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ほういちさん
しおりを挟む耳なし芳一。
祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色は移りにけりな悪戯に
眺め世に降るながめせしまに…あれ?
ん~なんかちがうような気がする。
楽器・琵琶の演奏で平家物語を語り、
その語りの巧さから平家の亡霊に
取り憑かれてしまい、悪霊を祓う為、
高僧の手により全身にお経を書き入れた。
しかし、耳に書き入れるのを忘れた為に
亡霊により、両耳は引き千切られた…
何ともイタタタ…な物語である。
ここまでは有名な話なので、
誰もが知る所であろうが後日談は知るまい。
◾️◾️◾️◾️
亡霊侍に耳こそ千切られ、持ち去られたが、
耳の傷の癒えた芳一に生命に別状はなかった。
その後は法力の効果だろうか、
亡霊の来訪も無く、平穏な日々を送った。
芳一は視覚障害こそあれ、その他は健常者の
若者と変わりはない、故に、後に見合いした
町娘と家庭を持ち、子供も授かった。
この授かった長男の名前を芳一郎と付けた。
父親からの名を受け継ぐ良き名前である。
方一郎は視覚障害の遺伝もなく、
五体満足で生まれ落ち、スクスクと育った。
幼少から父の奏でる琵琶の音を聞き育ち、
芳一郎も琵琶奏者となるのは必然だった。
その演奏たるや、血筋であろうか、
たちまちの内に師匠である父に追いつき、
世間に知られる頃には師匠を超えた演者と、
成長していった。芳一郎14の頃である。
この頃に芳一郎は、なぜに父上に
両の耳がないかと母に問うた、
父には直接問うては、ならない気がした。
母親は躊躇したがそれに答えていい年頃に
芳一郎がなったと判断して、噂に聞いた
耳なし芳一の話を聞かせた。
母から語られる世にも奇妙な話に聞き入る。
芳一郎はコトの奇妙さと身近な父のコトで
大いに興味を持ったが顔には出さなかった。
母の話を真剣に聞き入った芳一郎の興味は、
父が語った平家物語が亡霊を呼び寄せる程、
素晴らしい物だったという点であった。
自分は師匠を本当に超えたのだろうか、
世間の評判は芳一郎の耳にも入っていたが、
その力を試してみたくて遣る瀬なかった。
そして、
それを遂に実行してしまうのであった。
自身の力が、いか程かを試したくなる、
そういう年頃が人には必ずやって来る。
まして、このように
才能ある人間が考えない筈もなく、
且つ、父親が師匠ときたら、
間違いなくそうなるであろう。
芳一郎もその轍から外れなかった。
母親から聞かされた父親の過去を、
同じ条件で試してみたくて焦燥感さえ
感じている芳一郎がそこに存在した。
自分の力で亡霊を呼び寄せる程の
琵琶と語りの技量があるだろうか。
その日から「平家物語」を覚え、
その才は非凡で目紛しい進歩であった。
同時に父親が体験した場所や時間を、
人伝てに聞き集め、情報を纏め上げた。
そして時が経ち、芳一郎、17の時。
全条件を同じにし平家物語を語った、
一心不乱に、無の境地となり吟ずる。
「一の谷の戦い」「屋島の戦い」で
辺りが冷たい空気に満たされて来た。
「壇ノ浦の戦い」でついに人の気配が
近づいて来るのがわかった。
壇ノ浦が語り終わるのを待って
その人の気配が声を発して来た。
「もし、そこな法師殿、
その語りを皆の前で
してはもらえぬだろうか」。
来た…
怪しげな武士が慇懃無礼な野太い声で
語りの合間に話しかけて来たのである。
芳一郎は、その武者に恐怖を、
感じるよりも父の領域に達したという
満足感が優先していた。
芳一郎は、ほかの法師と違い目が見える。
連れて行く場所を見られたくないのだろう、
武者は、芳一郎に目隠しをして、
手を引きながら進んでいった。
視覚以外から感じるのは大きな屋敷に
入って、畳敷きの大部屋に座らされた。
周囲には少なくない人数の息遣いが
アチコチから伝わってくる様だった。
目隠しのまま「壇ノ浦」を語り始める。
語りながら、周囲のすすり泣きが
芳一郎の周りで大きくなっていった。
聴き入る周りの空気を感じ、芳一郎は
次第に自分の語りに酔っていった。
たとえ周りに集まっている聴衆が、
亡者であっても、自分の琵琶と語りに
心を震わして、呼応してくれている。
それが芳一郎の演奏の自尊心を満たして、
父を超えた実感が沸々と湧き上がっていた。
病みつきになる…
親の忠告に聞く耳を持たない芳一郎がいた、
病みつきになる…
そんな言葉がピッタリと芳一郎に当て嵌まる。
毎夜毎夜の武士の誘いに迷いなく乗った。
むしろ、武士が現れるのを心待ちにしている、
そんな気持ちになっていたのかも知れない。
しかし、生気を吸われているのか芳一郎は
日に日に、痩せ衰えていくのが目に見えた。
それに気がついた母親は父・芳一に相談した。
徐々に死に逝く、若き息子を助ける為…
両親は、高僧に全てを打ち明け助けを請うた。
(芳一の身体にお経を書き込んだ高僧が、
高齢になっていたが、まだ元気に生きていた)
芳一郎のカラダ中にお経を書き込んだ。
前の父の時、失敗した耳と耳の中にも書いた。
これで、亡霊武士がやって来ても芳一郎の
姿を目にする事は出来ない筈である。
高僧は全ての文字を書き終え、筆を置いた。
そして芳一郎に向かって物静かに諭した。
「芳一郎殿は、いま死にかけておりますぞ、
自分では気がついてないかも知れないがの。
確実に生気を亡者に吸い取られて、
あちらの世界に連れて行こうとしている。
今晩、その因果を断ち切るのですぞ、必ず」
芳一郎は高僧の説法に似た静かな物言いを
素直に聞き入れていた、自分の身体の変調が
わかったきていたからである。
「亡者がいつもの様に迎えにきても、
動いてはならん、声を上げてはならん、
目を開けてもならん、そうしないと
亡霊武士は非情な狼藉をするやも知れん。
前回は父上の両の耳をむしり取って、
参上の証に持ち帰ったからの…
呉々もこれを守るのじゃぞ、判ったか?」
事態の重大さを感じ取り、素直に頷く芳一郎。
その夜…
板間に静かに座して、その時を待っていた。
辺りが徐々に気温が下がり闇が一層濃くなる。
その闇の中から例の武士が現れる。
いつもの様に芳一郎の名を呼んでいる。
返事のないことを不審に思い扉を開け、
板間に上がり込んで来た。
高僧に言われた通りに、
板間に座して瞼を閉じ、口を一文字に結び
気配を消す様にしていた。
芳一郎の微かな気配を感じながらも
姿がない状況に亡霊武士は次第に苛立ち、
空気を震わせんばかりに大声で名前を
叫びながら歩き回っていた。
芳一郎はその様子を薄っすらと目を開け
眺めていた、眼を開けてはならぬとの
高僧の言い付けを破ってしまったのだ。
どうしても、亡霊武士の様子が気になり
盗み見てしまったのである。
不意に振り返った亡霊武士と、芳一郎の
偶然にも視線が合ってしまう。
「ほう、これは奇異なり。眼玉がふたつ
中空に浮いておる、
これらを我がここにきた証に持ち帰ろうぞ」
ズカズカと近づくと指を眼孔に差し入れ
右眼を繰り出し、左の眼も続いて引き抜く。
痛みに声をあげなかった芳一郎は、
気を失ってしまった様である。
こうして闇の中に亡霊武士は消えていった。
夜が明けて眼球を失った芳一郎が助けられた。
瞼には経を書いたが、眼玉には無理だ。
だから眼を開けるなと言い聞かせたが、
好奇心なのか恐怖心なのか、
芳一郎は眼を開けてしまったのである。
こうして、
眼球を失うという形で、身障者としても
父を超えた芳一郎となったのである。
おしまい。
オマケ。
ほういちろうったら…
現れた亡霊がやたらと艶っぽい女官で
胸元なんか襟が乱れちゃって豊満な
乳房の先まで見えそうである。
ほういちろうったら、薄目を開けて
見えそうで見えない所につい見惚れてしまう。
だけど見惚れるだけならいいんだけど、
それはその、若い男子だけん…
特定な部位が反応して平時よりも硬くて
伸びてしまうのよ、わかります?
したっけ…身体中に満遍なく書かれた
ありがたいお経文がそこにも書いてある。
元の倍になってしまったら経文の形も
変わってしまって、効力を失ってしまう。
それでね…
亡霊の女官さんは、突如として姿を現れた
それに目が釘付けになってしまうわけだ。
でも、ほういちろうの姿は見えない。
で、どうしたかというとサクッと
小刀で切り取って戦利品とした。
殿に証を立てないとなりませんので。
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