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74.月が綺麗ですね
しおりを挟む手をつなぐのは初日のお出かけ以来かもしれない。
相変わらず温かいオーニョさんの大きな手に、俺はにこにこしながら歩いた。
オーニョさんに手を引かれて、山の中心に向かって伸びる広い通路をゆっくりと歩く。
通路の両脇には、いろいろな店が軒を連ねている。
山の中は強い日差しが遮られて、ひんやり涼しくて歩きやすい。
中に入るほどに太陽の光が届かず薄暗くなっていくが、天井にはツタ系の植物が優しく光る花をつけていて、歩くのには困らないのだった。
「市場、前の道、違う?」
前に歩いた市場への道とは違うよねと聞くと、山の中には複雑に入り組んだたくさんの道や民家があるのだと、オーニョさんは優しく丁寧に教えてくれた。
途中の屋台で果物のジュースを買ってくれて、二人で歩きながら飲む。
とくに欲しいものもないから、あとは目で見て楽しみながら歩いた。
食べ物は、ンバンヴェさんが腕によりをかけたパーティー料理を作ってくれているから、我慢だ我慢。
ンバンヴェさんの料理は最高に美味しいからな。
「こっち」
オーニョさんに手を引かれて、少し細い小道に入った。
少しずつ、すれ違う人が減っていく。
小道をさらに歩いた先に、神さまの太い幹が見えた。
「……ここ?」
「ああ。ユーキ、こっちにおいで」
少し突き出た地面の先に立つ。
身を乗り出したら手が届くか届かないかの距離に、神さまの大きな幹のごく一部が見えていた。
その出っ張った地面の下は、地上まで崖のようになっていて、下を向くと足がすくむ高さだった。
上からは光が差しこんでいて、俺たちが立つ地面だけが光を受けてキラキラしている。
「こういう場所が、たくさんあるんだ。ここは静かで、私が気に入っている場所の、ひとつなんだよ」
オーニョさんの腕の中に抱きこまれ、光が差しこむ地面の先、ぎりぎりに立つ。
万が一にも落ちたら危ないと、腰を抱えられる。
距離の近いオーニョさんの胸元に、俺はドキドキした。
獣姿のときなら、どれだけ距離が近くても平気なのにな。
「上を、見て」
オーニョさんに言われるがままに見上げた先には、大きな大きな木。
たくさんの枝葉を複雑に伸ばし光をキラキラと反射して、その遠い向こう側には点のような小さな出口が見えている。
――この前、この木のてっぺんまで行って、神さまに会ったんだよなぁ。
優しい木漏れ日がふってくる。
そのあまりにも綺麗な光景に、俺は瞬きも忘れて見入った。
のけ反るように身を乗り出しても、オーニョさんがしっかり捕まえていてくれるから、ちっとも怖くない。
俺は首が痛くなるまで、ただずっと見上げていた。
オーニョさんは、静かに支え続けてくれた。
「ありがとう、オーニョさん」
泣きたくなるくらい綺麗だったよ。
素敵な場所を教えてくれてありがとう。
俺は感謝の気持ちを込めて、お礼を伝えた。
「ユーキは、綺麗な場所が、好きだといっていたから……。連れていきたい、美しい場所が、ほかにもたくさんあるんだ。また次も、一緒に行こう。
この世界を、いつかユーキにも、好きになってほしい」
それは、以前に交わしたたわいもない会話のなかの一つだった。
それをこうやって大切に覚えていてくれるのは、きっと相手が俺だから。
図々しくもそう思えてしまうくらい、オーニョさんはいつもまっすぐ俺に向かって好意を差しだしてくれているのだった。
「……好きだよ?」
だって、オーニョさんと出会えた優しい世界だ。
「では、もっと」
「もっと、好き? たくさん?」
「ああ」
「ふふ。嬉しい。楽しみいっぱい。ありがとう、オーニョさん。また、ここ、来たい」
「ああ、何度でも。ユーキ。……月が綺麗ですね」
「……ん?」
俺が手にした魔法の本には、たしかに〝月が綺麗ですね〟と、日本語の翻訳が浮かんでいる。けれど……?
『……月?』
「ツゥキ?」
オーニョさん、月はないよね、この世界。
夜には星があるだけで、月はどこにもなかったんだ。
そもそも今は昼間だし……?
しばらく、二人して首を傾けあった。
なんだろう。この絶妙に噛みあっていない感じ。
はっ、もしかして……。
俺は一つの可能性に気付いた。
「オーニョさん〝月が綺麗ですね〟って、もしかして、……好きが、たくさん? 意味は、いっぱい好きのこと?」
「あ、ああ。……まぁ、そう、だな。すまない。約束を、破るつもりはなかったんだが」
口説かないという約束について責められていると思ったのか、オーニョさんはもごもごと謝罪の言葉を口にしている。
でも、俺はそれどころじゃない。
や、山田さん! もしかしてあの有名な文豪の、あの有名な翻訳の、あの有名なセリフのことですか? どれだけ奥ゆかしいの? これじゃ奥ゆかしすぎて、誰にも伝わらないよ!
俺は、なんだか山田さんとサフィフ伯父さんが結ばれなかった理由がうっすら分かったような気がして、肩を落とした。
俺は無言で本の〝月が綺麗ですね〟に、二重線を引いて、正しい日本語を書きこんだ。
〝愛しています〟
きょとんとするオーニョさんに、俺はなんだかごめんねと小さく頭を下げた。
――俺、この本で大丈夫かなぁ。
遠い目をする俺に、オーニョさんは困り顔で笑っているのだった。
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