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le fait
【ノースウェリフ伯ロクシーの独白】
痺れるような、甘い幸福。
普段から思っていた。
あの女と、僕の愛しい人が入れ替わってくれればいいのにという願い。
それが、今日これから叶う。
あの女を見る度に、何故傍に置いてしまったのかという、後悔。
それに思い悩むのも、今日までの事。
なんとなく招待されて、義務として参加したある伯爵の夜会。
そこで見つけた、彼女とそっくりな貴族の女。
見た瞬間、人混みをかき分けて、ダンスを申し込んでいた。
まるで神が僕のために何者にも邪魔されることのない彼女を作り上げたと錯覚するほど、僕の愛しのデルフィアに似ていた。
話しかければ、彼女の方は僕に向かって昔馴染みのような反応をする。
あまり夜会にでない僕にとって、その反応は覚えのないもので不思議だった。こんなに彼女に似ているなら覚えているはずなのに。曖昧な表情と態度で、目の前の女に覚えのないことを誤魔化す。
子供の頃に出会ったことがあると言われて、確かに昔両親が招待した客の中に、彼女とそっくりな女の子がいたな、と昔の記憶の片隅から思い出した。
まさか成長しても、彼女にこんなにそっくりなのかと驚いた。
近くて見ても、見間違えるほどの造作。
少し幼い頃のあどけない彼女を思わせるのは、平民ではなく苦労もない貴族の生活をしているからだろうか。
違うのは、貴族然とした服装ぐらいだった。
彼女をあきらめなければいけないと思っていた僕に現れた都合のいい存在に、逃げた。
そしてすぐに後悔する。
これは彼女じゃないのだと。
なんてことをしてしまったんだという、焦燥感。
本物を欲する気持ちが募る一方で、過ごす時間が長くなればなるほど、偽物が僕の愛しい人に重なっていく苛立ちが抑えきれない。
ベッドの上での白い肢体。
柔らかい感触。
惚けたようにこちらをみる表情。
僕を性の魅力で堕落させようという魂胆なのか。
彼女への愛を試す試練か。
同じようでいても彼女とは違う表情を浮かべる女。
お前の存在価値は後継ぎを産むことと、性欲を解消する事だけ。そう自分に言い聞かせるようになったのはいつの頃からだろうか。
薄暗闇の中。
顔も見たくないというように、ベッドの上では後ろから獣の交尾のように屈辱的な姿で。
または、顔を枕で押さえつけ犯す――。
終わった後は捨てるように、自分の寝室へと引き返す。
ベッド脇に金を置かないだけで、娼婦と同じ扱いだった。
震えながらも耐える姿。
しらじらしい……そう思っているはずなのに。
何度も寝室へ足を運ぶ自分。
その頻度は、減るどころか、増える一方で。
いいや、これは早く子を成して、後継を産ませてしまえばこの偽物は不要になるからだ。
そう思ってはいるのに。
女を夫婦の寝室で組み敷き高まる恍惚の中でふいに、女の名前を呼んでしまいそうになって愕然とした。
それに気がついてからは、代用品だという事を思い知らせるように、愛しの彼女の名前を囁く事を抑えなかった。
――ただの代用品の癖に。
大事な彼女への想い。
僕の心を揺らすなど、許されないことだ。
理解はしていても、心の苛つきが抑えられない。
自分では制御も出来ない、説明のつかない歯がゆさに、どうにかなってしまいそうになっていた時。
突然に起こった馬車の事故は、幸運だった。
幸いに愛する人は記憶を失っているらしい。
ならば、記憶を失ったことを利用して彼女を"妻"と思わせよう。
屋敷の者さえ見間違う二人が、入れ替わっても気付きはしないだろう。
僕の態度が伝わっていたのか、使用人の間でのあの女への扱いは微妙だった。
本来主人としては咎めるべきはずだったが、忠告もせずにするに任せておいたのは、自分の妻の座は本来、彼女のものだと思っていたからだ。
女主人と認めず、あの女を軽視している使用人達が、見分けられるはずもない。
違和感を覚えたとしても、記憶がないせいだと説明すれば納得するはずだ。
いや、それよりもおかしいと疑問を持たれる前に、街屋敷タウンハウスにでも帰ればいい。念には念を入れて、傍の使用人は入れ替えよう。
記憶を思い出すきっかけとなるものは全て捨て去ればいい。
二人なら新しく始められるはずだ。
――あの女。
妻と呼ぶには似つかわしくない、僕に貴族としての体面を与えてくれるだけの存在。
記憶がおぼつかないせいか、僕を見ても居心地の悪そうな表情を浮かべる"妻"にどこか重なる。
ここまできてもまだ邪魔するのかと、苛立ちをかくして極上の笑みを向ける。
「さあ、心配ないよ、僕の大事な奥さん」
「……」
事故の影響で、体が痛いようで、彼女は起き上がれもしないようだ。医者は大丈夫だとは言っていたが、馬が暴走した馬車から投げ出されたのだ、痛くないはずがない。
僕はベッドサイドに恭しく跪くように座り、心配で彼女の顔を覗き込む。
顔色が悪い。
なのに僕に心配をかけまいと、微笑む顔は……。
大事に包み込むように握る、両手さえも、瞬間、寝屋でのあの女がよぎる。
ーーだから、こそ。
「すまないが、僕には少し片づけなければならない事があるんだ」
あとでゆっくり話そう。そう言って、手を離されて不安げな表情をする"妻"を残し僕は部屋を後にする。
時間はこれからじっくりとある。
もし記憶が戻ったとしても、彼女が元に戻れなくしてしまえばいい。
この昂揚感は、幸せな未来を思い浮かべているせいか、それとも……。
僕の足は、あの女の待つ客用寝室へと向かう。
とても簡単な事だ。
これからあの女を、本当の不慮の事故の犠牲者にすればいいのだから。
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