ながら、こうしたらもっと見栄えがいいと経験に基づくアイディアを出す。デザインについて話し合う3人に、ライアは学校時代を思い出して暖かい気持ちになった。
ワンピースを囲んでいるのは、ニスとギャリアー、グンカの3人になる。2人はニスの着ていたものとよく似ていると思いながら、滅多に見られない舞台衣装を観察している。
(本物だ。本物のモリアの……)
ワンピースを前にしたニスは、長い貝殻のモチーフの中にモリアの名前を見つけ、その縫い目を懐かしげに眺める。最後の文字の場所が足りなくなって、何度も縫い直していた光景が頭の中で蘇る。今ではモチーフの貝が打ち上げられていた砂浜までも懐かしき過去の記憶となってしまった。同じ海だと言うのにリリナグの透明感のある水色の海は晴れやかに輝いている。
(これを彼女はどこから手に入れたの…?まさか…グループの仲間…?)
サブリナ警備隊刑事のハナミが居た事、サラの発言から、このワンピースが盗品の件での事件に関わっていると警備隊が怪しんでいるのだろう、とニスは思った。一座の公演は明日まで、明後日には移動してしまう。それに加え、警備隊が彼女を拘束する可能性もある。じきに彼女に話を聞く機会は失われる。ワンピースの在り処はわかった。本当はこの場でサラと交渉して持ち帰りたいが、ハナミがワンピースを怪しんでいる為、それが移動するのを許可しないだろう。ニスは目まぐるしく考えを巡らせる。
懐かしい思い出に浸るのは一瞬だけしか許さない。
このワンピースの出所を聞かなければならない。
ニスは立ち上がると、盛り上がるサラ達の輪に近付く。
「あの…」
「なにかしら?」
「あの衣装はどこかのお店のもの…?」
「…知り合いから買ったの」
ハナミが楽屋に居た時の様子から、彼女はバッツという人物を経由して手に入れたのだろう。
「あれの他に同じようなデザインのワンピースって売っていた?私も欲しくて…」
ニスの言葉に何か勘繰っているのかと警戒したサラだったが、単に同じものを欲しているとわかり、口が少し軽くなる。直前の警備隊のハナミの追及程の厳しさを感じなかったので、安心したのもあった。
「ええ、いくつかあった筈」
「売ってる人を紹介して貰えないかしら」
彼女の顔が曇る。
「その人は…バッツという名前なんだけど、どうやら悪いことをして捕まったみたいなの」
「じゃあ…ワンピースは…」
「ここの警備隊の方達が持っているわ」
きっとそのバッツがグループの一員だとニスは見当を付けた。
まだサラの方は、グループの犯行に加担している可能性は否定できない。
「なら直接買いたいわ……誰が作ったのか、どこで作ったのか知らない?仕入れたお店とか…」
「いいえ、知らない。私はバッツの家で何着か見せて貰って買ったの。どこで仕入れたのか聞いても教えてくれなかった」
サラはただ購入しただけと主張している。
「そう…残念ね。他のはどんなデザインだったか分かる?」
「そうね…刺繍のモチーフは違うんだけど…草花だったり、人だったり…でも皆何処かに蛇のモチーフが入っていたわね。そのワンピースにも入っていた筈よ」
サラは立ち上がってワンピースのスカート部分の布を掬い、その蛇を見せる。
「一番力を入れているのがこの蛇の部分ね。とても緻密で繊細な仕事をしてる」
「あたしもその部分がお気に入りです!」
「このワンピースの中に名前が隠れていて…」
名前がある部分のスカートを大きく広げてみせると、ニスはその文字を読んだ。
「モリア」
「いや、モリ、じゃないかしら…?この貝の部分に一目じゃわからないように刺繍があるの」
サラが名前の場所を指差した。長い巻貝の殻の隙間に入れられた刺繍の文字は、最後が潰れてしまっている。ワンピースから一歩引いて見ていたギャリアーが、ニスとサラと一緒に腰を下ろして文字を見る。
「ああ、これはモリアじゃないか?ほら、ここの最後の方スペースが無くて文字が小さくなってる」
「?」
「あたしにも見せてください!」
サラの隣にしゃがんだベンガルが、目を細めてその刺繍文字を見る。モリまでの文字は近くで見れば読めるが、ァの部分は貝の柄の様に見えた。しかし、名前に使用している糸は貝を形作っている糸とは僅かに色が違う。
「本当ですね、一見柄の様にも見えますが文字があります。私には”モリオ”に見えちゃいますが」
「……そうね、ァよりはオに見えるけれど、文字があるわ」
その時、楽屋の扉をコンコンとノックする音がした。ナリヤがサラに代わって出ると、立っていたのはサブリナ警備隊の三人だった。
「そろそろ…いいかな?座長さんに許可は取ったが、公演中なんで短めにって言われてるんだ」
「サラ…」
「……すみません皆さん。その方々とお話ししないと」
サラは申し訳なさそうに言った。ベンガルは不満そうにハナミを見て、その場に立ちあがった。楽屋は仕切られた部屋となっており天井はない。はるか上に天幕がある。
「…もっとお話ししたかったのに、です」
「悪いねお嬢ちゃん。サラさんと大切な話があるんだ」
ベンガルはサラにお礼を言って、自分の店リリナグリリィの住所を書いた紙を手渡した。
「もしリリナグに来ることがあれば、是非寄ってください。少しの間でしたけど楽しかったです」
「私も…ベンガルちゃん。服作り頑張ってね」
一行はナリヤに促されて外に出る。ワンピースの近くに居たニスがサラの横を通り過ぎる時に小さな声で耳打ちする。
「大切に持っていてね…あの服」
「?…ええ」
ニスが最後に出入り口に立つハナミの側を通り、扉は閉められた。
「それじゃあサラさん、尋問の続きといきましょうか」
「…はい」
ハナミの部下が大きい荷物の中から白いワンピースを出してサラに見せる。
「見覚えがありませんか?バッツの部屋にあった1着です」
サラはそのワンピースを手に取ると、特徴的なその縫製と、隠れた蛇の刺繍を指先でなぞった。
「……見せて貰った事はあります」
「バッツはこの服について何か貴女に話していませんでしたか?」
「先程も言いましたが何も聞いてません」
「では質問を変えましょう。貴女はバッツとどういう関係でしたか?」
「…昔の恋人です」
サラはあまりいい思い出ではないのか、複雑な表情をしていた。
「若い頃から逮捕され釈放されるを繰り返してたバッツと恋仲で居るのは、苦労も多いだろう。1番最近会ったのはいつです?」
「半年前…」
「バッツが貴女に会いに行ったんですか?それとも貴女が?」
「…私が会いに行きました。ここサブリナに」
サラはバッツに呼び出された時のことをハナミに話し出した。
サラが恋人役に抜擢された後、バッツから手紙が届いた。内容は衣装として使えそうな上等な服を手に入れた、良かったら見るだけでも見ないか、という内容だった。バッツと恋人だった時代は衣装担当の見習いだったサラは、いつかカメリア一座の衣装担当兼役者になりたいという夢を話していた。きっと今では立派に劇団員をやっているだろう、その審美眼で一目、と書かれており、丁度衣装を探していたサラは少しだけ見てみようとバッツに返事を書いた。
「それで、このサブリナまで来てくれと。仕入れの関係上この町を離れられないからって。丁度休みを貰ったので、この日に行くと手紙に書きました」
「行ったのは…バッツの家?」
「はい、前と違って生活に余裕がある様子でした。一軒家に住んでましたから」
それからバッツはサラを招き入れると、衣装やアクセサリー等の小物が飾られていた部屋に通された。そこでこのワンピースを見つけたのだという。
「このワンピースにモリと文字があると言ってたね。実は奴の部屋から見つかったワンピースにも…」
「あ、それモリじゃなかったです」
「あ…そう。じゃあ何?」
「モリア、です」
「モリ、”ア”ね」
ハナミは手帳のモリという字にァを付け足した。部下がサラに質問する。
「さっき見ましたけど、モリで合ってるんじゃないですか?」
「いえ…いらっしゃってた見学の方が、モリアだと。言われて見れば糸の色が文字の刺繍と同じ色でした」
「ちょっと拝見」
サブリナ警備隊3人はワンピースの側に集まり名の部分を見る。
「あ~…まあ、そう…ですね…」
「でも…これ…モリ…オ…に見えますけど…」
「私もそう見えたんですが、見学の方がモリアだと」
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「その見学の方、とは」
「先程いらしていた方です」
「名前は?」
「いえ、存じ上げません。赤い髪をしてらっしゃった位しか……あと、男性の方もモリアと見えると話していましたよ」
「赤い髪……男…」
最近リリナグで起きた殺人未遂疑惑の被疑者だった女と、被害者の男が思い浮かんだ。
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そう言ったのは、王太子アレス。
そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。
外交も財政も軍備も――
すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。
けれど功績はすべて王太子のもの。
感謝も敬意も、ただの一度もない。
そして迎えた舞踏会の夜。
「便利だったが、飾りには向かん」
公開婚約破棄。
それならば、とレイナは微笑む。
「では業務も終了でよろしいですね?」
王太子が望んだ通り、
彼女は“確認”をやめた。
保証を外し、責任を返し、
そして最後に――
「ご確認を」と差し出した書類に、
彼は何も読まずに署名した。
国は契約で成り立っている。
確認しない者に、王の資格はない。
働きたくない公爵令嬢と、
責任を理解しなかった王太子。
静かな契約ざまぁ劇、開幕。
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