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同居

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 こうして無理矢理押しかけて始まった千亜希との生活は、思った以上に。


「おはよー、留衣。
朝ご飯作ったけど食べる?」
「……え!?食べる!!」


……快適過ぎた。


寝癖の1つもないサラサラの薄茶の髪が、窓から入ってきた風にふわりと揺れる。

「うわぁ、美味しそう。」
「そう?良かった。」

今日も皺一つない白シャツを着こなして、腕まくりしながら微笑む。


細身のスタイルだけど、チラリと見える腕にはしっかりとした筋肉の筋が見えて

……イケメンな上に鍛えてやがる。
千亜希に弱点はないのかと脱帽した。



テーブルには焼きたてのベーグルと半熟の目玉焼き、グリーンサラダにコーンスープまで、完璧に整えられた状態でセッティングされていた。

これに、食後は珈琲か紅茶かなんて聞かれたら。


「食後は珈琲?紅茶?」
「!?」

どこぞの高級ホテルだよ。
おまけに超イケメンのコンシェルジュ付き。


「……紅茶。ミルクあり砂糖なしで。」
「……ん、了解。」


……天国か!?ここは!


「千亜希は今日も講義?」
「うん、夕方には終わる。」


薬学部附属の千亜希は、暇人の俺と違って毎日講義や勉強で忙しい。

「じゃあさ!終わったら……」
「……なに?合コン?」
「……え?」

穏やかな顔で、上品に食後の珈琲を口にしていた千亜希の眉が

ぴくっと険しく寄せられた。


「違うよ、夕飯の買い出し。
一緒に行かない?……って。」

……言おうとしただけなのに。


なんか千亜希、怒ってる?

しゅんとして視線を下げた俺に
慌てて

「あぁ、ごめんね!!留衣が夜
街に出ないなんて、珍しいなと思って。」

「……あぁ、そう言えば。」

千亜希の家に来てから、不思議と夜遊びしなくなった。

自分も最低限の家事は出来るし、泊めて貰ってるお礼に炊事をしようと思っていたのに。

千亜希の作る料理は、プロ並みに上手で完全に胃袋を掴まれてしまった。

夜には簡単なおつまみと、それに合わせたワインやシャンパンなんて出してくれるから飲みに行かなくても充分に満足してしまう。

元々千亜希とは、音楽やゲーム、好きな映画の趣味なんかも似てるから。

美味しいお酒とつまみを片手に、他愛もない話をしているとあっという間に1日が過ぎていく。

バランスの取れた美味しい食事に、いつでも清潔で綺麗な部屋。

それに、千亜希みたいなイケメンが
四六時中傍にいると

「ん?なに?」
「いやー、今日も格好良いな、お前。」
「あはは、ありがとう。」

……単純に、目の保養。
綺麗なものを見てると自然と心まで豊かになる気がする。

美しい絵画とか彫刻に大金を出す金持ちの気持ちが……少しわかる気がした。


「はぁー!満足満足!」
美味しい朝食をペロリと平らげてから
千亜希の分の食器も一緒に片付ける。

「俺がやるからいいよ。」
「は?これくらい出来るし。
……流石に申し訳ないから。」

いつまでも、タダ飯を食べさせて貰う訳にはいかない。
今まで面倒を見てくれた女の子にはそれなりに(夜の)ご奉仕をしていたけど。

……千亜希には、何も返せない。
厄介になるばかりだから。

「他にも何かして欲しいことあったら遠慮なく言ってよ!
バイト……なかなか見つからなくて。」
もう少し、厄介になりそうだから。

カチャカチャと皿洗いをしながら
申し訳ないと千亜希に頭を下げた。

千亜希は、フッと赤い唇を綻ばせると

「して欲しいことは…沢山あるけど。
とりあえず」


「ん?なに?」


頬杖を突きながら、皿洗いする俺を
じーっと見つめてる。


「留衣が、俺の服を着て、俺と同じシャンプーの香りで。

俺の作った料理を食べて、俺の為に皿を片付けてくれる。」

なんかもう、それだけでいいや。
色素の薄い茶色の瞳を細めて、優しく微笑んだ。


「ん?何言ってんの。」
それじゃあ俺、何もしてないじゃん。

一人暮らしが寂しかったのかな。
クールに見えて意外と寂しがり?

いや、優しい千亜希だから、俺に気を遣ってくれてるんだな。と理解した。


「まぁ、何か考えといてよ!
バイト見つかったら、纏めてお礼するから!

あ!可愛い女の子ならいつでも紹介出来るよ?
って言ってもお前の理想、高いからなぁ。」
千亜希が気にいる女の子かどうかは、疑問だ。


綺麗で性格も良い千亜希なのに、彼女が出来たことは数える程度しかない。

前にどんな子がタイプか聞いてみたら


「えーと、確か。

美人で、エロくて、可愛くて。

肌が綺麗で華奢で。
黒髪で、笑顔が素敵で、明るくて

……ちょっぴり、バカな子?だっけ?」


そんな子なかなかいないだろうな。
揶揄うように笑って、千亜希を見ると


「……ん、そうだよ。」


ガタン……

飲み終わった
アンティークのカップを持ちながら
隣に立った千亜希は


皿洗いしながら水に濡れそうな
俺の服の裾をゆっくり捲って


「肌が白くて、身長の割に手は小さくて。

……黒目がちの大きな瞳が可愛くて

それを本人も解ってて
自分の武器にしちゃうような

あざとい性悪美人。」


水の滴る俺の手を取って
柔らかいタオルで拭いてくれた。


「……そんな子いる?
お前女の趣味悪いね!」

失礼承知でニコッと微笑むと
千亜希もくすっと笑って

「女なら誰でも良い
留衣よりマシでしょ?」

悪戯に目を細めて、僕の肩をドンッと小突いた。

「なんだとー!?」
こいつ!!と小突き返すと


千亜希は珍しく声を出して笑った。
綺麗な顔立ちをしてるせいで、どこか近寄り難い印象を持たれることが多いけど

笑った千亜希は、子供みたいに
幼く見えて可愛い。


目元のセクシーな泣き黒子が、そう思わせるのか。クールで物憂げな印象から高校生の時は氷の王子なんて呼ばれてたけど。


千亜希は、全然冷たくない。
こんなどうしようもない俺の面倒を見て、優しくしてくれる。


口では冷たく突き放しても
困った時は絶対に助けてくれる。


「なぁ、千亜希?」
「ん?」


「ありがとうな。友達でいてくれて!」
「!」


今までも、多分これからも。

温かくて、困ってる奴を放っておけない
……相当なお人好しだ。


自分より少し背の高い千亜希の肩に
コツン、と頭をぶつけて


「俺、お前のこと好き!」


えへへと照れ笑いしながら
千亜希を見上げた。


『何だよ、気持ち悪いなぁ。』
とか

『そんなこといちいち言わなくても
わかってるよ。』
とか


そんな言葉が返ってくると思ってたのに。







「じゃあ、付き合う……?」
「へ?」





千亜希の口から出たのは、全く予想していない言葉だった。





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