ジェンダーフリー

秋庭海斗

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くちさけおんな

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 窮屈な世の中になったな…

 恐怖の都市伝説の代表格「口裂け女」

 シトシトと冬の冷たい雨が降る夜に
国道沿いの50m程の短いトンネルを通る。
 トンネルというのか切り通しというのか
よく分からないけれど、街灯が届かずに
壁の照明は薄暗くてジワリと壁にシミが
出るほどに湿気が多く、百人に聞いたなら
百人が気味が悪いと答えるだろう。

 ただ、ここを通ると最寄り駅から自宅まで
14分かかる通常の道のりが8分足らずに
短縮される。気味が悪いのを我慢すれば
案外と使えるトンネルなのだ。
 見た目はブサイクヲタクなのにサクサクと
仕事をこなす社員みたいなものだ。

 わざわざ遠回りして明るい道を通るか、
わずか30秒ほどの気味悪さに耐えて
ショートカットで帰るかの二択をする。

 その日はそぼ降る雨だったし寒いし、
迷わず、トンネル経由を選択した。

 最寄り駅に電車が到着して改札口から
集団で吐き出された帰路を急ぐ人々が
1人消え、2人消えしてトンネル手前で
辺りに人影はなくなり自分だけになった。

 例のトンネルの入り口に差し掛かると
ぽっかりとあく出口あたりに人影を認めた。

〈 珍しいな、ここで人とすれ違うなんて…〉

 自宅のある郊外の住宅地のこのあたりは
帰宅時間帯に駅方面に向かう人に滅多に
会うことはなかったから不思議に思った。

 お互いヒールのカツカツと足音を立て
トンネルの真ん中あたりですれ違う。

〈 や~なんだろ、このイヤな感じ〉

 悪寒が走るってこんな感じなのか?
背筋がゾワゾワして居心地が悪い。

〈 この女の人のせいなのかな…〉

 すれ違いざま見るとはなしに視線を
相手に100分の3秒ほど投げた。
 マスク姿の長い黒髪は艶やかで
目元は目力強めにバッチリ決めた
ステキな女性であった。

 瞬時の分析を気づかれることもなく
何事もなく普通にすれ違って安堵した。
 だが、さっきまでしていたヒールの
響く足音が自分の音しか聞こえない。

〈 あれ?分析したのに気がついた?〉
ヤバやべ、もう少しでトンネルの出口だ〉

 バツの悪さで駆け出しなくなる衝動を、
押さえ込むような声が後ろから聞こえる。

「あの、すみません」

 ギクりとして直立不動に立ち止まる。
正に【心臓が止まるような】とはコレだ。

 こちらの歩みを止めたことで呼び掛けに
応えてくれたと彼女は思ったのだろう
そのまま言葉を続けた。

「あの、すみません、、、
お聞きしたいのですけれど…」

「な、な、なんでしょう」

 ゆっくりと後ろを振り向きながら返事した。

 視界に飛び込んできたのは異常に近い
目の前の大きなマスクの顔である。

「あのすみません、、あたしきれい?」

 マスクをしたまま、突然の問い掛け。

「は?は、はい、お綺麗ですね」

 事実、マスクに覆われていない両目は
パッチリと大きく、エキゾチックな
感じさえ漂っていた。スッピンでも
カワイイかんじなんだろうなと思った。

「え、そう?」と嬉しそうな彼女。

「はい」と素直に応える。

「じゃあ、これでも綺麗かしら?」

 そう言いながら、更に目の前まで迫って
マスクを外そうとして手を掛けた。

「あッ!」

 コレはヤバいシチュエーションと直感し
短く大きな声を発し、続けて怒鳴った。

「止めてください!
接近してマスクを外すのも勘弁して」

 女は動作を中断してそのまま固まった。
怒鳴ったのが即効性が有ったようだ。

「あ、はい、、、すみません」

 そう素直に謝ってクルリと背を向けて
カツカツと足音を残し遠ざかって行った。

 その後ろ姿をしばらく眺めていると
トンネルの出口あたりでさっきの
マスク女の怒鳴り声が聞こえて来た。

「どいつもこいつもマスク警察かよ!
商売上がったりだよ、どうなってんだッ」

 そんな声に向かって叫んでやった。

「もしかして、あなた口裂け女さん?
ひとつ言っておくね、ジェンダーフリーよ
『オンナ』って付けるの止めなさい」
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