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不本意だらけ
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言葉はいつだって気まぐれ。
気持ちのまま思い通りに言葉を紡いで相手の心を軽くすることもできるし、どんな言葉で伝えたらこの感情がその通りに伝わるか分からずに紡いだ言葉は、簡単に相手に癒えない傷をつけることもある。
複雑で面倒で、だけど、いつだって私たちの心を表現するのは言葉だ。だから、出来ることなら常に相手を想い純粋な心で言葉を紡げる自分でいたい。
本当も嘘も過去も未来も夢も希望も、私は言葉を紡ぎながら誰かに寄り添い繋がっていきたい。
そんな理想を、私はいつから言葉にしなくなっただろう。
口から吐くのは溜め息と日々への不満。理想を言葉にするのは恥ずかしいと笑われる自分の姿を私自身が恥ずかしいと感じている。
理想は理想でしかない。それ以上でもそれ以下でもない。夢は夢のまま終わる。
「人の不幸は蜜の味っていうのはお前たちが体現してるな。」
「嘘みたいな笑顔はやめて。こんな時に笑顔でいられるあなたの気持ちが理解できない。」
稀ではあるけれど、そんな言葉をぶつけられることだってある。
あぁ、そうか、私は人の不幸を目の前にして笑っているのか。
理想と現実があまりにもかけ離れて見えて、頭の中で身動きが取れない自分がただそこにいる。
目が覚めて、今この瞬間まで思っていたことは夢だったのかも分からないまま、また今日もため息を吐きながら疲れの抜けない体を叩き起こす。
毎日同じ化粧、同じ髪型、同じ制服。太陽の眩しさに一日の希望なんて見出せない。
今日こそ辞めよう、今月中には今年中には退職届を出そう。毎日、毎月、毎年、変わらない決意をして実行しない。先の見えない希望よりも今目の前の生活が重要だから。辞めたところで転職がうまくいくとは限らない。転職したところで今よりもお給料が安ければ日々の生活が苦しい。子供一人抱えて借金まみれ。支払いと返済に追われるどころか収支のバランスが反転するなんてことはよるあること。世の中の人はどんな稼ぎでどんな生活をしているのか。私は節約に躍起になることもないけれど、これといった趣味もないし、そもそもそんな時間はないから服も化粧品も最低限。自分へのご褒美にブランド物を、なんてことは一度だってしたことはない。
今日も愚痴だらけの一日が始まる。
子供を送り出勤するまでに何度溜め息をつけば気が済むのか。それでも毎日会社に足を向ける。私がいなくても会社も世の中も回り続ける。影響力なんてない。それでも私は自分の意思で会社に向かう。
「おはようございます。」
小さな声で挨拶をしながら事務所へ入り、そのまま夜間に溜まったFAXがないか確認する。デスクに置かれた書類を流し見ながら優先順位を決めていく。
「…また昨日も出たか…」
早くも出勤後一発目の溜め息を吐きかけた私の背後からはっきりと聞き取れる挨拶をされた。
「おはようございます。昨日はけっこう出たみたいですね…今日は日中も忙しくなるのかしら?」
今日も今日とて元気がいい。どうやったら朝からその元気は出てくるのか…それよりも相変わらず出勤早いな…
私の背後には既にあらかたの掃除を終わらせた同僚の狩野山美名子(かのやまみなこ)が笑顔で立っていた。
「狩野山さん、おはようございます。今日も一番乗りですね、掃除ありがとうございました。早速だけど、夜間の書類を確認して急ぎのものからすぐに進めます。」
急ぎの業務はひとまず自分で抱え、パートの狩野山には通常業務に支障が出ない程度の仕事を回す。
そこに一本の電話が入った。
「はい、柏木霊葬でございます…少々お待ち下さいませ。」
「藤宮さん、搬送依頼です。電話、代われますか?」
柏木霊葬
私、藤宮麻紀(ふじみやあさき)の勤務先は地元で細々と経営している葬儀社だ。
地域密着型を売りにしているため客層のエリアは限りなく小規模だが、その分、全国展開を目指すような大手冠婚葬祭業者が割り込みにくい程度には地元の人々や住職や神主などからは信頼を得ている。
昨日は夜間に数件の搬送依頼が入り、そして今また新たな依頼が舞い込んだ。こればかりは混み具合などの流れは全く読めない。数日間依頼のない日が続くこともあれば、今朝のように出勤した時にはすでに手一杯の状況になることもある。
それでも依頼があれば断ることはない。物理的に可能であれば、基本的に依頼は断らない。
「分かりました。」
私はすぐに電話を受け取った。
「ご愁傷様でございます。お心お辛いところお電話をいただき、誠にありがとうございます。お迎えにあがらせていただくために、いくつかお答え頂けますと幸いでございます…」
ひとまずマニュアル通りに電話対応している間、後ろでは狩野山が忙しなく動き回る。
搬送・葬儀依頼はご遺族からの連絡が殆どだが、たまに病院や施設のスタッフだったり身寄りがいない人が亡くなった時は市町村役場の担当職員が連絡をしてくる場合もある。何時にどこへ迎えに行けばいいのか、自宅へお帰りになるのか、葬儀社が所有している施設へ案内するのか。一般的に多くは仏教と神道に分かれるが、その他の宗教に入っている家庭、個人で入っていることもあるので確認する。
依頼が入った際に確認することは意外と多いため、狩野山が聞き取りシートを取り出してくれた。
その後は迎えに行けそうなスタッフの確認、空いている所有施設の確認など、電話対応と同時に狩野山が進めてくれたおかげで、すぐに迎えの段取りがついた。
電話が終わり狩野山に軽くお礼を言ってから無意識に溜め息をついた。
「藤宮さん?何か問題でもありましたか?」
心配そうに顔を覗き込まれた。
なぜこの人はこんなにも周りに気遣いができるのだろう。
「搬送と葬儀の依頼に問題はありませんでした。いつものことですし、当然ではありますが、少し動揺が見られたので、私の言葉がどこまで届いたかは心配ですね。お迎え後の打ち合わせ時に少しでも落ち着きを取り戻してくれるといいんですけど…亡くなった方、まだ若かったみたいなので…」
亡くなった年齢など関係なく、大切な家族が亡くなったのだ。冷静でいられるわけがない。大抵の人が取り乱すし、それが当然なのかもしれない。動揺の表れ方も人それぞれ全く違うので、実際にご遺族と会うことの少ない事務所での電話対応はマニュアル通りが基本だ。
それでも、この電話は少し気になった。違和感という言葉ではなんとなくしっくりこない、だけど、なぜか気になってしまった。
「本部に連絡したら、あとはこちらの業務に戻りましょう。」
なんとも言えない気持ちを抱えてしまったものの、業務に戻らなければならいので切り替えることにした。
「そうですね、今日はお店も忙しくなりそう…」
狩野山が言うお店とは、この事務所のことだ。ここでは葬儀に関する相談を受け付けたり仏壇や位牌、その他にも細々とした仏具も取り寄せることが出来るようになっているため、事務所と言うよりはお店が主体となっている。
ちなみに本部にお店は併設されていない。にもかかわらず常駐スタッフはこちらより多い。本部を拠点として現場スタッフが動くこともあり、現場スタッフとの連携や各業者への発注連絡を考えてのことだが、お店だって現場だ。今日みたいに忙しくなりそうな日は少しはこちらにもスタッフを回して欲しい。という愚痴をここで溢しておく。
常に仕事の優先順位が変わるため、何から手を付けていいか分からなくなりながらも来客や電話の鳴らない一瞬をチャンスとばかりに狩野山と業務を進めていく。お互いのデスクの上には書類ファイル、文具、既に冷め始めたコーヒーが並ぶ。忙しくても暇でも、開店前の掃除が終わったらまずデスクに濃いめのコーヒーをセットするのが私と狩野山の暗黙の了解だった。お互い歳の近い子供がいたので、朝の大変さを知っている。自宅で呑気に目覚めのコーヒーなんて飲んでる時間さえもったいないと知っているからこそ、このコーヒーだけは譲れない。とはいえ、コーヒーブレイクなんてものとは程遠い。
1時間もしないうちに本部から着信が入った。
「また新たに依頼が入りました。今朝の搬送はうちの施設へのご案内が完了しています。
藤宮さん、そちらにスタッフを回すので、今朝のご依頼の担当をお願いします。他に入れる現場スタッフがいないので。相談を受ける時と同じようにヒアリングをして下さい。この後1時間後に菩提寺のお寺様が枕経に来られますので、それまでに移動お願いします。」
…ん?担当?私が?
え、私、現場スタッフじゃないよ…?
頭の中に疑問符が飛び交い過ぎて返事が出来ずにいる私をよそに、主任は言い終わるとすぐに電話を切った。
言葉のキャッチボールはしないのかな?
これはもはや言葉のドッヂボールではないのかな?全くもってキャッチ出来なかったのだけど…
「…藤宮さん…あの…応援?して、ます…ね…」
狩野山のなんとも言えない、こんな微妙な表情を見たのは初めてだった。
しかし、きっとそれ以上に私の表情は言葉で表し難いものだっただろう。
溜め息も出ない。愚痴も出ない。理解が追いつかない。現場スタッフでもないこんな私がお客様の担当につくなんて失礼にも程がある。クレームで済んだら御の字だ。
今まで感じたことのない不安に襲われて視界が歪む。とにかく打ち合わせに必要な書類をまとめて狩野山に業務の引き継ぎをしなければ、と今やるべきことは頭の中でぐるぐると回っているのに行動に移すことが出来ない。
足がすくむとはこういうことなのかと、どこか冷静に感じていた。とにかく動き出すことができない。
「藤宮さん、私、藤宮さんの葬儀相談、好きです。いつも先方を気遣って、帰る時には笑顔になってる人もいる。大切な家族が亡くなりそうって不安を抱えてる人が笑顔で帰って行くんです。それだけ不安がなくなったってことですよ、藤宮さんと話したから。藤宮さんの気持ちを言葉にすれば、きっとご遺族に伝わります。」
狩野山が優しく声をかけてくれた。
狩野山はいつだって私を先輩として気遣ってくれる。普段面と向かって褒め合うようなことはしない分、とても嬉しい言葉だったはずだ。
たが…そんな簡単なことじゃない。
その言葉を聞いても「よし、やるぞ!」なんて、そうはいかない。
覚悟もないまま代理のスタッフが到着したので私は事務所を追い出されるように外へ出た。
気持ちのまま思い通りに言葉を紡いで相手の心を軽くすることもできるし、どんな言葉で伝えたらこの感情がその通りに伝わるか分からずに紡いだ言葉は、簡単に相手に癒えない傷をつけることもある。
複雑で面倒で、だけど、いつだって私たちの心を表現するのは言葉だ。だから、出来ることなら常に相手を想い純粋な心で言葉を紡げる自分でいたい。
本当も嘘も過去も未来も夢も希望も、私は言葉を紡ぎながら誰かに寄り添い繋がっていきたい。
そんな理想を、私はいつから言葉にしなくなっただろう。
口から吐くのは溜め息と日々への不満。理想を言葉にするのは恥ずかしいと笑われる自分の姿を私自身が恥ずかしいと感じている。
理想は理想でしかない。それ以上でもそれ以下でもない。夢は夢のまま終わる。
「人の不幸は蜜の味っていうのはお前たちが体現してるな。」
「嘘みたいな笑顔はやめて。こんな時に笑顔でいられるあなたの気持ちが理解できない。」
稀ではあるけれど、そんな言葉をぶつけられることだってある。
あぁ、そうか、私は人の不幸を目の前にして笑っているのか。
理想と現実があまりにもかけ離れて見えて、頭の中で身動きが取れない自分がただそこにいる。
目が覚めて、今この瞬間まで思っていたことは夢だったのかも分からないまま、また今日もため息を吐きながら疲れの抜けない体を叩き起こす。
毎日同じ化粧、同じ髪型、同じ制服。太陽の眩しさに一日の希望なんて見出せない。
今日こそ辞めよう、今月中には今年中には退職届を出そう。毎日、毎月、毎年、変わらない決意をして実行しない。先の見えない希望よりも今目の前の生活が重要だから。辞めたところで転職がうまくいくとは限らない。転職したところで今よりもお給料が安ければ日々の生活が苦しい。子供一人抱えて借金まみれ。支払いと返済に追われるどころか収支のバランスが反転するなんてことはよるあること。世の中の人はどんな稼ぎでどんな生活をしているのか。私は節約に躍起になることもないけれど、これといった趣味もないし、そもそもそんな時間はないから服も化粧品も最低限。自分へのご褒美にブランド物を、なんてことは一度だってしたことはない。
今日も愚痴だらけの一日が始まる。
子供を送り出勤するまでに何度溜め息をつけば気が済むのか。それでも毎日会社に足を向ける。私がいなくても会社も世の中も回り続ける。影響力なんてない。それでも私は自分の意思で会社に向かう。
「おはようございます。」
小さな声で挨拶をしながら事務所へ入り、そのまま夜間に溜まったFAXがないか確認する。デスクに置かれた書類を流し見ながら優先順位を決めていく。
「…また昨日も出たか…」
早くも出勤後一発目の溜め息を吐きかけた私の背後からはっきりと聞き取れる挨拶をされた。
「おはようございます。昨日はけっこう出たみたいですね…今日は日中も忙しくなるのかしら?」
今日も今日とて元気がいい。どうやったら朝からその元気は出てくるのか…それよりも相変わらず出勤早いな…
私の背後には既にあらかたの掃除を終わらせた同僚の狩野山美名子(かのやまみなこ)が笑顔で立っていた。
「狩野山さん、おはようございます。今日も一番乗りですね、掃除ありがとうございました。早速だけど、夜間の書類を確認して急ぎのものからすぐに進めます。」
急ぎの業務はひとまず自分で抱え、パートの狩野山には通常業務に支障が出ない程度の仕事を回す。
そこに一本の電話が入った。
「はい、柏木霊葬でございます…少々お待ち下さいませ。」
「藤宮さん、搬送依頼です。電話、代われますか?」
柏木霊葬
私、藤宮麻紀(ふじみやあさき)の勤務先は地元で細々と経営している葬儀社だ。
地域密着型を売りにしているため客層のエリアは限りなく小規模だが、その分、全国展開を目指すような大手冠婚葬祭業者が割り込みにくい程度には地元の人々や住職や神主などからは信頼を得ている。
昨日は夜間に数件の搬送依頼が入り、そして今また新たな依頼が舞い込んだ。こればかりは混み具合などの流れは全く読めない。数日間依頼のない日が続くこともあれば、今朝のように出勤した時にはすでに手一杯の状況になることもある。
それでも依頼があれば断ることはない。物理的に可能であれば、基本的に依頼は断らない。
「分かりました。」
私はすぐに電話を受け取った。
「ご愁傷様でございます。お心お辛いところお電話をいただき、誠にありがとうございます。お迎えにあがらせていただくために、いくつかお答え頂けますと幸いでございます…」
ひとまずマニュアル通りに電話対応している間、後ろでは狩野山が忙しなく動き回る。
搬送・葬儀依頼はご遺族からの連絡が殆どだが、たまに病院や施設のスタッフだったり身寄りがいない人が亡くなった時は市町村役場の担当職員が連絡をしてくる場合もある。何時にどこへ迎えに行けばいいのか、自宅へお帰りになるのか、葬儀社が所有している施設へ案内するのか。一般的に多くは仏教と神道に分かれるが、その他の宗教に入っている家庭、個人で入っていることもあるので確認する。
依頼が入った際に確認することは意外と多いため、狩野山が聞き取りシートを取り出してくれた。
その後は迎えに行けそうなスタッフの確認、空いている所有施設の確認など、電話対応と同時に狩野山が進めてくれたおかげで、すぐに迎えの段取りがついた。
電話が終わり狩野山に軽くお礼を言ってから無意識に溜め息をついた。
「藤宮さん?何か問題でもありましたか?」
心配そうに顔を覗き込まれた。
なぜこの人はこんなにも周りに気遣いができるのだろう。
「搬送と葬儀の依頼に問題はありませんでした。いつものことですし、当然ではありますが、少し動揺が見られたので、私の言葉がどこまで届いたかは心配ですね。お迎え後の打ち合わせ時に少しでも落ち着きを取り戻してくれるといいんですけど…亡くなった方、まだ若かったみたいなので…」
亡くなった年齢など関係なく、大切な家族が亡くなったのだ。冷静でいられるわけがない。大抵の人が取り乱すし、それが当然なのかもしれない。動揺の表れ方も人それぞれ全く違うので、実際にご遺族と会うことの少ない事務所での電話対応はマニュアル通りが基本だ。
それでも、この電話は少し気になった。違和感という言葉ではなんとなくしっくりこない、だけど、なぜか気になってしまった。
「本部に連絡したら、あとはこちらの業務に戻りましょう。」
なんとも言えない気持ちを抱えてしまったものの、業務に戻らなければならいので切り替えることにした。
「そうですね、今日はお店も忙しくなりそう…」
狩野山が言うお店とは、この事務所のことだ。ここでは葬儀に関する相談を受け付けたり仏壇や位牌、その他にも細々とした仏具も取り寄せることが出来るようになっているため、事務所と言うよりはお店が主体となっている。
ちなみに本部にお店は併設されていない。にもかかわらず常駐スタッフはこちらより多い。本部を拠点として現場スタッフが動くこともあり、現場スタッフとの連携や各業者への発注連絡を考えてのことだが、お店だって現場だ。今日みたいに忙しくなりそうな日は少しはこちらにもスタッフを回して欲しい。という愚痴をここで溢しておく。
常に仕事の優先順位が変わるため、何から手を付けていいか分からなくなりながらも来客や電話の鳴らない一瞬をチャンスとばかりに狩野山と業務を進めていく。お互いのデスクの上には書類ファイル、文具、既に冷め始めたコーヒーが並ぶ。忙しくても暇でも、開店前の掃除が終わったらまずデスクに濃いめのコーヒーをセットするのが私と狩野山の暗黙の了解だった。お互い歳の近い子供がいたので、朝の大変さを知っている。自宅で呑気に目覚めのコーヒーなんて飲んでる時間さえもったいないと知っているからこそ、このコーヒーだけは譲れない。とはいえ、コーヒーブレイクなんてものとは程遠い。
1時間もしないうちに本部から着信が入った。
「また新たに依頼が入りました。今朝の搬送はうちの施設へのご案内が完了しています。
藤宮さん、そちらにスタッフを回すので、今朝のご依頼の担当をお願いします。他に入れる現場スタッフがいないので。相談を受ける時と同じようにヒアリングをして下さい。この後1時間後に菩提寺のお寺様が枕経に来られますので、それまでに移動お願いします。」
…ん?担当?私が?
え、私、現場スタッフじゃないよ…?
頭の中に疑問符が飛び交い過ぎて返事が出来ずにいる私をよそに、主任は言い終わるとすぐに電話を切った。
言葉のキャッチボールはしないのかな?
これはもはや言葉のドッヂボールではないのかな?全くもってキャッチ出来なかったのだけど…
「…藤宮さん…あの…応援?して、ます…ね…」
狩野山のなんとも言えない、こんな微妙な表情を見たのは初めてだった。
しかし、きっとそれ以上に私の表情は言葉で表し難いものだっただろう。
溜め息も出ない。愚痴も出ない。理解が追いつかない。現場スタッフでもないこんな私がお客様の担当につくなんて失礼にも程がある。クレームで済んだら御の字だ。
今まで感じたことのない不安に襲われて視界が歪む。とにかく打ち合わせに必要な書類をまとめて狩野山に業務の引き継ぎをしなければ、と今やるべきことは頭の中でぐるぐると回っているのに行動に移すことが出来ない。
足がすくむとはこういうことなのかと、どこか冷静に感じていた。とにかく動き出すことができない。
「藤宮さん、私、藤宮さんの葬儀相談、好きです。いつも先方を気遣って、帰る時には笑顔になってる人もいる。大切な家族が亡くなりそうって不安を抱えてる人が笑顔で帰って行くんです。それだけ不安がなくなったってことですよ、藤宮さんと話したから。藤宮さんの気持ちを言葉にすれば、きっとご遺族に伝わります。」
狩野山が優しく声をかけてくれた。
狩野山はいつだって私を先輩として気遣ってくれる。普段面と向かって褒め合うようなことはしない分、とても嬉しい言葉だったはずだ。
たが…そんな簡単なことじゃない。
その言葉を聞いても「よし、やるぞ!」なんて、そうはいかない。
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