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第一部

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 現状、不利益がないから、と思考を放棄した横で、買ってきたパンを全て食べ終えたイベリスさんが、くしゃ、とパンが入っていた袋を丸めてポケットに突っ込む。

「ま、そんなわけだから、もうちょっと付き合って」

 そう言って、イベリスさんはふらっと歩き始める。街灯と一緒になっている時計を見ると、店を出たときからそこまで時間が経っていない。店の昼前の休憩時間にはまだ余裕があるし、いいか。邪魔だからと放り出されたわけだし。

 これでも、元侯爵令嬢。街に出られることなんてなくて、あっても馬車でサクッと目的の店に行って帰ってくるばかりで、異世界の街並みを歩くことなんてなかった。少しは辺りを見ながら歩きたかったのに、イベリスさんの歩くペースに追い付くには、そんな余裕はない。
 歩くスピードが早い、というか、脚の長さの差だと思う。身長の差もあるけれど、大股で歩くなと教育されてきたわたしと、一歩が大きいイベリスさんとでは差が出てしまう。

 横並びに歩いて、会話をしながら、なんて歩行はできなくて、イベリスさんが気ままにあるき、わたしが小走りになりながら後ろをついていく、ということをして十数分。目的の場所についたのか、イベリスさんは足を止めた。

「ついた、ついた。……どしたの? 息上がってる?」

「だ、誰のせいだと……」

 けろっとしているイベリスさんが憎らしい。いや、この人はただ歩いているだけだから、わたしみたいに疲れるわけがないんだろうけど。
 息を軽く整えながら、わたしはイベリスさんが目的にしていたのであろう店の入口を見る。

「……酒屋?」

 看板には、分かりやすく酒の瓶の絵が描かれている。真昼間から酒でも飲むつもりなのか、この人。
 ためらいなく中に入っていくイベリスさんに、わたしは続く。カラン、とドアベルが鳴って入ったそこは、酒屋ではなく飲み屋のようだった。カウンター席の内側には酒のボトルが並んでいるが、他に商品となるようなものはない。

「まだ昼ですよ」

 わたしは思わずそんなことを言ってしまった。
 昼と言うか、まだギリギリ朝だと思うのだが。そもそも、こんな時間に、こういう店って開いているもんなの?

「ここはうちと一緒で、討伐依頼を取り扱ってるの。規模はうちと比べ物にならないくらい大きいから、解呪の魔法の情報がないかなーってよく通ってる」

「ああ、成程……」

 よかった、昼間から飲みに来たんじゃなかったんだ。そんなことしていたら、出会って人間になった瞬間から地味に下がり続けているイベリスさんへの好感度が地の底まで一気に下落するところだった。
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