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第二話

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「そういえば、雨唯≪うい≫がこんな事言っていたわね。あなた覚えてる?」
「なんだったかな」
「いやね、こういった話だったじゃない」
妻は夫の言葉に苦笑して語り始めた。
一人娘雨唯の話を。まるで、なくしていく絆を取り戻していくかのように。
輝いでいた思い出の欠片を拾っていく。
「雨唯が生まれたのは春雨が降っていたころよね。その時、あなたは遠方に短期出張に行っていて」
「ああ、そうだったな」
「後輩さんから聞いた話だと叫んで泣いて。神社の階段から転げ落ちたそうじゃない。ふふ、傷だらけになってもなお喜んでいた様はかなり怖かったみたいよ?」
そこで妻は一度言葉を区切りワインを飲んだ。その場にいなくとも目の前の夫の喜び様は目に浮かぶ。
結婚して五年目の春。不妊治療を繰り返しようやくの妊娠。
夫婦共々楽しみにしていた。娘の誕生を。
「雨唯が初めて歩いたときは、カメラを握りしめてたわね」
「……雨唯の成長は一秒たりとも逃せなかったからな」
「ビデオがなくてその日慌てて買いに行ってマンションの階段から落ちたのよね。それで全治二週間! あなたは本当あわてんぼうなんだから」
くすくすと妻はその時を思い返し笑う。夫は恥ずかしげに笑い誤魔化すようにワインを飲んだ。
「ああ、そうそう。雨唯の初めての言葉。パパやママでもなくて。その時、雨唯は空を見上げてて。なんて言ったかしらね。とても不思議な言葉を喋ってたわね。ラテン語だって気付いたのはずいぶん後になってからだったかしらね」
「神か……」
二人の様子にバーテンダーのアズエルが静かに微笑み返す。


白い鳩が空をかけていった。ジャンヌダルクは異形なる民を前にして武士が傍らに携える刀に目をやる。
「それはなんだ?」
才色兼備であった小野小町が男装に興味を示し刀に興味を示すことは小野小町の両親にとって青天の霹靂であった。
今まで興味のあった読み書きに興味を示すことはなく野ざるのように野原を走り回る。
その姿は異様に思えてならない。
ジャンヌは鏡の前で着物を広げ首を傾げていた。
「この大柄なドレスはなんだ?」
しかし、ジャンヌの疑問に答えれる従事らはいない。
ジャンヌはしびれを切らし「もういい!」外に出た。
「じゃんぬ! じゃんぬ!」
井戸の中から木霊する。ジャンヌは恐る恐る井戸に近付き覗き込む。
聞き覚えのある声。
小野小町の姿が映り「お前か!」とジャンヌは問いかける。
その時空を飛んでいた白い鳩に気付く。もしや、神の遣い? ジャンヌはまんじりともせず小野小町と今の現状を意見交換することにした。
小野小町の言う和歌は理解できないが、不思議と言葉や文字は理解できた。後は、どうやって元の二人に戻るか。
二人が思案し始めると井戸の傍らに座っていた白い鳩が飛び去っていった。
「主よ。主≪あるじ≫よ」


バーテンダーの話に耳を傾けながら夫が口を開く。
「この二人はどうなるんだい?」
そしたら妻がワインが少ないことに気付いた。
「次も正解かしらね。ねぇ、バーテンダーさん。娘が生まれたときに飲んだワイン覚えてる? 懐かしいわね」
ワインを頼みながら「デザートのことはどうでもよくなってきちゃった。楽しいわね。今夜は飲みましょ?」と夫に言葉を投げかけた。
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