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22. 45日目 透明
しおりを挟む「良かった、寝てる……」
洞窟に戻りそっと窺うと、アリィは気持ちよさそうに眠っていた。
前回の教訓から、魔物が地面に倒れる前に、最大級の光魔法をぶつけるようにした。今のところ安眠妨害はしていないようだ。
夜中に魔物が出るようになった日から、五日が過ぎた。これで三度目の遭遇だ。
巨体だから、ゆっくり近付いてきても音で気付ける。でももし野犬のように小さな魔物が現れたら、すぐには気付けないかもしれない。
「アリィ……」
町までは、五日もあれば着くだろう。
あと五日……もつだろうか。
そっと袖を捲る。もう、手首まで薄くなっていた。
アリィが疑問を持つよりずっと前に、この状態に気付いていた。
最初は、心臓だった。それから、胴、脚、肩。
徐々に薄くなる身体。形は保っていても、服の下はもう、ほとんど残っていない。
「見えなくなっても、存在し続けるのかな」
透明になっても、声だけは届けばいいのに。この姿が見えなくなっても、アリィと話しができればと願ってしまう。
アリィが悲しい時、迷った時、そばにいて「大丈夫だよ」と伝えたい。
楽しい時、嬉しい時は、その気持ちを一緒に喜びたい。
「ずっと一緒にいたいな……」
それが叶わないことを、僕はもう理解していた。
僕が消えれば、もう誰も失わない。それは、日を追うごとに確信に変わった。
アリィが外に出るためには、僕は消えないといけない。僕が消えなければ、アリィはいつか命を落としてしまう。
きっと、僕の呪いに巻き込んでしまったんだ。だからもう、アリィとは一緒にいられない。
「……好きだよ」
いつか誰かを愛して、アリィは僕を忘れる。
ずっとずっと未来に、おばあちゃんになったアリィがふと思い出して、孫たちにここで過ごした冒険譚を語るんだ。そんな賑やかで明るい幸せが、君にはとても似合っている。
まだ、君を手放す覚悟はつかない。
でも、あと数日。
ここから出る日までにはきっと、僕は君の幸せを、心から願うから。
***
「夜に魔物が出たの、あれきりよね」
「そうだね」
「どうしてあの魔物は、夜に出たのかしら?」
「夜更かしの悪い子だったんじゃない?」
レイスは楽しそうに笑う。
嘘をついている気もするけど、あれきり夜中に魔物の倒れる音を聞いていない。
それからも、日中に出た魔物はレイスが倒してくれた。
「お礼に、抱きしめて欲しいな」
レイスはそう言って、私に向かって両手を広げる。
「いつもしてるけど、お礼になるのかしら?」
「なるよ」
即答するから、私は広げられたレイスの腕の中に入り、背に腕を回す。
触れた感覚はないのに、いつもほんのり暖かくて……
(暖かく、ない……?)
「レイス、体温下がってない?」
「体温? 最初からないけど……」
それもそうだった。でも、レイスはいつもほんのり暖かかったのに。
「もしかしてアリィ、体調悪い?」
「いいえ、至って元気よ」
「悪寒がしてない?」
「してないわ」
「でも念のため、今日は寝てた方がいいよ」
レイスは私に光魔法を当ててくれる。その光は今までのレイスのようにほんのりと暖かくて、ホッと胸を撫で下ろした。
もし風邪の引き始めでも、光魔法で治ってしまうのだけど。
「じゃあ、そうしようかしら」
食べ物はまだあるし、水も洞窟の入り口から滴っていた。それにレイスがこんなに深刻な顔をしてくれるのだから、言う通りにしたい。
「今日は一日、たくさんお話ししましょうね」
「アリィが眠くなるまでならいいよ」
「寝ながら話すから、心配しないで」
「君の特殊な能力にはもう驚かないな」
冗談に冗談で返して、レイスは私の頬をつつく。優しい瞳と、頬に風が触れる感覚に、私の不安は溶かされていくようだった。
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