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44.憎まれ役
しおりを挟むオーニョさんがいる……。
不意打ちにびっくりして固まってしまった俺の背に、ルルルフさんの手のひらが添えられる。温かいルルルフさんの体温で、少し落ち着く。
『なんでここにオーニョさんがいるんですか? たしか昨日は仕事があるって』
「さっきユーキさんが泣いている姿を見て、僕が呼びつけたからですよ。ちゃんと〝来い〟はできるみたいですね」
『え? だって一緒にいましたよね? ずっと』
ルルルフさんは内緒話みたいに少し小声になって、俺の耳もとで話しはじめた。
「これは一部の人しか知らない機密事項なのですが、パォ一族の中で強い能力を持つ人は、植物とも意思疎通ができるんです。植物のおしゃべりは人間には聞こえない音なので、その能力を使えば、内密に遠方の能力者にもすばやく伝達が可能なんですよ。植物たちの高速伝言ゲームみたいな感じですかね。
こういう能力の使い方については、パォ一族の秘密なんです。だから内緒ですよ? ユーキさんには隠しごとはしないと決めたんです。信じてくれます?」
機密事項、往来で話しちゃ駄目なのではと思いつつも、ルルルフさんの圧に負けて、俺は小さく頷いた。
オーニョさんはボスボスと尻尾を地面に叩きつけながら、そっぽを向いている。
「そもそも、上官に伝言役をさせるな。肝が冷えたぞ」
「パォ一族の軍関係者なんて、変わり者のルカ大伯父さんくらいしかいないんですもの。仕方がないでしょう。まだ耳が遠くなってなくてよかったです。それとも、知らせないほうがよかったですか?」
「……いや。ありがたい。これからもぜひルカ参謀総長にご協力願いたい。私からも、しっかりとお礼を言っておくよ」
俺にはオーニョさんが何を言っているのか分からないが、オーニョさんはへにょりと耳を倒しながら力なくうなだれていた。
「本当に、自分の欲求には素直だことで。ユーキさんも文句があったらはっきりいったほうがいいですよ。代わりに僕が強く抗議しておきましょうか?」
『や、別に何かされたわけじゃないし。大丈夫です。それよりも、これからは、なるべく俺にも分かるように教えてほしいです。このままじゃ、知らないところで誰かに騙されてしまいそうで、怖いです』
俺がそういうと、ルルルフさんに頭を抱えこまれて、力いっぱいぐりぐりされてしまった。
「いい子いい子! いい子すぎて心配ですよ。やっぱりンッツオーニョ大佐にはもったいない。いつまでも僕のそばにいてくれていいんですからね」
ルルルフさんは俺の頭を抱きこんだまま、打ってかわって冷たい声をオーニョさんに投げかける。
「ンッツオーニョ大佐、ユーキさんに何かいうことは?」
「……ピーリャの件なら、ただ純粋に、こちらの衣装を着たユーキがあまりにもかわいかったから、プレゼントをしたくなっただけだ。ユーキを困らせるつもりはなかったんだ。すまない」
俺は慌てて魔法の本を開いた。オーニョさんが俺に何か言うのなら、ちゃんと自分で受け止めたい。
だけど普通の会話速度は俺にはまだ速すぎて、オーニョさんが何か謝っていることしか分からなかった。
俺はもどかしい気持ちで魔法の本に浮かぶ文字を目で追っていく。
「では、これはユーキさんの保護観察官としての僕からの正式な抗議です。一部例外はあるにしても、地球人保護条例には、保護プログラムを終了していない渡来人に求婚してはならないと明記してあります。もちろんンッツオーニョ大佐もご存じですよね」
待って。その保護プログラムとやら、オーニョさんは知っていても、俺が、ご存じじゃないですけど。
そんな俺をほったらかして、頭上で二人の会話が進んでいく。
「最低でも三ヶ月はこの地球人保護施設から退寮できないと決まっているのは、渡来人を守るためです。あなたたちのような身勝手な人からね。どんな理由があったとしても、ユーキさんを困惑させることは許しません」
ルルルフさんの昨日の話では、そんな重大な感じではなかったし、ルルルフさんだってオーニョさんをからかってやろうくらいの軽い感じだったのに、なんで――。
そこでようやく、これは俺のためにわざわざルルルフさんが自ら憎まれ役を買って出てくれているんだと思い至ったのだった。
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