捨てられた令嬢と幽霊王子

柊木 ひなき

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8. 10日目 レイス

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「無防備というか、無自覚というか……」

 木の幹を背にして座り、溜め息をつく。
 覗くつもりはないし、彼女を助ける理由に下心はない。そもそも僕は、実体のない絶対的に安心安全な案内役だ。
 でもアリィはあんな冗談を言うくせに、自分が女性だという自覚がなくて困る。成人済みの十六歳というのも嘘じゃないか?

「……外に出して貰えなかったなら、そうもなるか」

 独りで納得する。
 社交界にもほとんど出てなかったと聞いた。それならアリィの無邪気さや貴族らしくないところにも納得がいく。
 断片的に聞いた話だけでも、酷い環境で、眠っている時に見えた腕や額の古い傷跡が、それを証明していた。
 それなのにアリィは、義母や義妹、実の父親への恨み言を言わない。
 明るく前向きで、逞しい。


『……レイスは、敵じゃないよね』

 悪夢を見たあの日。あれは、アリィが隠してきた傷だ。
 本当は周囲に怯えながら、折れそうな心を必死に奮い立たせて生きてきたんだろう。

「もっと頼ってくれてもいいのに」

 恨み言も、泣き言も、たくさんぶつけてくれていいのに。
 大声で泣いて叫んで、気持ちを吐き出していいのに。
 僕にはアリィを抱きしめられないけど……そばにいて、話を聞くことはできるんだから。

「僕は……そばにいることしか、できないんだ……」

 僕が案内をしたのは、彼女が初めてじゃない。もう何年も……何十年も、前のことだ。


 最初に出逢った子は、野犬に襲われて連れて行かれてしまった。
 その次に出逢った子は、崖から落ちて死んでしまった。
 その次に出逢った子は、魔物に殺されてしまった。
 その次に出逢った子は、魔物に食べられてしまった。
 無事に町に着いた子はいない。せめて魂だけは、あの町に着いたのだと思いたかった。僕には、彼女たちの魂は見えなかったけれど……


「もう二度と、誰も失いたくない……」

 長い時間の中、救えなかった後悔に苛まれた。もう二度と誰も現れないで欲しいと願ったのに、また君が現れてしまった。

 この山には魔物が棲んでいることを、アリィにはまだ言っていない。まだ、魔物が現れる場所じゃないからだ。
 独りの時間の中で、何度も確かめた。魔物がいるのはまだ先。魔物が現れない道も把握している。
 彼女がここで暮らすというなら、町に行かず、最初の洞窟の周辺にいた方が安全だった。でも……

「君は、生きているから」

 ひと月後、半年後、一年後……きっとアリィは後悔する。孤独に耐えきれず、帰りたいと願うようになる。
 それならここでの生活で衰弱する前に、元気に歩けるうちに、送り届けたい。

「今度こそ……無事に、送り届けるよ」

 安全に出られる場所は一ヶ所だけ。あの場所まで、必ず君を連れて行くから。


「レイス~、近くにいる~?」

 明るい声に、沈んだ思考を引き戻された。
 アリィは、今まで出逢った誰よりも明るく、逞しい。彼女なら、今度こそ……

「レイス~?」
「いるよー」
「一緒に入る~?」
「馬鹿なこと言わないで、ゆっくり温まりなよー」

 ふふ、と聞こえる微かな笑い声。入っていいのに、とまた冗談を言う。

「本当に入ったら、どんな顔するんだろ」

 驚いてから、怒るのか、呆れるのか、それとも真っ赤になって慌てるのか。

「……全く気にしない気がするなぁ」

 一緒にご飯を食べたい、と言った時のように、一緒に入れて嬉しい、と無邪気に喜びそうだ。
 今まで孤独だったせいだと思うと胸が締め付けられるけど……たとえ幸せに暮らしていたとしても、アリィなら同じことを言いそう。

「本当に、面白くて不思議な子」

 小さく笑うと、またアリィが僕を呼ぶ声がした。


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