ココハ魔導学士のかえりみち ~ハッピーグラデュエーションからはじまるふんわりのんびり異世界旅~

倉名まさ

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第四話 修道生活

⑫これが沐浴?

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 けっきょくのところ、沐浴はココハが危惧(?)していたみたいに裸ではなく、羽衣のような単衣に着替えて行うものだった。
 マカレナたちが案内したのは、中庭のような場所だった。

「さあ、どうぞ、こちらです」
「修道院の近くを流れるブリサ川の水を引いてきて循環させているんです」
「ん。だからいつも水はしんせん、なんだそう」
「リタ、ひとごとみたいに……。実はよく分かってないでしょ、あんた」

 更衣室は修道女三人のものと客人用のもので分かれていた。
 その手前で、ココハはくだんの単衣を手渡されたのだ。
 軽く、そして薄い布地だった。絹製だろうか。
 純白の布地に、ごく薄い桃色の染料が使われているみたいだった。

「それではまた後ほど……」
「あ、うん」

 マカレナたちと別れて、ココハはお客さん用の更衣室に入った。
 棚と編かごがあるだけの簡素な部屋だ。奥側にも扉があって、たぶん中庭の沐浴場につながっているのだろう。

「さて……」

 ココハはとりあえずマントと上衣を脱いだものの、羽衣の着かたがよく分からなかった。
 これから沐浴をするのだから、単衣以外はすべて脱いで羽織ればいいのだろうと思うけど、違っていたらかなり恥ずかしい。

「ココハさん、なんでパンツも脱いじゃったんですか!?」

 なんて、6つも年の離れた女の子に言われた日には、死にたくなりそうだ。
 
 ―――ちゃんと教えてもらえばよかったなぁ。

 なんてココハが思案していると、

「あ、ココハさんの服と下着はかごにまとめて入れておいてくださ~い。あとでまとめて洗濯しますので!」

 隣の更衣室からマカレナの声がした。
 どうやら下着も全部脱ぐのが正解みたいだ。
 はーい、と返事をしてから、

「ん……」

 少し躊躇しつつ、衣類を全て脱ぎ捨て、軽くたたんでかごに入れた。
 その上から単衣をまとってみる。それからしばらく試行錯誤してみたけど、

「ごめん、修道院長ー。この留め紐とかどうしていいかわかんないやー」

 とうとうギブアップ。
マカレナに呼びかけ返した。

「あ、はーい。ごめんなさい。こちらで結びますので、とりあえず羽織ったまま出てきていただけますかー」

 今度は奥の扉の向こう側から返事があった。
 どうやらもう着替えを済ませて、沐浴場の方にいるみたいだ。
 ココハは、言われた通りに単衣を肩から羽織るだけ羽織って外に出た。

「うぅ……」

 帰り道の旅に出てからこっち、未体験のことばかりだ。三人の修道女たちの方がよっぽどしっかりとして、大人っぽく感じられた。
 サラマンドラにいた頃は、学士という立場にいかに守られていたのか、思い知らされる気がした。

「おぉ……」

 その光景に、ココハは思わず見とれてしまった。
 自分に絵心がまったくないことを、初めて本気で悔しく思った。
 きっと絵画にすれば、この感動を多くの人が共感してくれたことだろう。

 ―――天国って、こういう場所なのかも……。

 沐浴場は、修道院の施設というよりも、どことなく古代の異教の神殿をほうふつとさせる造りだった。
 中央に自然の泉を模した形で広い沐浴場があり、川の水を汲んでいるのだろう、樋が渡してあった。
 木の板で道が造られているが、その周囲には野の花や緑が咲き乱れ、目に鮮やかだ。
 周囲を修道院の壁が囲っているからか、空が高く感じられた。
 今日のように天気のいい日には、日差しが天からの祝福のごとく降り注いで見えた。建物の影が作る、日陰のコントラストも美しい。

 そして、そこにいるのは三人の天使―――もとい、羽衣をまとった修道女たち。
 修道服姿ももちろん様になっていたけど、体の線が分かるくらい薄い羽衣をまとった三人は、羽根が生えていないのが不思議に思えるくらい、現実離れした可愛らしさだった。
 もちろん、中庭の沐浴場の雰囲気ともばっちり合っていた。
 そんな三人の姿にココハは、ぽーっと見惚れてしまい、

「ちょ、ココハさん! 前、前!」

 まだ紐の結べていない単衣の前を押さえることを、すっかり忘れていた。

「ほえ?」

 恍惚と目の前の光景に見入っていたココハは、レナタの慌てた声にもすぐに反応できなかった。
 五秒くらいたって、ようやく我に返り、

「んぎゃあ!」

 自身の状態に気づいたココハは、いささか乙女らしからぬ悲鳴を上げ、前を押さえてうずくまった。

「おー、ココハおねーさんのせくしーしょっといただきました。おたからですなー」
「こら、リタ。そんなこと言わないの!」

 そう叱りつけながらも、レナタも顔を覆った指の隙間から、ココハの姿をしっかり見ていたりした。

「ごめんんさい、ココハさん! 沐浴着が慣れない人には着にくいこと、すっかり忘れていて……」
「ううん、こっちこそうるさくしてごめん」

 恥ずかしさをこらえながら、慎重に前を押さえてココハは立ち上がる。
 つい、修道女達の姿に見惚れていた、なんてとても口にはできなかった。

「はい、そのまま手で前をおさえていてください。ささっと結んでしまいますので」
「うん、ありがとう……」

 マカレナとレナタの二人がかりでココハは単衣を着つけてもらった。
 これはこれで、母親に支度している子どもみたいな気分で、恥ずかしい気持ちが増す。
 なぜかリタはその横でえらそうにふんぞりかえって、

「うんうん、二人とも着させるのずいぶんうまくなった。むかしはヘタだった」
「あのね、リタ。ココハさんは慣れてなくて当然だけど、あんたはいいかげん一人で着られるようになりなさいよ」
「むぅ、二人が人に着させるのうまくなったの、リタのおかげなのに……」
「『おかげ』じゃない。『せい』でしょ!」
「レナタの言う通りですよ。修道生活の基本はできることは自分一人で、ですよ」
「ん~、は~い」

 三人の相変わらずの掛け合いに救われて、ココハもようやく気を取り直しはじめた。
 薄い単衣はすーすーしてなんとなく落ち着かない気持ちになるが、その分日差しの温かさやそよぐ風が肌に感じられて気持ちよくもあった。
 なんとなく、身を清めるのにはふさわしい恰好に思えた。

「では、はじめましょう」

 マカレナが柔らかな微笑とともに、宣言した。幼いながらも、修道院長という肩書がしっくりくる。
 レナタとリタもちょっと真剣な面持ちになって、うなずき返す。
 どうしていいか分からないながらも、ココハも神妙な顔を作る。
 マカレナは静かな足取りで、水のそばまで歩み寄り、

「天にまします全ての生命のお父様。どうか、わたし達の身と心を清めてください。わたし達を罪から遠ざけてください。あなたの清澄なる恵みをこの身に受けることをお赦しください」

 敬虔な面持ちで厳かに祈りを捧げ、手にした桶で水浴場の水をすくった。
 そして―――、

「せいやッ!」

 およそ厳かとはかけ離れた勇ましい掛け声を上げ、桶の中身をココハ達に向かってぶちまけた。

「ひゃうっ!?」

 思わず悲鳴を上げるココハ。
 目が冴えるような水の冷たさと、マカレナの突然の行動の両方に驚いて、だ。
 ココハが目をぱちくりさせていると、マカレナはもう一度桶で水をすくって、

「ふんすっ!」

 再びの勇ましい掛け声とともに、今度は自分自身が、頭から水を被る。

「よっしゃ、あたしも!」

 レナタも桶をつかみ、マカレナと同じ祈りの文句を唱えてから、

「どりゃああ!」

 明らかにリタ一人を狙って、桶を振るう。

「ぶわっぷ。……レナタ、顔面思いっきし、ねらいおったな」

 リタも桶を手にすると、もはや祈りの言葉すら唱えず、素早くレナタの後ろに回り込んで水をかけた。

「とうー」
「ひゃあっ、ちょっ、背中、ちべたい!」
「ふっふっふ。ぬしのじゃくてんなど、とうに見ぬいておるわー」

 などと言いあいながら、二人は水かけ合戦を繰り広げ始めた。
 その間もマカレナは掛け声を上げながら、自分で水を被ったり、ココハやレナタ達に掛けたりを繰り返していた。

「ええっと……」

 ココハは戸惑って立ち尽くしていた。
 呆然と立ったままのココハにも、容赦なく冷たい水が飛んでくる。
 彼女たちの姿は、とても真剣なようにも、ただ水かけ遊びをしているだけのようにも見えた。

「さあ、ココハさんもどうぞ」

 そんなココハにマカレナ院長がもう一つ桶を差し出した。

「あ、ありがとう。えっと、お祈りの言葉、もう一度教えてもらっていい?」
「あ、では一緒に唱えましょう。わたしのあとに続いて頂けますか」

 神を崇めない魔導師が祈りの言葉を口にするのは、少しだけ抵抗があったけれど、そこまで強い信条がココハにあるわけではなかった。
 祈りの言葉を口にすると、なんとなく敬虔な気持ちが沸き上がってくるような気がした。
 ココハが頭から水をかぶろうとすると、マカレナはそれをさえぎり、

「あっ、ココハさん。最後に掛け声を忘れていますよ」
「え、えっと、それもしきたりなの?」
「はい。むしろお祈りの言葉よりそちらの方が大事なくらいです。気合いの入ったのを一つ、お願いします!」

 本当だろうか、と一瞬ココハは疑わしい思いに駆られた。けど、マカレナが人を騙したりする子ではないのは確かだ。
 修道院の生活を体験するのもこれが初めてだから、果たしてマカレナ達の沐浴の仕方が一般的なものなのかもよく分からなかった。なんとなく、イメージと違う気もしたが……。
 修道院の沐浴というよりも、自分の田舎の男衆たちの祭りに近いような気がした。

「じゃあ……よいしょー!」

 なんとなく浮かんだ掛け声を上げつつ、思いっきり頭から水を被る。
 冷たいしぶきが全身を濡らし、肌を震わせる。

「ぷはあっ、冷たーい!」

 野宿生活が続いた後だっただけに、一瞬で生まれ変わったみたいな心地だった。
 この沐浴場の雰囲気がそう思わせるのか、身が清められたような思いがする。
 大人っぽい修道女たちに感じる引け目や、羞恥心も吹き飛んだ。

「素晴らしいですココハさん。最初はためらってしまわれる方もいらっしゃいますが、見事な思いっきりです。神さまもきっとお喜びになります」

 マカレナがココハの横で絶賛する。 
 
 その後、ココハは気合いの声を上げながら、相手に水をかけたり、自ら被ったりを繰り返す。
 信心のないココハにとって、その行為が修道女たちにとって、どんな意味を持つのかは正確には分からなかった。
 けれど、心身が引き締まり、生まれ変わったような心地になることだけは、実感できた。
 あと、童心に戻ったみたいで、ふつうに楽しかった。
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