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切ったり出したり巻いたり

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 キツネは相変わらず腹ペコだった。

 どこからか肉の塊が芳しい香りを
風に乗せて、キツネを誘った。

「なんて旨そうな脂が溶ける匂い」

 誰よりも先にこの香りの元へと
辿り着かなければならない。

「この香り、、腐る前の絶妙な肉。
間違いない、この近くにあるはず」

 血眼になって、嗅覚を総動員させ
あまり良くない目を凝らして探す。

〈あったぁ~!とうとう見つけた〉

 それッとばかりに一目散に走り込み
肉塊にガブリと、かぶりついた。

 ガブリッ!

 肉塊に噛み付くと同時にキツネの
お尻の方でも大きな音がした。
 肉の芳醇な脂が牙の間を抜けて
舌の上へと蕩け出して来た。

 遅れて尻尾の付け根のあたりを
震源にした鈍痛がカラダを震えさせて
頭の方まで上がってくる。

 旨みと痛みが頭の中で渦巻いた。

「ぎゃー!」

 渦は混ざり合い痛みだけになる。
その結果が叫びと変化した。

 それの原因は大きなトラバサミだ、
ギザギザの無骨な鉄の塊に挟まれている。

 痛さと驚きの余り無茶苦茶に引っ張ると
フサフサの尻尾はその根本からブッツリと
断ち切られ脇に襟巻きの様に転がった。

「何だよ何だよ、罠じゃねぇ~かよ」

 それでもキツネは卑しい根性から
喰らい付いた肉の端を噛みちぎって
咥えて逃げ出した。
 僅かな肉切れとフサフサの自慢の
尻尾を引き換えにした形である。

◾️◾️◾️

 しばらくして傷の癒えたキツネは
狐の嫁入りパーティに参加した。
 この辺りの狐たちが一堂に会する、
狐界のそれなりのイベントである。

「ねぇ、どうだい尻尾のないのは
とても、素晴らしいんだぜ」

 あのキツネが尻尾のない尻をみせ
自慢げな口調で揺らした。

「ほぅ、珍しいな」

 みんなが好奇な目を持って眺める。

「どう?君たちもやってみないかい、
スッキリして、とても素晴らしいよ」

 尾無しキツネは惨めでバランスの
悪いこの姿に他の狐を引きこむ邪心と
強がりの虚栄心から嘘をついた。

 だが、その言葉に賢い狐たちは言った。

「尾無しがそんなに素晴らしいのならば、
アナタが他人に勧めるわけがないよ、
良いことは独り占めするアナタがね…」

 彼の日頃からの行いの悪さが
その言葉の信用を失わせていたのだった。

「どうやって尻尾を切ったんだい?
詳しく教えてくださいよ」

 尾無しキツネは愛想笑いを浮かべて
会場からフェイドアウトして行った。

 遠く離れてキツネは悔しくて叫んだ。

「お前ら、おぼえてろよ!
障害を持つ俺様を差別しやがって」

 切ったり出したり巻いたり忙しい…。
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