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露呈篇
第111話 平穏な町
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納涼祭が終わって日付が変わると、新しい月が始まった。翌日早朝には町の有志と納涼祭の運営が集まり、町全体の清掃活動が開始され、通勤通学の時間迄には、元の綺麗な町が帰ってくる。
「はあ~…やっと平和になったわね~」
「そうだな…まあ、人手は少ないが…」
グンカとユンはパトロールの隊員を見送るついでに通りの景色を眺めていた。詰所に残っている隊員が前のプランターにのんびり水遣りをしているのを見ると、漸く平穏が戻ってきたと感じる。
「ふあ~…眠~い…」
「こら、ユン。欠伸は町人に見えない所でしろ」
「え~…警備隊員だって町人だって同じですよ~?ほら、皆昨日遅くまで起きていて、大きなお口がチラホラと~」
ユンが指差す先には、太陽の光に眩しそうに目を細めながら大欠伸をした後、寝起きの様な顔で道を横切っていく人々。見ていると此方まで眠くなってきそうだ。
「そういえば~ギャリアー昨日どうだった~?」
「どうとは?」
「…変わった感じあった?」
グンカは昨夜の記憶を思い返す。ユンを家まで送って帰ってきたギャリアーは、いつも通りシャワーを浴びて、少し工房で作業をした後、すぐに就寝した筈だ。変わった様子など無かったように思う。何故ユンがそんな質問をするのか、それが気になった。
「……帰り道、何かあったのか?」
「いやあ~、ちょっとグンカ君には刺激が強すぎるかも~」
ユンは頬を染めてプリプリと照れている。これは相当話したいのだなと察したグンカは、静かに詰所待機所の中に帰ろうとした。ユンはグンカの行動などお見通しなので、しっかりと腕を捕まえて「聞きたい?」と言ってグンカを見上げた。
「仕事中だぞ」
「ちょっと位いいじゃな~い!グンカ君の右腕として中央に着いて行ってあげるから~!」
「ランか他の者に頼もうかと考えていたんだが……」
中央で面倒を看るのはごめんだと顔に書いてある。
「いい、グンカ君。そのお堅い頭でようく考えてみて?まずあたしがリリナグに残ったとする」
「ああ、中央では朝まで安眠できそうだな」
「もう!グンカ君が居ない間、あたしはギャリアー宅に入り浸るでしょうね。3日間も2人きりなんて心配じゃない!」
「…それはお前が同行した場合も同じでは?」
ユンはふうとため息を吐いて、仕方ないと言ったような表情をした。
「あたしは夜飲まずにいられない性質なのは知っているわね?」
「残念ながらな」
「ギャリアー宅で飲みます、酔っぱらいます、ニスにお酒を取り上げられます、大きな桶を持たされて監視されます、ギャリアーはニスの味方をします。…こんなの許される!?」
ユンは大袈裟にグンカの身体を揺すった。グンカは「揺らすのをやめろ」と抗議するが、ユンの力は強い。疲れの残る身体にじわじわとダメージが蓄積されていく。ガクガクとグンカを揺らしながら、ユンは吠える。
「それにあたしが酔っぱらったら、グンカ君の看守時代のあれこれが、歯止めが効かなくなって…!」
「わ、わかった!お前が残るとどうなるか分かった!ラン、ランの場合はどうなのだ!?」
一刻も早くユンの口を塞がなければならない、その焦りに突き動かされて取っ組み合いの喧嘩のようになる2人の姿を見た隊員達は、ようやく日常が帰ってきたとほっこりした気分になった。警備隊の前を通る通行人達も、ユンちゃんが隊員とじゃれていると微笑ましく見ていた。当人達はじゃれているつもりは一切ない。
「ランが残れば、ギャリアー宅に3日間滞在させて、2人の様子を見てくれるじゃない~!」
「そもそもランは家にまず来ないぞ!?そんな思いつきで、いきなり宿泊する理由などあるか!」
「あたしがギャリアーとニスにランの面倒を見てくれるよう頼めば…!」
「おい、ランも含めて大人ばかりだぞ!?子どもの面倒じゃあるまいし!」
「じゃあランが家に1人になって心配だからって言う!夜勤後は泥のように眠って滅多な事じゃ起きないから、あの子!」
「お前達は両親が近くに住んでいるだろう!」
「じゃあ3日間2人きりでいいわけ!?」
「そ、それはっ……でも、俺が夜勤の時は2人きりで……これまで幾度もあったから…」
途端語気が弱くなるグンカに、攻勢に出るべきだと判断したユンは畳みかける。
「3日間、確実に帰ってこないのよ~?2人きりで過ごす毎日…協力してご飯を作って、味見なんかさせたりして…風呂上りに2人で晩酌…開放的な気持ちになった2人は……」
「やめろやめろ!具体的に想像させるな!俺は2人がいる家に帰るのだぞ!?気まずくなってしまうだろうが…!」
「ね?あたしを中央に連れて行って、面倒見る方がいいでしょ?グンカ君の秘密はばれないし、あたしも可愛い妹を預かって貰って一安心。グンカ君」
既に中央で面倒を見る事が決まってしまったが、グンカはどちらがいいかまだ吟味している。ここでユンが当初の何故に対する回答をした。
「そうそう、あたしギャリアーにキスしたのね?」
「っはあ!?」
気軽な様子で恋愛がらみの秘密の告白をするユンに、グンカは多大な衝撃を受けた。脳内でいつ、どこ、何故という言葉が駆け巡る。グンカが疑問を口に出す前に先回りしたユンは、「送って貰った時、あたしの家の玄関、それと」と答える。
「やっぱりヨリ戻したいじゃない~、好きだから。それで女の人と2人きりになるのとか結構敏感になっているの」
「…何故俺に言う」
「共同戦線ってやつ!グンカ君だって、その方が都合いいかと思って~」
「……俺は別に」
「んふふふ~」
素直になれない事は百も承知である。ユンの何かを知っているような胡散臭い笑顔を見て、グンカは明後日の方向を向くのだった。
昨晩、リリナグ・ピオンの広場にギャリアーを連れてきて彫像を見ようと思ったユン。町の誇りともいうべき4人のマエストロの作品を2人で眺めて、ギャリアーに解説でもしてもらえたらもう少し長く一緒に居られると思っていた。
「新しくなったの見た?どれも素敵よね~特に貴方と同じ名前の…」
ギャリアーから離れて羽衣奇譚をモチーフにした彫像の前に立つ。この作品は中央にある潜源石の中の灯が彫像を照らし、一番綺麗に羽衣が見えるのは夜だと皆口を揃えて言う。彫像が入れ替えられたタイミングで、恋人同士や、これからそうなる雰囲気の2人組が増えたとパトロールの隊員が話す。実際こうして目にしてみて、薄いピンク色のはためく衣が透けて幻想的な雰囲気を纏っている。
(すっごく素敵……夜は誘い難いから……一緒に来れて良かった)
ユンは中々隣に来てくれないギャリアーに焦れる。どうやら手前の彫像で足を止めたらしいが、彫像に見惚れているのだろうか?ユンは一番羽衣奇譚の彫像が美しいと思っていて、その手前にある女性の彫像は恐ろしい表情をしているように見えて、夜間はあまりじっくりと見たくない。しかしギャリアーはきっと美しさを見出して、その前で鑑賞しているのだろう。ユンは振り返ってギャリアーを呼ぶ。
「ねえ、こっち来てよギャリアー」
ぼんやりと光る赤が上から下に流れた。ギャリアーは呆然としてその彫像を見ているような印象を受けた。細部を詳しく見ている、というわけでなく、全体を。矢張りギャリアーもかなり酔っているのだろうかとユンは思った。踵を返してギャリアーの横に立って名前を呼ぶ。
「ギャリアー!」
「?………ああ、何だ…?」
一瞬、ギャリアーは名前を呼ばれて他人事のような顔をした。
「もう~まさか立ったまま寝てた?眠いなら無理しなくてよかったのに~」
「……そう、みたいだな。ちょっと寝ちゃってたかも」
ギャリアーは夜でもわかる位の、滝の様な汗をかいていた。炎天下でもないのに珍しい。ユンはそれをリリナグの気候と酒のせいだと思った。現在ユンも身体が熱くてボタンを二個ほど外している。
「ふふ、うちによって冷たい飲み物でも飲む?歩くのが疲れたなら休んでもいいし~。ランもギャリアーが送ってきてくれたと分かれば…」
「……大丈夫だよ、ユン。先に…進もう」
「あっ……ふふふ」
ギャリアーがユンの腰に手をまわして、先に進むように促した。中々ギャリアーからの接触は珍しく、ユンはあっという間に機嫌がよくなった。ちょっと色気を出してユンも身体に寄りかかる。昔、付き合っていた時のように。
(あの頃も、ギャリアーはあまり人前でいちゃいちゃしてくれなかったけれど、お願いって言えばこうして歩いてくれたのよね。まだあたしのお願いって有効なのかしら…ふふ)
ユンは密かに幸福感に包まれていた。寄り添えば暑いと言えるほどだが、好きな相手ならば大歓迎。それにギャリアーの身体は少し冷たかった。ユンはこてんと頭を身体につけて、にやけそうになるのを抑えながらギャリアーの手が自分の腰に回っているのを眺めていた。もしこの時、上を向いてギャリアーの表情を見ていれば、運命は少し変わったかもしれない。
家の前に着くと、ユンは鍵を開けてギャリアーに少し休んで行かないかと聞く。まだランは勤務中で帰宅していない。2人で過ごすにはうってつけである。しかしギャリアーの返事はつれないものだった。
「いや…帰るよ。鍵も開けててくれてるだろうしな」
「さっき汗かいていたでしょう?水分補給は大切に!ニスも言っていたわよ?」
「大丈夫、喉は渇いてない。それよりユン、酒はこれ以上飲まずに、すぐに寝るんだぞ」
ニスのような事を言うギャリアーにむっとするユン。一緒に暮らして思考が似てしまったのか、なんて事を思いながら玄関の前に立つギャリアーの手を引いてお礼を言う。
「わかったから、今夜はもう飲みません。送ってくれてありがとう」
「ああ、お休み」
手が離れようとした時、ユンは一歩前に出て背伸びをした。顔を横に傾けた時、ギャリアーはぼーっとしていて、いつもならば制止する筈が今夜は止めなかった。久しぶりに元恋人同士の唇が重なった。
「ン……」
「……」
ユンは、ギャリアーが目を瞑らないのを驚きだと解釈した。きっとユンの行動に驚いてとっさの判断が出来なかったのか、それ以外の理由はユンにとって都合の良いものしか頭に浮かばない。唇の感触に既視感を覚えつつ、どうして別れなければならなかったのだろうと当時の自分達を想う。理由もわからず、ただ別れる事になり、唯一の救いは違う人を好きになったからではない事。それは、別れてからの行動で真実だと知った。
(ねえ…どうして、ギャリアー……何が理由だったの…?)
冷たい唇が気持ちいいと感じた。愛する人と口付けを交わして、ユンの心は熱く相手を求め始める。一度唇を離して、家の中に招き入れようとした時、ギャリアーはそっとユンの肩を押した。
「帰るよ……もう寝るんだぞ」
「ギャリアー……」
「じゃあ…」
口付けに何も言わなかった。声は冷静で、落ち着いているように感じた。表情も困った顔すらせず、何を考えているのかわからないフラットな顔だった。
(……ギャリアー)
自分では心を揺らすことが出来なかったのか?ユンはきゅっと唇を噛んでその後ろ姿を見送った。
ユンの送迎が終わったギャリアーは、真っ直ぐに家に帰り、シャワーを浴びて、3人同時に寝床に寝転んだ。グンカは数分で眠りに落ち、ニスも酒が入っているからいつもより早く眠ったようだ。
「……」
ギャリアーは独り、ニスとグンカの先にある暗闇を見つめている。目を瞑っても、どうしても眠れない。無理矢理にでも眠ってしまおうと、掛け布を頭まですっぽりと被って目を瞑っても、広場で見た彫像が頭を離れない。何度も寝返りを打っていると、いつの間にかニスの方に寄ってしまったようだった。流石に熱くなって掛け布を取った時、目に飛び込んできた真っ赤な長い髪に、過去の記憶が再生され、現在を侵食する。
「……あ…!」
真っ赤な髪から暗闇が垣間見えた気がした。これは何だ?と考える前に、赤い頭の天辺から黒が流れ、赤を一部侵食していく。ニスは今日白い寝間着を着ていた。レース風の薄い素材で、寝心地がいいと気に入っているものであった。しかしそれが余計にギャリアーの混乱と動揺を増長する。
「ァ……アア……ッ……!」
静かな悲鳴は誰にも聞こえない。逆に波の音も同居人の安らかな寝息も、ギャリアーには聞こえなくなっていた。それは何とも心許なく、恐ろしい夜を1人孤独に耐えようとしていた。
やがて黒が侵食され、赤に染まるのを見届けてから、ギャリアーはふっと意識を手放した。
「はあ~…やっと平和になったわね~」
「そうだな…まあ、人手は少ないが…」
グンカとユンはパトロールの隊員を見送るついでに通りの景色を眺めていた。詰所に残っている隊員が前のプランターにのんびり水遣りをしているのを見ると、漸く平穏が戻ってきたと感じる。
「ふあ~…眠~い…」
「こら、ユン。欠伸は町人に見えない所でしろ」
「え~…警備隊員だって町人だって同じですよ~?ほら、皆昨日遅くまで起きていて、大きなお口がチラホラと~」
ユンが指差す先には、太陽の光に眩しそうに目を細めながら大欠伸をした後、寝起きの様な顔で道を横切っていく人々。見ていると此方まで眠くなってきそうだ。
「そういえば~ギャリアー昨日どうだった~?」
「どうとは?」
「…変わった感じあった?」
グンカは昨夜の記憶を思い返す。ユンを家まで送って帰ってきたギャリアーは、いつも通りシャワーを浴びて、少し工房で作業をした後、すぐに就寝した筈だ。変わった様子など無かったように思う。何故ユンがそんな質問をするのか、それが気になった。
「……帰り道、何かあったのか?」
「いやあ~、ちょっとグンカ君には刺激が強すぎるかも~」
ユンは頬を染めてプリプリと照れている。これは相当話したいのだなと察したグンカは、静かに詰所待機所の中に帰ろうとした。ユンはグンカの行動などお見通しなので、しっかりと腕を捕まえて「聞きたい?」と言ってグンカを見上げた。
「仕事中だぞ」
「ちょっと位いいじゃな~い!グンカ君の右腕として中央に着いて行ってあげるから~!」
「ランか他の者に頼もうかと考えていたんだが……」
中央で面倒を看るのはごめんだと顔に書いてある。
「いい、グンカ君。そのお堅い頭でようく考えてみて?まずあたしがリリナグに残ったとする」
「ああ、中央では朝まで安眠できそうだな」
「もう!グンカ君が居ない間、あたしはギャリアー宅に入り浸るでしょうね。3日間も2人きりなんて心配じゃない!」
「…それはお前が同行した場合も同じでは?」
ユンはふうとため息を吐いて、仕方ないと言ったような表情をした。
「あたしは夜飲まずにいられない性質なのは知っているわね?」
「残念ながらな」
「ギャリアー宅で飲みます、酔っぱらいます、ニスにお酒を取り上げられます、大きな桶を持たされて監視されます、ギャリアーはニスの味方をします。…こんなの許される!?」
ユンは大袈裟にグンカの身体を揺すった。グンカは「揺らすのをやめろ」と抗議するが、ユンの力は強い。疲れの残る身体にじわじわとダメージが蓄積されていく。ガクガクとグンカを揺らしながら、ユンは吠える。
「それにあたしが酔っぱらったら、グンカ君の看守時代のあれこれが、歯止めが効かなくなって…!」
「わ、わかった!お前が残るとどうなるか分かった!ラン、ランの場合はどうなのだ!?」
一刻も早くユンの口を塞がなければならない、その焦りに突き動かされて取っ組み合いの喧嘩のようになる2人の姿を見た隊員達は、ようやく日常が帰ってきたとほっこりした気分になった。警備隊の前を通る通行人達も、ユンちゃんが隊員とじゃれていると微笑ましく見ていた。当人達はじゃれているつもりは一切ない。
「ランが残れば、ギャリアー宅に3日間滞在させて、2人の様子を見てくれるじゃない~!」
「そもそもランは家にまず来ないぞ!?そんな思いつきで、いきなり宿泊する理由などあるか!」
「あたしがギャリアーとニスにランの面倒を見てくれるよう頼めば…!」
「おい、ランも含めて大人ばかりだぞ!?子どもの面倒じゃあるまいし!」
「じゃあランが家に1人になって心配だからって言う!夜勤後は泥のように眠って滅多な事じゃ起きないから、あの子!」
「お前達は両親が近くに住んでいるだろう!」
「じゃあ3日間2人きりでいいわけ!?」
「そ、それはっ……でも、俺が夜勤の時は2人きりで……これまで幾度もあったから…」
途端語気が弱くなるグンカに、攻勢に出るべきだと判断したユンは畳みかける。
「3日間、確実に帰ってこないのよ~?2人きりで過ごす毎日…協力してご飯を作って、味見なんかさせたりして…風呂上りに2人で晩酌…開放的な気持ちになった2人は……」
「やめろやめろ!具体的に想像させるな!俺は2人がいる家に帰るのだぞ!?気まずくなってしまうだろうが…!」
「ね?あたしを中央に連れて行って、面倒見る方がいいでしょ?グンカ君の秘密はばれないし、あたしも可愛い妹を預かって貰って一安心。グンカ君」
既に中央で面倒を見る事が決まってしまったが、グンカはどちらがいいかまだ吟味している。ここでユンが当初の何故に対する回答をした。
「そうそう、あたしギャリアーにキスしたのね?」
「っはあ!?」
気軽な様子で恋愛がらみの秘密の告白をするユンに、グンカは多大な衝撃を受けた。脳内でいつ、どこ、何故という言葉が駆け巡る。グンカが疑問を口に出す前に先回りしたユンは、「送って貰った時、あたしの家の玄関、それと」と答える。
「やっぱりヨリ戻したいじゃない~、好きだから。それで女の人と2人きりになるのとか結構敏感になっているの」
「…何故俺に言う」
「共同戦線ってやつ!グンカ君だって、その方が都合いいかと思って~」
「……俺は別に」
「んふふふ~」
素直になれない事は百も承知である。ユンの何かを知っているような胡散臭い笑顔を見て、グンカは明後日の方向を向くのだった。
昨晩、リリナグ・ピオンの広場にギャリアーを連れてきて彫像を見ようと思ったユン。町の誇りともいうべき4人のマエストロの作品を2人で眺めて、ギャリアーに解説でもしてもらえたらもう少し長く一緒に居られると思っていた。
「新しくなったの見た?どれも素敵よね~特に貴方と同じ名前の…」
ギャリアーから離れて羽衣奇譚をモチーフにした彫像の前に立つ。この作品は中央にある潜源石の中の灯が彫像を照らし、一番綺麗に羽衣が見えるのは夜だと皆口を揃えて言う。彫像が入れ替えられたタイミングで、恋人同士や、これからそうなる雰囲気の2人組が増えたとパトロールの隊員が話す。実際こうして目にしてみて、薄いピンク色のはためく衣が透けて幻想的な雰囲気を纏っている。
(すっごく素敵……夜は誘い難いから……一緒に来れて良かった)
ユンは中々隣に来てくれないギャリアーに焦れる。どうやら手前の彫像で足を止めたらしいが、彫像に見惚れているのだろうか?ユンは一番羽衣奇譚の彫像が美しいと思っていて、その手前にある女性の彫像は恐ろしい表情をしているように見えて、夜間はあまりじっくりと見たくない。しかしギャリアーはきっと美しさを見出して、その前で鑑賞しているのだろう。ユンは振り返ってギャリアーを呼ぶ。
「ねえ、こっち来てよギャリアー」
ぼんやりと光る赤が上から下に流れた。ギャリアーは呆然としてその彫像を見ているような印象を受けた。細部を詳しく見ている、というわけでなく、全体を。矢張りギャリアーもかなり酔っているのだろうかとユンは思った。踵を返してギャリアーの横に立って名前を呼ぶ。
「ギャリアー!」
「?………ああ、何だ…?」
一瞬、ギャリアーは名前を呼ばれて他人事のような顔をした。
「もう~まさか立ったまま寝てた?眠いなら無理しなくてよかったのに~」
「……そう、みたいだな。ちょっと寝ちゃってたかも」
ギャリアーは夜でもわかる位の、滝の様な汗をかいていた。炎天下でもないのに珍しい。ユンはそれをリリナグの気候と酒のせいだと思った。現在ユンも身体が熱くてボタンを二個ほど外している。
「ふふ、うちによって冷たい飲み物でも飲む?歩くのが疲れたなら休んでもいいし~。ランもギャリアーが送ってきてくれたと分かれば…」
「……大丈夫だよ、ユン。先に…進もう」
「あっ……ふふふ」
ギャリアーがユンの腰に手をまわして、先に進むように促した。中々ギャリアーからの接触は珍しく、ユンはあっという間に機嫌がよくなった。ちょっと色気を出してユンも身体に寄りかかる。昔、付き合っていた時のように。
(あの頃も、ギャリアーはあまり人前でいちゃいちゃしてくれなかったけれど、お願いって言えばこうして歩いてくれたのよね。まだあたしのお願いって有効なのかしら…ふふ)
ユンは密かに幸福感に包まれていた。寄り添えば暑いと言えるほどだが、好きな相手ならば大歓迎。それにギャリアーの身体は少し冷たかった。ユンはこてんと頭を身体につけて、にやけそうになるのを抑えながらギャリアーの手が自分の腰に回っているのを眺めていた。もしこの時、上を向いてギャリアーの表情を見ていれば、運命は少し変わったかもしれない。
家の前に着くと、ユンは鍵を開けてギャリアーに少し休んで行かないかと聞く。まだランは勤務中で帰宅していない。2人で過ごすにはうってつけである。しかしギャリアーの返事はつれないものだった。
「いや…帰るよ。鍵も開けててくれてるだろうしな」
「さっき汗かいていたでしょう?水分補給は大切に!ニスも言っていたわよ?」
「大丈夫、喉は渇いてない。それよりユン、酒はこれ以上飲まずに、すぐに寝るんだぞ」
ニスのような事を言うギャリアーにむっとするユン。一緒に暮らして思考が似てしまったのか、なんて事を思いながら玄関の前に立つギャリアーの手を引いてお礼を言う。
「わかったから、今夜はもう飲みません。送ってくれてありがとう」
「ああ、お休み」
手が離れようとした時、ユンは一歩前に出て背伸びをした。顔を横に傾けた時、ギャリアーはぼーっとしていて、いつもならば制止する筈が今夜は止めなかった。久しぶりに元恋人同士の唇が重なった。
「ン……」
「……」
ユンは、ギャリアーが目を瞑らないのを驚きだと解釈した。きっとユンの行動に驚いてとっさの判断が出来なかったのか、それ以外の理由はユンにとって都合の良いものしか頭に浮かばない。唇の感触に既視感を覚えつつ、どうして別れなければならなかったのだろうと当時の自分達を想う。理由もわからず、ただ別れる事になり、唯一の救いは違う人を好きになったからではない事。それは、別れてからの行動で真実だと知った。
(ねえ…どうして、ギャリアー……何が理由だったの…?)
冷たい唇が気持ちいいと感じた。愛する人と口付けを交わして、ユンの心は熱く相手を求め始める。一度唇を離して、家の中に招き入れようとした時、ギャリアーはそっとユンの肩を押した。
「帰るよ……もう寝るんだぞ」
「ギャリアー……」
「じゃあ…」
口付けに何も言わなかった。声は冷静で、落ち着いているように感じた。表情も困った顔すらせず、何を考えているのかわからないフラットな顔だった。
(……ギャリアー)
自分では心を揺らすことが出来なかったのか?ユンはきゅっと唇を噛んでその後ろ姿を見送った。
ユンの送迎が終わったギャリアーは、真っ直ぐに家に帰り、シャワーを浴びて、3人同時に寝床に寝転んだ。グンカは数分で眠りに落ち、ニスも酒が入っているからいつもより早く眠ったようだ。
「……」
ギャリアーは独り、ニスとグンカの先にある暗闇を見つめている。目を瞑っても、どうしても眠れない。無理矢理にでも眠ってしまおうと、掛け布を頭まですっぽりと被って目を瞑っても、広場で見た彫像が頭を離れない。何度も寝返りを打っていると、いつの間にかニスの方に寄ってしまったようだった。流石に熱くなって掛け布を取った時、目に飛び込んできた真っ赤な長い髪に、過去の記憶が再生され、現在を侵食する。
「……あ…!」
真っ赤な髪から暗闇が垣間見えた気がした。これは何だ?と考える前に、赤い頭の天辺から黒が流れ、赤を一部侵食していく。ニスは今日白い寝間着を着ていた。レース風の薄い素材で、寝心地がいいと気に入っているものであった。しかしそれが余計にギャリアーの混乱と動揺を増長する。
「ァ……アア……ッ……!」
静かな悲鳴は誰にも聞こえない。逆に波の音も同居人の安らかな寝息も、ギャリアーには聞こえなくなっていた。それは何とも心許なく、恐ろしい夜を1人孤独に耐えようとしていた。
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