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 私は早見と花宮とカラオケに来ていた。
 正直カラオケは付き合いで何回か来たことがある為、自然と苦手意識はない。
 むしろ歌が得意な分、自信すらあるレベルだ。
 私は二人が曲を入れた後に曲を入れる。
 あえて最後に歌うのは、私との差を肌で実感させる為。
 そうすることで、花宮は私との差に絶望し、早見は改めて私の凄さを知ることになる。
 完璧な計画。
 私は作戦を実行する為、自分の順番が回ってくるのを今か今かと待っていた。
 そして最初の曲が始まる。

「まずは俺からだな……曲は〇〇〇〇」

「え?……何それ?」
 
 素で驚き、反射的に声が出てしまった。

「何言ってんだ? アニソンに決まってんだろ?」
 
 一般常識みたいに言ってるが、普通の人はアニソンなど分からない。
 そもそも一般人の前でアニソンを歌う早見の神経がどうかしている。
 普通カラオケでは、相手が知ってる曲を歌うのが常識。
 現に相手が曲を知らなければ、場は確実にシラケるからだ。
 だから普通はマイナーな曲でなく、メジャーな曲を歌う。
 要するに私がズレているのではなく、早見がズレているのだ。
 私は共感を求める為、香織に視線を送る。
 しかし香織は曲を理解してるらしく、楽しそうに合いの手を入れていた。
 そこで私は悟る。
 この状況で浮いているのは、早見ではなく私だと。
 二人は中学の時からの付き合いだと聞いている。
 だとすると二人にとって、カラオケでアニソンを歌うのは普通なのかもしれない。
 現に香織はアニソンを理解している。
 二人の趣味が共通だと仮定するなら、マイナーな曲を歌ったところで何ら不自然ではない。
 逆にアニソンを知らない私の方が不自然に映るだろう。
 別に私自身、お茶の間アニメ程度の曲なら歌うことも可能だ。
 だが二人が求めているものは、そういう系統のアニソンではない。
 歌ったら歌ったで、場はシラケるだけだ。
 私は今を乗り切る為、頭をフル回転させ策を考える。
 しかし無情にも、策を考えている間に曲は終わってしまう。
 まあいいわ……肝心なのは点数だもの……
 私の土俵はあくまで点数。ワザワザ二人の土俵で戦う必要はない。
 点数に重点を置いてるなら、点数で戦えばいいだけの話。
 だが、私の策には致命的な欠陥がある。
 私の策は、点数で勝つことを前提に作られているのだ。
 仮に点数で負けるようなことがあれば、私はスタートラインにすら立てない……

「99、56か……まあまあだな」
 
 見事にフラグを回収してしまった。
 
 ……いやおかしいでしょ? カラオケ番組に出てくるプロ並みに点数高いんだけど?

 点数が予想外に高すぎる。このレベルなら、お茶の間をフリーズすることと引き換えに、間違いなくテレビ出演できるだろう。
 
 当然私の点数では逆立ちしても勝ち目はない……

「次は私だ!」
 
 2番手の花宮が元気よく手を上げる。
 流れからして、花宮もアニソンを歌う可能性が高い。
 そして私の予想通り、花宮もアニソンを歌った。
 だがここでもイレギュラーが発生する……あまりに花宮が音痴すぎた。
 自分から誘うものだから、てっきり歌は上手いのだと懸念していたが、実際は音をワザ
と外しているのかと錯覚するぐらい下手だった。

「45、67か……まあまあだな!」

 通常50点以下の点数は出ないように設定されてる筈だが、香織の下手さ加減にシステ
ムすら仕事を放棄したらしい。
 花宮の後の分、幾分か気持ちは楽になる。

「次は私ね……」

 歌う曲は一般的なメジャー曲……二人も曲ぐらいなら知っているだろう……

「何だこの曲?」
 
 期待した私がバカだった。

「私も初めて聞くな?」
 
 せめて片方だけはと淡い期待を持っていたが、やはり現実は厳しかった。
 私は最悪の空気の中、曲を歌い終える。
 点数は97、57……普通に滅茶苦茶高い点数なのだが、早見のせいで霞んでしまう。
 ネタに走った花宮と違って、私は選曲、点数共に中途半端……

「……私、用事思い出したから帰るわね」

「じゃあ俺達も帰るか花宮?」

「おう!」
 
 二人は私に気を遣ってくれる……正直鬱陶しい。
   私は花宮に嫉妬していた……現に早見の隣は今まで私のポジションだったから。
 しかし三年という時が、私と早見の関係性を引き裂いた。
 今の早見の隣は私ではなく花宮……私の知ってる早見はもういない……

「いいわよ……一人で帰るから」

「姫川一人で帰らせるワケにいかないだろ?」

「放っておいてくれない? 私に気を遣わないで二人で楽しんだらいいでしょ?」
 
 私は自惚れていた。
 当時拒絶されたのは、思春期特有の照れ隠しの一つだと思っていた。
 ただ自分から言った手前、引っ込みがつかなくなっただけだと。
 だから高校まで追いかけた……時を共に過ごせば、以前のような関係に戻れると思った
から。
 現に高校で早見は私に話しかけてきたし、正直私に気があるのかとも思った。
 だが実際は私の勘違い……実際は中学の時の罪滅ぼしをする為に私に話しかけただけ。
 早見は中学で花宮と出会い、共に居ることを選んだのだから。
 なら私は黙って身を引くべきだろう。
 二人は誰が見たってお似合いだ。
 花宮は美人で性格も良く、そして趣味も合う……私が入れる隙など存在しない。
 私は鞄を持つと、早歩きでドアに向かう。
 強く言ったこともあって、早見は呆気にとられている。
 
 完全に嫌われたわね……まあそれでいいんだけど……
 
 私は本心を押し殺し、ドアに手をかける。
 しかしドアを開く瞬間、予想外の人物に呼び止められる。

「姫川……待ってくれ!」
 
 何故花宮が私を呼び止めたのかは分からない……単なる同情だろうか?

「……何よ? 何か言いたいことでもあるの?」
 
 返答次第では嫌味の一つでも言ってやろうと思った。
 だが花宮から返ってきた言葉は、私の予想を反するものだった。

「私達友達だよな?」

「……は?」
 
 思わず素で返してしまう。

「だから私達友達だよなって?」
 
 確かに現状だけ見れば、私と花宮は友達かもしれない。
 だが実際は〝そう見える〟だけであり、決して友達ではないだろう。
 私と花宮はあくまで、早見という共通の友人がいたから出会ったに過ぎないのだから。
 現に早見がいなければ、私と花宮が一緒にカラオケに行くことはなかった。
 花宮には申し訳ないが、私達は友達ではない。

「友達ではないでしょ……初対面なのよ私達?」

「友情に時間は関係ないだろ?」

「……花宮さんは本心で私を友達だと思ってる?」
 
 花宮とは中学で三年間別のクラスだったし、顔を合わせる機会すらなかった。
 なら花宮の行動には矛盾が生じる。
 別に同じクラスなら、自然と会話することもあるし、相手の趣味や性格をある程度把
握することができる。
 その為『友達になりたい』と思う願望自体は何ら不思議ではない。
 しかし私達は今日初めて、お互いに面と向かって話した。
 確かに僅かな時間で『友達になりたい』と思われた可能性もなくはない。
 だが現状を見る限りでは、その可能性は限りなくゼロに等しい。
 現に私と花宮は、性格も違ければ趣味も違う。
 花宮自身も今日のカラオケで、それを十分に理解した筈だ。
 ならなおさら私と友達になろうとは思わない。
 そして恐らく花宮自身もそれに気づいていた。
 だから私の言葉を濁すこともせず、否定してくることもなかった。

「思ってないな」
「そう……」
 
 本来なら傷つく言葉だが今は安心する。
 少なくとも花宮は本心で嘘をつく人ではなかった。
 これなら安心して早見を任せられるだろう。

「じゃあ私、帰るわね……」
「待て!」
「……シツコイわね? 何なの?」
「確かに私達は友達じゃなかった……なら今友達になろう!」
 
 花宮はどうしても私と友達になりたいらしい。
 しかし真意が分からない……花宮にとって私は邪魔でしかない筈……
 現に私がいなければ、花宮は今まで通り早見と二人きりの時間を過ごすことができる。

「……どうして私に拘るの?」
 
 仮に立場が逆だったのなら、私は花宮を遠ざけていただろう。
 少なくとも自分で引き込むような真似はしなかった。
 要するに花宮の行動は無意味なのだ。
 花宮の行動は自分で自分の首を絞めているのと変わらない。
 現にメリットよりもデメリットの方が遥かに大きいだろう。
 私は答えを知る為、花宮が口を開くのをただジッと待つ。
 だが実際香織が出した答えは、シンプルで単純なものだった。

「私達は似てるからな」
「……似てる?」
 
 私は思わず首を傾げる。
 現状知り得る情報の中で、私と花宮に似てる箇所は存在しない。
 性格、容姿、趣味、何一つ重なるものはないのだから。
 なら似てる箇所は皆無と言っていいだろう。
 だが私は一つ大きな勘違いをしていた。
 確かに私の答えも正解の一つなことには変わりないだろう。
 しかし花宮の答えは、表面を指す似てるではなかった。

「私達には一つだけ共通点があるだろ? なら友達になれるんじゃないか?」
 
 一瞬花宮の目線が早見に向く。
 今の仕草から見て、共通点は恐らく早見のことを指している。
 これで香織が早見を好きなのはまず間違いないだろう。
 だが本人が直接口にしてない為、共通点の答えは確定ではない。
 共通点は、早見(友達)を指した言葉の可能性もある。
 世の中の好きは、必ずしも『LOVE』が適用されるワケではない。
 家族や友達への好きは『LIKE』と言って、同じ好きでも意味合いが全く異なる。
 なら香織の好きも、『LOVE』ではなく『LIKE』の可能性もあるだろう。
 だが現状を見る限りでは、香織は早見に好意を持っているように見える。
 あくまで女の勘だが、恐らく当たっている筈だ。
 男女の友情は存在しない……いくら口で否定しても、少なくとも下心はある。
 これは人の性である為、無理やり抑えることは不可能。
 最初は友達でも、時間と共に自然と恋の感情は芽生えてしまう。
 中学三年間一緒で、恋の感情が芽生えないとは考えづらい……

「……花宮さんは私と同じなの?」
 
 花宮を試す意味も込めて、言葉を濁す……

「当たり前だ……だから姫川と友達になりたいんだ」
 
 これで花宮が早見を好きなのは確定……だとしたら花宮は相当のお人好しだ。
 事実私を引き止めなければ、花宮は早見を独占できた。
 しかし花宮は自らその権利を捨てた。
 ワザワザ私を同じ土俵に上げ、真正面から勝負することを選んだ。
 いずれ自分で自分の首を締めるかもしれない……リスクしかない行動。
 当然偽善であり、私なら絶対に取らない選択肢だ。
 だが花宮が自らリスクを取るなら、彼女の意思や行為を無駄にしない為にも、私は戦わなければならない。
 これが舞台を用意してくれた花宮への最低限の礼儀だろう。

「仕方ないわね……友達になりましょう」
 
 今日、私に初めて本当の意味での〝友達〟ができた……いや〝恋敵(ライバル)〟だろうか?        
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