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序章
白銀の世界
しおりを挟む息さえも凍てつく真冬の山には、まるですべてを拒絶するかのような吹雪が絶えず、猛威を振るっている。
しかし、そんな極寒をものともしない樹林が生い茂る深層部だけは、白銀の世界から隔絶され、麓の山村に住む人々の間では過酷なこの山で身を守れる術のひとつとされていた。
そんな場所に、倒れた小さな影がひとつ浮かぶ。
金の髪は白に近い色の雪で覆われ、澄んだ碧の瞳はすっかり生気を失って強い翳りが覗いている。肌や唇も、およそ人間のものとは思えない血色へと変わり果てていた。
——寒い。
朦朧とする意識の狭間で、少年らしき姿の子どもは心中で独り、そう呟いた。
何故ここに居るのか、家族は自分を放って何処で何をしているのかと最初は疑問で一杯だった頭は次第に濃い霧に包まれて、もう正常な判断など下せはしない。
加えて、手足も凍えすぎているのか、指一本さえも思い通りにならずにいた。
そしてそんな憐れな少年を救済するためか、はたまた追い討ちをかけるためか、死が確実に迫り来ていた。
この世に生を受けてからの記憶が走馬灯として鮮明に蘇り、儚く散り消えていく。
少年は与えられた死の導きに抗うことなく、重い目蓋をゆっくりと下ろす。
意識はそこでぷつりと途切れ、深い眠りへと落ちていった——
◈◈◈
倒れた少年の前に、毛皮のローブを着込んだ少女が立っている。
少年を鋭く捉えるその瞳は幼いながらもぞっとするほど冷たく、恐ろしい。そして、それ以上に神秘的とも呼べる壮絶な美しさを放っていた。
「……ねえ」
少年に向けて呼び掛ける。だがすでに意識を失い、ぐったりと横たわっている少年が、不機嫌そうに眉を寄せる少女に応えることはまず無理な話だった。
それから何度も少年に声を掛けたり、手を振ったりしても返事が無いことの意味にやっと気付いた少女は、冷えきった少年の首筋にさっと手を当て、唇をきつく引き結んだ。
そして少年を出来るだけ動かさず、吹雪から身を護るために着込んでいたローブを少年に覆い被せる。
少年の命を繋ぐ脈はまだ波打っていた。
このまま極寒の地に捨ておけば、少年は死ぬ。だが裏を返せば、助かる可能性を十分すぎるほど示しているということになる。
少女は、生に縋りつこうと抗う少年を見遣る。
正直、色々と問い質したい思いはあったが、今は一刻の猶予さえ許されない。
少女は目を伏せると、凛とした静かな声で命じた。
「常冬の吹雪よ。——今だけは、眠りを与える。安らぎを得るがいい」
するとふたりを拒絶し、苛まんとしていた吹雪が瞬く間に姿を消した。
まるで時そのものが止まっているかのように思える景色は、辺り一帯に砕け散った宝石の輝きを、山頂の月光が照らしているようだった。
さくりと軽い足音を立てて、少女の高い踵が雪に包まれた地面に突き刺さる。
巨大な紋章が、眩い光とともに浮かび上がる。溢れたあたたかな残滓の灯火が、なにかを求めて少女が大切に抱えている少年の周囲を、蝶のように舞う。
そして少女が伏せていた目を開いた刹那、ふたりの姿は忽然と消え失せた。
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