空の先

秋野小窓

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 仕事しながらの転職活動がこんなに大変だと思わなかった。
 平日クタクタになって、週末に求人をチェックする。職務経歴書なんて初めて書くし、応募の準備をするだけで四苦八苦した。

 書類を作るのに営業職の見本を見ても、絶対売り上げ実績を書くようになっている。俺には売り上げの実績がまだない。ひたすらアポとりの電話をするばかりで、書けるような経歴がないんだ。

「架電ノルマの達成率だって、立派な実績ですよ」

 転職相談をしたエージェントの人にそう言ってもらえて、ようやく前に進むことができた。

 やっと応募を始めて面接に漕ぎつけても、仕事があって参加できないことが続いた。社畜にはブラックから抜け出すチャンスすら与えられないのか。

 諦めかけたとき、背中を押してくれたのはエージェントではなく名前も知らない彼だった。

『今の会社辞めるんですよね?じゃあもういい顔しなくていいんじゃないですか』

 スッと肩の荷が下りた気がした。さすがに欠勤はできないが、周囲から白い目で見られながらも定時で退社したり、あってないようなものだった有給休暇を取得したりと、なんとか面接時間を捻出した。

 気づいたことがある。上司や先輩の期待に応えようとがむしゃらに頑張ってきたが、手を抜いたって、同じように怒鳴られるんだ。俺は今まで何に囚われていたんだろうかと急に馬鹿らしくなった。
 同じストレスを受けるなら、定時できっちり上がって怒られる方がマシだ。

 絶対この会社を出たい。でも、もしどこからも内定がもらえず転職が叶わなかったとしても、今の会社でこれまでのように働くことはもうないだろう。このことに気づけたのは、大きな収穫だった。

 18時。面接に向かう。会社を出て、空を見上げた。相変わらず狭い空。
 だが、もう俺は知っている。ビルに縁取られた先に、故郷と変わらぬ大きな空が広がっていることを。
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