言葉の通じない世界に転生した侯爵令嬢は、気が付いたら婚約破棄されて獣人騎士の新しい夫に愛されてました

ゴルゴンゾーラ三国

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 門番をしている男性とイタリさんが何かを話している。門番は人間のようで、ヴェスティエ東語で話すよりは聞き取りにくいものの、いくつか単語を聞き取ることは出来た。確かに東語とはちょっと違うけれど、全くわからないこの世界での母国語よりはずっとマシだ。共用語が強い訛りのある前世の言葉、ラトソール語は完全に外国の言葉、という感じ。
 これなら、予想よりも早く共用語を習得出来るかもしれない。

 ……わたしも最初からこの国に生まれたかったなあ。
 今更そんなことを言ってもどうしようもないのは分かっているが。

「それではまた夜に来る」

 門番との会話が終わったイタリさんはそう言って一行に戻っていた。わたしが荷台から降りたからか、荷物番の人も変わるようだ。
 イタリさんたちが行ってしまうと、門番がわたしに話しかけてきた。

『ここで待っているのもなんてすし、中へどうぞ。お茶などはないので出せませんが、椅子はありますから。まだ夜まで時間はありますし、立ちっぱなしは大変でしょう』

 ……ええと、中に入って待てばいいのかな。お茶はないけど、椅子はある。夜まで長い。……うん、多少は聞き取れる。喋っている長さからしてこんなにシンプルな言い方ではないと思うけど、でも、十分意味を理解出来る。

「あ、ありがとうございます」

 一応お礼を言って見る。でも、門番さんの表情は少し困ったようなものだ。たぶん、お礼の言い方が東語と共用語で違うのだろう。

『あ、ありがと?』

 前の国で使っていた言葉で話してみる。謝る方がずっと多かったから自信がない。なんとなくイントネーションが違う気がするのだ。だから積極的に言うことはなかった。お礼を言うことより謝ることの方が多い、というのもそうなんだけど。

 流石は門番をしているだけあって、隣国であるわたしの国の言葉は分かるらしい。表情が明るくなった。

『いいえ、イタリたってのお願いですから。礼はイタリにしてもらうので、気にしなくて大丈夫です。でも、そうですね……。共用語だと礼は、ありがとう、と発音します』

 最初の方はイタリさんの名前しか聞き取れなかった。けど、後半は分かる。お礼の発音を教えてくれている。

『ア、あり、がと?』

『あ、り、が、と、う』

 分かりやすいようにもう一度、区切る様にして言い聞かせてくれる。……この国の人はいい人ばかりなのか?

『ありガと……ありがとぉ?』

『ううん、惜しいですね』

 ちょっとちがったっぽい。思ったよりも発音が難しいな……。
 わたしは何度も繰り返して、発音を探っていく。門番はそれに付き合ってくれた。

『あり――ありがとう!』

『はい、正解です』

 にっこりと笑う門番。ちゃんと発音出来たらしい。たった一言発音できただけなのに、優しく笑ってくれた。父親や母親だったら、そんなことできて当たり前、どうしてこんなことしか言えないのか、と嘆くことだろう。

 自分が褒められて伸びるタイプだとは思っていなかったけど、でも、馬鹿にされつづけるよりは萎縮しないで学ぶことが出来る。
 相手の使う言語で言葉が通じるってんなにも嬉しいことなんだ、と、わたしは転生してから初めて思ったのだった。
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