4 / 122
04
しおりを挟む
首を傾げるわたしに、お父様は驚いたような表情を見せた。――いや、これは引いた顔か。まあ、冷静に考えれば、虎と戯れる人を見たら、普通は、うわっ、となるはずだ。
虎におびえるメイドと、虎と戯れるわたしと、それを見て驚いているお父様たち。今、この空間で、異常なのはわたし一人だ。
なんだかいたたまれなくなって、わたしはブラシを置いて立ち上がった。ドレスに毛がついてしまった。洗濯が大変そう、と、どこか他人事のように思う。お嬢様だから、使用人が洗濯するだろうな、というのもあったが、そもそも、今この現状がどこか嘘っぽい。夢の中で、夢だと気が付いていないような心地なのだ。
転生してしまったのだと、本気で思ったのに、同時に、もしかしたらこれは夢で、目が覚めるかもしれないと、まだ、思っている。
「――お父様、帰るのなら帰りましょう」
「あ、ああ……」
お父様は信じられないものを見るような目で、わたしを見た。
地味姫、と呼ばれるほどの娘が、こうして虎と戯れていたのだ。そりゃあ、衝撃か。全然地味じゃない。
わたしが立ち上がってお父様の方へ行くと、虎もブラシをくわえてついてきた。そのまま、獣人の男性の元へと行き、彼の足元へと座った。その表情は、どこか機嫌が良さそうに見える。虎だから、はっきりとしたことは言えないけど、そんな印象を受けた。やっぱり、感情豊かそう。
「――……アルディがお世話になったようで、ありがとうございます、オルテシア嬢」
獣人の彼が軽く頭を下げると、虎も頭を下げた。……やっぱり、あの虎は、人間の言葉が通じるみたい。
それにしても、あの虎、アルディっていうのか。名前を知っているということは、彼が飼い主……?
……もしかして、この虎、人見知りをするのかな。
彼らが驚いていたのは、虎がこんなところにいるから、ではなく、人に慣れていないこの虎がわたしに懐いているように見えたから、とか。
――……今更ながら、ちょっと怖くなってきた。暫定飼い主の獣人の男性がいればもう大丈夫かもしれないが、さっきまでわたしはなんてことをしていたんだろう。
虎も猫もサイズが違うだけで似たようなもの、と無心でブラッシングしていたわたしの横っ面をひっぱたいてやりたい。今更ながら、ようやく危機感が少しだけ追いついてきたようだ。もしかしたら、襲われていた可能性もあったのかも……?
夢でも、痛いときは痛いもの。怪我をしたら、痛みがあったのかもしれない。
「いえ。……それでは、失礼いたします」
わたしは別れの挨拶の手順を思い出しながら、カーテシーをする。前世ではこんなことをしたことがなかったけど、オルテシアの体が覚えている。
粗相がないことに安心したわたしは、お父様とこの場を去った。
――この、わたしにとって何気ない行動が、今後の人生を大きく変えてしまうことを、今のわたしはまだ知らない。
虎におびえるメイドと、虎と戯れるわたしと、それを見て驚いているお父様たち。今、この空間で、異常なのはわたし一人だ。
なんだかいたたまれなくなって、わたしはブラシを置いて立ち上がった。ドレスに毛がついてしまった。洗濯が大変そう、と、どこか他人事のように思う。お嬢様だから、使用人が洗濯するだろうな、というのもあったが、そもそも、今この現状がどこか嘘っぽい。夢の中で、夢だと気が付いていないような心地なのだ。
転生してしまったのだと、本気で思ったのに、同時に、もしかしたらこれは夢で、目が覚めるかもしれないと、まだ、思っている。
「――お父様、帰るのなら帰りましょう」
「あ、ああ……」
お父様は信じられないものを見るような目で、わたしを見た。
地味姫、と呼ばれるほどの娘が、こうして虎と戯れていたのだ。そりゃあ、衝撃か。全然地味じゃない。
わたしが立ち上がってお父様の方へ行くと、虎もブラシをくわえてついてきた。そのまま、獣人の男性の元へと行き、彼の足元へと座った。その表情は、どこか機嫌が良さそうに見える。虎だから、はっきりとしたことは言えないけど、そんな印象を受けた。やっぱり、感情豊かそう。
「――……アルディがお世話になったようで、ありがとうございます、オルテシア嬢」
獣人の彼が軽く頭を下げると、虎も頭を下げた。……やっぱり、あの虎は、人間の言葉が通じるみたい。
それにしても、あの虎、アルディっていうのか。名前を知っているということは、彼が飼い主……?
……もしかして、この虎、人見知りをするのかな。
彼らが驚いていたのは、虎がこんなところにいるから、ではなく、人に慣れていないこの虎がわたしに懐いているように見えたから、とか。
――……今更ながら、ちょっと怖くなってきた。暫定飼い主の獣人の男性がいればもう大丈夫かもしれないが、さっきまでわたしはなんてことをしていたんだろう。
虎も猫もサイズが違うだけで似たようなもの、と無心でブラッシングしていたわたしの横っ面をひっぱたいてやりたい。今更ながら、ようやく危機感が少しだけ追いついてきたようだ。もしかしたら、襲われていた可能性もあったのかも……?
夢でも、痛いときは痛いもの。怪我をしたら、痛みがあったのかもしれない。
「いえ。……それでは、失礼いたします」
わたしは別れの挨拶の手順を思い出しながら、カーテシーをする。前世ではこんなことをしたことがなかったけど、オルテシアの体が覚えている。
粗相がないことに安心したわたしは、お父様とこの場を去った。
――この、わたしにとって何気ない行動が、今後の人生を大きく変えてしまうことを、今のわたしはまだ知らない。
384
あなたにおすすめの小説
【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り
楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。
たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。
婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。
しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。
なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。
せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。
「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」
「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」
かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。
執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?!
見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。
*全16話+番外編の予定です
*あまあです(ざまあはありません)
*2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪
ちょっと不運な私を助けてくれた騎士様が溺愛してきます
五珠 izumi
恋愛
城の下働きとして働いていた私。
ある日、開かれた姫様達のお見合いパーティー会場に何故か魔獣が現れて、運悪く通りかかった私は切られてしまった。
ああ、死んだな、そう思った私の目に見えるのは、私を助けようと手を伸ばす銀髪の美少年だった。
竜獣人の美少年に溺愛されるちょっと不運な女の子のお話。
*魔獣、獣人、魔法など、何でもありの世界です。
*お気に入り登録、しおり等、ありがとうございます。
*本編は完結しています。
番外編は不定期になります。
次話を投稿する迄、完結設定にさせていただきます。
家族から邪魔者扱いされた私が契約婚した宰相閣下、実は完璧すぎるスパダリでした。仕事も家事も甘やかしも全部こなしてきます
さら
恋愛
家族から「邪魔者」扱いされ、行き場を失った伯爵令嬢レイナ。
望まぬ結婚から逃げ出したはずの彼女が出会ったのは――冷徹無比と恐れられる宰相閣下アルベルト。
「契約でいい。君を妻として迎える」
そう告げられ始まった仮初めの結婚生活。
けれど、彼は噂とはまるで違っていた。
政務を完璧にこなし、家事も器用に手伝い、そして――妻をとことん甘やかす完璧なスパダリだったのだ。
「君はもう“邪魔者”ではない。私の誇りだ」
契約から始まった関係は、やがて真実の絆へ。
陰謀や噂に立ち向かいながら、互いを支え合う二人は、次第に心から惹かれ合っていく。
これは、冷徹宰相×追放令嬢の“契約婚”からはじまる、甘々すぎる愛の物語。
指輪に誓う未来は――永遠の「夫婦」。
死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?
神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。
(私って一体何なの)
朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。
そして――
「ここにいたのか」
目の前には記憶より若い伴侶の姿。
(……もしかして巻き戻った?)
今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!!
だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。
学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。
そして居るはずのない人物がもう一人。
……帝国の第二王子殿下?
彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。
一体何が起こっているの!?
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
出稼ぎ公女の就活事情。
黒田悠月
恋愛
貧乏公国の第三公女リディアは可愛い弟二人の学費を稼ぐために出稼ぎ生活に勤しむ日々を送っていた。
けれど人見知りでおっちょこちょいのリディアはお金を稼ぐどころか次々とバイトをクビになりいよいよ出稼ぎ生活は大ピンチ!
そんな時、街で見つけたのはある求人広告で……。
他サイトで投稿しています。
完結済みのため、8/23から毎日数話ずつラストまで更新です。
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる