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le fait
【ノースウェリフ伯爵夫人ヴィオレットの独白】
「貴方は、誰?」
……そんな言葉が出たのは、デルフィアさんとの約束だったからです。
私は……いえ、私達は。デルフィアさんが御者となり一緒に乗った二輪馬車で事故を装って、記憶喪失になり入れ替わる計画でした。
彼女は私の旦那さまの幼馴染で、大事な女性――しかも私と瓜二つの。
だからこそ、普通では無謀とも言える計画を実行しようと思ったのです。
私は幼い時に、このノースウェリフ領にある領主館マナーハウスに両親とともに招待されました。
その時、私は本ばかり読んでいて周りにとけ込めていない、ロクシーと仲良くなりました。
それが、初恋というものだったのでしょう。
でも彼はそれ以上に、教区の牧師の娘のデルフィアさんと仲が良かったのです。
私と瓜二つの彼女が好きだという事は、私には全くの勝ち目のない戦いでした。
幼い恋は、あっさりと終を告げたのです。
それから彼とは数年、会うこともなく。
時折、ほんのごくたまに思い出す、甘酸っぱくも切ない思い出になった頃。
私は社交界デビューをすることになり、そして並み居る男性の中から、伴侶を見つけなければならなくなりました。
そんな時です。さる伯爵さまの夜会で、彼と再会しました。
幼い頃の思い出の中の少年は、立派な青年になっていました。
領地に引きこもることが多かった彼に、会えるとは思ってもみませんでした。シャンパングラスを傾けながら、他の方々と談笑する彼の顔を遠くから盗み見ます。
それだけで急に思い出が甦り過去と現在が繋がったように、想いがあふれ出します。
出会いの最初から今まで、何も変わらなかったように。
私の方はそうだとしても、彼の方から見てみればそんなことはないと、わかっていました。
幼い頃の私の言い方通行な、初恋の思い出。
彼からすれば、数年前に社交シーズンに滞在した家族の娘というぐらいの認識でしょう。
もしかすると幼馴染の牧師の娘に似ている女の子がいたな? ぐらいは記憶に残っているかもしれません。
それほど私は彼に私のことを覚えてもらっている……なんて期待は、これっぽっちもしていませんでした。
なのに。
彼は私と目が合った途端に、人込みをかき分け迷いなくやって来て、私にダンスを申し込みました。
忘れられてると思った私には、信じられないような奇跡。
私しか目に入らない、と、訴えている夢中な瞳で見つめられて。
まるで、物語の夢見る瞬間。
家格も釣り合っていると判断した両親。
あれよあれよという間に、そのシーズンで彼から求婚されて、私は馬鹿みたいに舞い上がってそれを受けました。
幸せの絶頂、私はその中に居て、彼の本意を知ることはなかったのです。
結婚して彼の領地へ共に行くことになり、知った事実。
豹変した夫の態度。
使用人の囁く、無責任で容赦ない噂話。
お互いに思いあっていた二人だけれど、牧師の娘とは身分違いで結ばれないから。
……だからうり二つの私と結婚したのだと。
夢から覚めた、私に待っていた残酷な真実。
私は只の身代わりで。
忘れられない大事な人のただの代用品でした。
それを知ってしまうと、今までの夫の私を見つめる目は私を夢中で見ているようでいて、私の中の誰かを見ている事に気が付いてしまいました。
あの夜会で一目で私がわかったのは当然です。
ーー夫の最愛の人にそっくりだったのだから。
頑張って愛されようと努力しましたが、無駄でした。
どんなに尽くそうとも夫の瞳は、気が付くと私を素通りしてデルフィアさんを見ていたのです。
私を見る度に彼女を重ねるのです。
その視線はなぜお前は本物ではないのかと、責められているようでした。
いえ、実際に夫はそう思っていたでしょう。
伯爵家の血を途切れさせないため、ただ子供を産むだけに。
愛されない私には、形だけの行為を充たすことは辛かった。
仄かに燭台の炎が点る薄闇の中で、顔も見ずにデルフィアさんを重ねられ、想い抱かれる身体。
私の身体も心も構わずにただ彼のしたい様に、望むように弄ばれる。
夫婦の寝台で本来尊敬と信頼と愛を交わすはずである行為が、冷たい義務になっていく。
義務よりも重荷ともいえる時間。
私の体の中で果てる夫に、無意識に囁かれる言葉は、私とは違う別人の名前。
夜ごとに、千切れていく、私の心。
だから決心したのです。
全てを捨てて、デルフィアさんと入れ替わることを。
新しい"デルフィア"として牧師の娘として生きることを。
お互いのドレスを交換して、馬車に乗り事故を起こし記憶喪失を演じれば。
夫はきっと入れ替わりに気が付いてなお、デルフィアさんを"妻"に選ぶでしょう。
私の事など、"デルフィア"として迷いなく捨てるでしょう。
わかっているけど辛い。
でも、それでもいいのです。
私は誰にも愛されない、けれど、私が消えることによって二人が幸せになるのだから。
「貴方は、誰」
一言、そう告げるだけで。
私は自分自身だけではなく、貴方にもお別れを告げ、新しい人生が始まるのです。
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