人生録。

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始まり

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朝、起きる。



スマートフォンで時間を確認して、『あぁ、あと五分...』



二度寝。




起きる。二時間も経ってる。
布団の中でうずくまって、やっとこさ身体を起こす。




身体が重い。
洗面台までの距離は20歩あれば余裕でたどり着けるのに、
100mも先にあるように感じる。
でも動けばすぐたどり着く。



顔を洗って、歯を磨く。
浮腫んでる自分の顔を見て、ちょっとため息。





『寝起きって何でこんなにやる気のない顔なんだろ。』





そう思いながら自分の部屋に戻る。
もう一度布団に入ろうとする自分と戦って、
化粧水をパタパタ肌に染み込ませる。




テレビをつける。
対して興味もないニュース番組をぼやっと見て、
化粧を始める。





不思議な時間の始まり。





化粧を終えると何だか気持ちがシャキッとする。
これが女性の心理なのかただの思い込みなのかはわからない。
でも一つだけ確実だと言えるのは『仮面』が完成したということ。





その仮面をつけて、わたしは動く。
スタートが遅い、1日の始まり。





わたしは今、職業といえる職業についていない。
世の中で言うフリーターというものなのかな。
空いてる時間が出来たら、派遣のバイトに行き、
日払いでお給料をいただく。



そう、生活が 不 安 定 。




24歳になってこんな生活なんて、、。
って何度も思った。





こんな事なら、前の職場を辞めなければ良かった。
こんな事なら、思いつきで行動しなければ良かった。
こんな事なら、夢なんて追いかけなければ良かった。




この三つがぐるぐる頭の中で巡っている。
でもそれと同時に次の三つも巡ってくる。




だから、自分にしかできない事が見つけれる。
だから、やってみないと分からないから楽しい。
だから、人と違う世界を見る事が出来る。





そんな思いがぐるぐるしながら、
わたしは電車に乗った。



『今日は何処へいこっかな。』



とりあえず渋谷駅に向かう電車に乗り、
いつもと違う車両に乗ってみた。




この時、何故車両をいつもと違う車両に変えたのかは分からない。
ただ、それが運命だったのかもしれない。
、、というよくあるパターンの物語がよくある。




そんな物語のような瞬間が起こったかのように、
この瞬間にわたしの人生は動いていたのだと、後からつくづく思う事になる。






車両は違えど何ら風景は変わらなかった。
人も多いし休日だからか家族連れがいつもより多い。




わたしは座席に座り、一息つく。
隣はサラリーマンのおじさん。
もう片方は空いている。




《次は、渋谷、渋谷》



アナウンスが鳴った。
電車が止まり、席を立ち、ドアの前まで行く。






扉が開く直前に、何かがわたしの肩に乗った。





『あの、すみません』




凛としている低めの声と一緒に、
少し日焼けした大きな手がわたしの肩を叩いていた。





『か、かねもと、さん?ですよね?』



『....』




無言だった私。
とりあえず降りる私。
肩に手を乗せたまま降りる声をかけてきた人。






『すみません、急に!そりゃ驚きますよね!』



『、、いや、こちらこそ覚えがなくて申し訳ないです。』




やっと喉から出た言葉。
確かに私の苗字は【金本(かねもと)】だが、
この人は会ったこともないし話したこともない。はず。






『そうですよね!覚えがないのは承知です!』
『今宮ってやついるじゃないですか?その知り合いなんですよ。』




今宮。
その名前を聞いた瞬間、私は何も考えず、
というか考える前に口が動いてしまったのだろう。
こう言っていた。




『何も喋らないでください。』




何故この言葉が出たのかは不明だった。
ただ【今宮(いまみや)】という人物に関わることは知りたくなかった。
それだけだった。



『、、、。』



二秒間ほどの沈黙があって、
【今宮】の知人である彼はこう言った。





『あなたが、金本さんが生きてて、良かった。』





『あ、名刺!渡しておきます。たぶん連絡してくることはないと思うけど、もし金本さんが、その、、力を貸して欲しい時は何時でも言ってください。』





そう言いながら、私の手を無理やり手に取り名刺を握らせた。



『お会いできて良かったです!では!』



投げ捨てるようにそう挨拶し、彼は去った。




私は駅のホームでただ立ち尽くし、
握らせられた名刺をぐしゃぐしゃに更に握っていた。





『、、なんなの。』



ぼそっと呟いて、ぐしゃぐしゃになった名刺を近くにあったゴミ箱に捨てようとした。
でも、捨てれなかった。
何で捨てられないんだろう。
たった紙切れ一枚なのに。
それをゴミ箱に投げ捨てればいいだけなのに。
簡単なのに。






結局、コートのポケットに手と名刺を突っ込み私は歩き出した。















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