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「ゲーセン……?」
 
 俺はあまりに姫川とかけ離れた行動に、そう聞き返してしまう。

「何? 私がゲーセンに興味あったらおかしいかしら?」
 
 おかしいのだが、それをそのまま言うわけにもいかない。
 ここでキレられ帰られでもしたら、今までの行動が全て無駄になってしまう。
 俺の使命はあくまで、姫川を今日安全に家に返すこと。
 なら今は姫川の機嫌を損ねないように、行動、返答しなければならない……

「いや、お前みたいな優等生が来る場所じゃないと思っただけだ」

「そう? でもたまにはこういうとこもいいんじゃない?」
 
 姫川は一度首を傾げると、店内を回り始める。
 そして俺はその姫川の後ろを歩きながら、店内を観察していた。
 店内を見る限りでは、人は殆ど見当たらない。
 平日というのもあるだろうが、原因の殆どがスマホの普及によるものだろう。
 筐体はかなり古いし、店員も見る限り一人もいない。
 
 やはり過疎化したゲーセンはこんなもんか。
 
 俺がそんな考えに耽っていると、姫川が不意にある筐体の前で足を止めた。

「これ、取るわよ」
 
 姫川が指を指したのは『クマのキーホルダー』が入った筐体だった。

「お前……これが欲しいのか?」
 
 俺は思わず首を傾げる。
 お世辞にも可愛いとは言えないオーソドックスな茶色のクマ。
 縫い目も雑で糸や棉がはみ出ている……見るまでもなく明らかな欠陥品。
 恐らく原価にして百円にも満たない品物だろう。

「何? 何か文句あるわけ?」

「……いや、ないです」

「じゃあコレ取るわよ」
 
 姫川は手の平を俺に差し出してくる。

「……何この手?」
 
 一瞬『お手』の要求かと疑ったが、流石にそれはありえない。
 いくら根がドSでも、公共の場で変なプレイを要求して来る程、姫川は鬼畜じゃない。
 なら消去法として選択肢は一つだ。

「……俺に金を出せということか?」

「見れば分かるでしょ?」

『何当たり前のことを言ってるの?』みたいな顔をしているが、普通はゲーセン代ぐらい自分で出すものである。
 だが今回は状況が状況だ……ここは可能な限り姫川の要求に応えよう。

「……分かった……これでいいか?」
 
 俺は財布の中に入っている百円玉を十枚姫川に渡す。

「ありがと」
 
 姫川が珍しくお礼を言うと、筐体に百円玉を十枚全て入れてしまった。

「おい姫川! 別にクレサがあるワケじゃないんだから一枚ずつ入れろよ!」

「クレサ? よく分かんないけど、全部入れちゃダメだった?」

「当たり前だろ! 仮に一回目で取れたら、残りの9回どうすんだよ!」
 
 無人のゲーセンでは、当然クレジットの移動は出来ない。
 それに仮に店員が居たとしても、クレジットを移動出来る保証はどこにもないだろう。
 要するに一回目で取れたら、ほぼ必然的に九百円を失うことになる。

「そう怒らないでよ早見。別に一回目で取れても、残りの9回で九個クマを取ればいい話でしょ?」
 
 だからその九個がいらないって話してんだけど?

「なあ姫川……お前は一つのカバンに十個のクマを付けるのか?」

「付けるワケないでしょ? バカじゃないの?」

『バカはお前だろ』と言いたいが、今回は口が裂けても言えないな……

「……頑張れ姫川」

「まあ見てなさい……私のテクニックを」
  
 姫川の右手が一番ボタン(右移動)に置かれ……その瞬間『ギギギギ』と音が鳴り、アームが右へ移動し始める。
 筐体の半分近くで一番ボタンを離し、次の二番ボタン(縦移動)に右手を乗せる。
 そして今一度『ギギギギ』という騒音が数秒鳴った後……

「早見はロリコン!」
 
 イラン掛け声と共に、姫川の右手が離される。
 アームが一番下まで降り、見事『クマのキーホルダー』を『バランスキャッチ』で持ち上げる。
 その瞬間、姫川は一度振り返り、俺にドヤ顔をしてきた。
 正直本人には言えないが、この手のゲーム(キーホルダー山積み)にテクニックもクソもないだろう。
 仮にどこにアームを落としたとしても結果は変わらない。
 誰がやっても、2、3回で取れるように設定されている。
 要するにただの運ゲー……の筈だった。
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