婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される

ゴルゴンゾーラ三国

文字の大きさ
104 / 122

104

しおりを挟む
 ちら、と、一瞬、サギスさんがわたしの方を見る。――いや、見ているのはわたしの背後か。
 逃げ道を確認しているのかもしれないが、残念ながら、この先は行き止まり。空いている檻はいくつかあるだろうが、鍵を持っていないので、開けることができなければこもることもできない。
 この場から動くには、王子の横をすり抜けて、扉へと向かう必要がある。出入りできる場所はあそこしかないのだ。

「――落ち着いてください、リアン王子。何の用でこちらに来たのかは知りませんが、このまま帰っていただければ他言はいたしませんので……」

「誰に物を言っているんだ!」

 サギスさんの言葉に、リアン王子は怒鳴り声で返す。
 今はまだ、何もしてこないが、このまま彼をなだめることは無理そうだし、ただの言い合いで終わる、ということはなさそうだ。
 かといって、こちらから乱暴な手段を取ることは難しい。相手が相手なので、確実に手を出してこない限り反撃できないのだ。何か明確に武器を持っていればそれを材料に攻撃することができたかもしれないが、サギスさんがそれをしないあたり、持っているものはそういった類の物ではないのだろう。

「――獣人なんか、皆死ねばいいんだ」

「グルルル、ガウ!」

 アルディさんが、本気で吠える。でも、リアン王子はひるまない。

「そこでおとなしくしていろ」

 リアン王子がそう言うのと同時に、サギスさんがわたしをかばうように覆いかぶさってきた。彼の肩越しに王子が何かを持って振り上げたのが見える。あれは――薬瓶?

 ――ガシャン!

 思い切り、王子が薬瓶を床に叩きつけた。ビンの砕ける大きな音が耳に突き刺さって耳鳴りがする。
 むせ返るような、甘い匂い。ほのかに、柑橘っぽい香りも混じる。

「お嬢様、直接吸っては駄目です!」

 サギスさんの声に、わたしは口元を押さえたが、少し吸ってしまったのか、くらくらする。意識を失う程ではないが、気持ち悪い。
 見れば、サギスさんも、腕で口と鼻を押さえるようにして、王子の方を見ている。
 少しして、どさ、と何かが倒れる音がする。……王子が立っていない。
 見れば、割れて中身が全て出てしまった薬瓶の近くに倒れ込んでいた。

「違法の眠り薬です。直接嗅がなければ、多少は時間が稼げますので、呼吸には気をつけてください」

 腕で口と鼻をふさいでいるサギスさんの声は随分とこもっていたが、この距離だとちゃんと聞こえた。わたしはこくり、とうなずく。

「お嬢様、鍵を――」

 わたしは持っていた獣化棟の扉を開ける鍵をサギスさんに渡す。しかし、鍵を求めたはずのサギスさんは、目を丸くして驚いていた。

「――一本だけ、ですか? お嬢様、檻の鍵は?」

「預かっていないです」

 その言葉に、サギスさんは顔を青くした。

「この薬は人間には眠り薬程度の効果しかありませんが、動物には命取りになります! しかも、小動物であれば、十分持てばいい方なんです」

 サギスさんの言葉に、わたしまで、血の気が引いた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り

楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。 たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。 婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。 しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。 なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。 せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。 「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」 「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」 かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。 執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?! 見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。 *全16話+番外編の予定です *あまあです(ざまあはありません) *2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪

出稼ぎ公女の就活事情。

黒田悠月
恋愛
貧乏公国の第三公女リディアは可愛い弟二人の学費を稼ぐために出稼ぎ生活に勤しむ日々を送っていた。 けれど人見知りでおっちょこちょいのリディアはお金を稼ぐどころか次々とバイトをクビになりいよいよ出稼ぎ生活は大ピンチ! そんな時、街で見つけたのはある求人広告で……。 他サイトで投稿しています。 完結済みのため、8/23から毎日数話ずつラストまで更新です。

ちょっと不運な私を助けてくれた騎士様が溺愛してきます

五珠 izumi
恋愛
城の下働きとして働いていた私。 ある日、開かれた姫様達のお見合いパーティー会場に何故か魔獣が現れて、運悪く通りかかった私は切られてしまった。 ああ、死んだな、そう思った私の目に見えるのは、私を助けようと手を伸ばす銀髪の美少年だった。 竜獣人の美少年に溺愛されるちょっと不運な女の子のお話。 *魔獣、獣人、魔法など、何でもありの世界です。 *お気に入り登録、しおり等、ありがとうございます。 *本編は完結しています。  番外編は不定期になります。  次話を投稿する迄、完結設定にさせていただきます。

死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?

神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。 (私って一体何なの) 朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。 そして―― 「ここにいたのか」 目の前には記憶より若い伴侶の姿。 (……もしかして巻き戻った?) 今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!! だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。 学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。 そして居るはずのない人物がもう一人。 ……帝国の第二王子殿下? 彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。 一体何が起こっているの!?

家族から邪魔者扱いされた私が契約婚した宰相閣下、実は完璧すぎるスパダリでした。仕事も家事も甘やかしも全部こなしてきます

さら
恋愛
家族から「邪魔者」扱いされ、行き場を失った伯爵令嬢レイナ。 望まぬ結婚から逃げ出したはずの彼女が出会ったのは――冷徹無比と恐れられる宰相閣下アルベルト。 「契約でいい。君を妻として迎える」 そう告げられ始まった仮初めの結婚生活。 けれど、彼は噂とはまるで違っていた。 政務を完璧にこなし、家事も器用に手伝い、そして――妻をとことん甘やかす完璧なスパダリだったのだ。 「君はもう“邪魔者”ではない。私の誇りだ」 契約から始まった関係は、やがて真実の絆へ。 陰謀や噂に立ち向かいながら、互いを支え合う二人は、次第に心から惹かれ合っていく。 これは、冷徹宰相×追放令嬢の“契約婚”からはじまる、甘々すぎる愛の物語。 指輪に誓う未来は――永遠の「夫婦」。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません

嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。 人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。 転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。 せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。 少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。

言葉の通じない世界に転生した侯爵令嬢は、気が付いたら婚約破棄されて獣人騎士の新しい夫に愛されてました

ゴルゴンゾーラ三国
恋愛
 侯爵令嬢、アルシャ・ソルテラは、言葉が話せない。それは前世の記憶を持つことにより、言語をうまく習得できなかったからである。  会話が上手くできないことを理由に第二王子との婚約を破棄されてしまったアルシャは、領地の片隅に追いやられる途中で命を狙われてしまう。その窮地を救ってくれたのは、言葉の通じる隣国の獣人騎士だった。

処理中です...