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第八話 女戦士カメリア②
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マッサージ室を出て、レベッカは再び浴場に戻ってきた。
「……なんだか、お風呂きてよけいに汗かいてしまった気がしますね」
せっかくなので、もう一風呂浴びなおすつもりだった。
と、さっきとは違い、浴場にはもう一人、客の姿があった。
湯気の向こうに誰かの背中が見える。
エレガンテお姉さんとは別のベクトルで、惚れ惚れとしてしまうような後ろ姿だった。
南方の部族特有の、生まれつき戦士として恵まれた体格の持ち主だった。
野生動物のような、一片のムダもなく引き締まった手足。褐色の肌と幅広の広背筋が見るからに頼もしい。そして、よく見ると裸の背中には大小無数の傷跡が見える。
それだけで、相手が誰であるかレベッカには見当がついてしまった。
「カメリアさん、ですか?」
「ん、ああ? 誰かと思ったら、受付のお嬢じゃないか」
「レベッカです。お嬢はよしてくださいよ~」
笑いながら、レベッカは湯船に浸かり、相手のとなりに腰かけた。
カメリアは戦士《ウォリアー》クラスの冒険者だった。
身の丈近くもある両手剣の遣い手で、大型のモンスター相手でも怯まず立ち向かい、戦果をあげていた。
背中まで伸びる赤い髪に、歴戦の勇士然たる鋭い眼光。
けど、ゴツゴツした感じじゃなくて、少し大柄ではあったが、小麦色に焼けた肌はきゅっと引き締まり、カッコよさと美しさのそろった美人だった。
なんだか眼福《がんぷく》なお姉さんばかりに出会う夜ですね、とレベッカは内心でつぶやく。
「あれ、カメリアさん。お酒飲んでます?」
近くに寄ると、アルコールの匂いがけっこう強くぷんとした。
「ああ。ちょっと深酒《ふかざけ》しちゃってね。気づくとこんな時間さ」
「酔ったときの入浴は危険ですよ?」
「そんなんで参るほどヤワな鍛え方しちゃいないよ、あたしは」
「鍛え方の問題じゃないですよ~」
と、レベッカは苦笑したが、カメリアも一流の冒険者だ。
自分の身体のことは自分でよく分かっているだろう。
事実、ちょっとお酒臭いけど、カメリアの様子はけろりとしている。
酒豪が多いのも、南方部族出身者が持つ特徴の一つだった。
「パーティーの皆さんとご一緒だったんですか?」
レベッカとしては何気ない問いかけのつもりだったが、不意にカメリアの表情が沈んでしまう。
「いや、あたし一人だ」
声の調子も力ないものだった。
「……珍しいですね」
レベッカも声のトーンを落とした。
カメリアは五人組の冒険者パーティー“黄金の闘士団”で紅一点の女冒険者だ。
彼の顔を立ててか、ギルドに登録されたリーダーは魔法戦士クラスのマッチョな冒険者だったが、実質的にはカメリアがリーダー的存在なのは、ギルドで見ていても感じられることだった。
クエストにおもむく際もパーティーメンバーで飲んでいる時も、他の男四人をぐいぐい引っ張っている印象が強かった。
てっきり、男湯のほうに他のメンバー達もいるのかと思ったが、どうやら単独行動中らしい。
パーティーだからと言って四六時中一緒に行動するわけではないだろうから、それ自体は別にいい。
けど、彼女の憂いに沈んだ横顔を見ると、何やらわけありの様子だった。
「何かあったんですか?」
レベッカの問いかけに返答はなかった。
二人のあいだに沈黙が生まれる。
カメリアはレベッカの方を見ようとはせず、浴場の向こうに視線をさまよわせていた。
獅子を模した蛇口から注がれるお湯の音ばかりが、やけに大きく響く。
一人で浸かっていた時は快適に思えた浴場の広さが、いまは妙にわびしく感じられた。
「……別に、たいしたことじゃないんだ」
「たいしたことなかったらカメリアさんがそんな顔しませんよね?」
「風呂屋に湿っぽい話は似合わないだろ? あんたも今はオフなんだ。あたしのことは放っておいてくれよ」
突き放すように言われても、レベッカは引かなかった。
かえってカメリアとの距離を詰め、その腕にしがみつく。
ぜい肉がそぎ落とされてスラリとしているが、触れるとたくましさがよく分かる腕だった。
「わたしはいつ何時、どんな場所であっても冒険者さんの力になりたいと思っています!」
「風呂屋でもかよ?」
「もちろんです! それに、こういう場所だから腹を割って話せるってこともあるじゃないですか。裸の付き合いってやつです」
ぐいぐいと距離を詰めていくレベッカ。
湯船に二人きりでは逃げようもなかった。
根負けしたようにカメリアは苦笑を漏らした。
「まっ、お互いすっぱだかじゃたしかにカッコもつかないか」
「ですです!」
「酔った勢いで話すってことにしとくよ」
カメリアは降参だ、とばかりに手をあげ、浴槽から出て湯船の端に腰かけた。
湯の中でするには長い話になる、ということなのだろう。
レベッカも彼女にならい、その横に座って、足だけ湯に浸す。
「……つまんない話なんだけどさ」
カメリアの苦笑にさみしげな色合いが混ざった。
「あたし、パーティー抜けることになったんだ」
「えっ?」
「正式な手続きは明日ギルドでするつもりさ」
「そんな、どうして……」
レベッカは我がことのようにショックを受けていた。
カメリアの所属しているパーティー“黄金の闘士団”はどんな時も陽気で明るく、ギルドの雰囲気を盛り上げてくれていた。
特にカメリアは常にパーティーの中心にあって、彼らをまとめ、引っ張っていた。
先日、彼らがCランククラスに昇格できたのも、彼女の功績によるところが大きい。
そのカメリアがパーティーを脱退だなんて、レベッカにとって寝耳に水の話だった。
「ほんとにつまんない話なんだ。こないだ、パーティーの昇格祝いを酒場でやったんだけどさ。冒険者連中がよく使ってるとこさ。そん時に酔ってあたしらに絡んでくる連中がいたんだよ。『てめえら、女の尻に敷かれて恥ずかしくねえのか』とかなんとか言ってきてね」
「不愉快な話ですね」
レベッカは思わず眉をひそめた。
浴場でさっぱりした気分を台無しにされたみたいだった。
もちろん、カメリアのせいではない。
しつこく「話せ話せ」とせがんだのは、レベッカのほうなのだから。
「で、まあ、最初はテキトーにあしらってたんだけどな。他の連中までしつこくバカにしてきやがって。あたしらも冒険者だ。売られたケンカは買わなくちゃ名がすたるってもんだろ?」
「そこでわたしに同意を求められても……」
レベッカの立場としては、冒険者同士のもめごとはなるべくなら避けてほしい。
「舐めた口を聞いてきた奴らは全員叩きのめしてやったんだが、結局店から追い出されてさ」
「あ~、はははは。ほどほどにしてくださいね」
乾いた笑いを返すレベッカ。
とにかく冒険者という人種はケンカっぱやい。
宴会とケンカは冒険者の華《はな》だ、とばかりに酒を飲んではしょっちゅうやりあっている。
冒険者ギルドが、ランク制度や報酬金額に基づく表彰などで彼らの競争意識をあおっているのも一因と言えなくもないし、いくら注意してもムダだからレベッカも強くは咎めない。
けれど、酒場からギルド宛に届く損害賠償請求のことを考えると、いまから頭が痛くなる思いがした。
「とまあ、ここまではいつものことだから別にいいんだけどさ」
「あんまし良くないです」
レベッカのささやかな抗議は聞き流される。
「問題はその後さ。ウチの連中、言われたことをけっこう真に受けちまったみたいでさ」
パーティーのメンバーが次々と「たしかに俺たちはカメリアに頼りすぎてた」「このまんまじゃ男として情けねえ」「オレたちだけでもやれるってとこ証明したいんだ」「これからはカメリア抜きでやりたい」などと言ってきたという。
「あたしも面食らっちまってさ。『そうかい、勝手にしな』って言って抜けたんだ。で、いままで一人で飲んでたってこと。悪かったね、こんなシケた話してさ」
「そんなことが……」
レベッカの胸中は複雑だった。
たしかに冒険者がパーティーの一人に依存しすぎるというのは危険ではある。
もし、なんらかの不測の事態でその一人が行動不能になったりはぐれてしまった時、途端にパーティーが全滅しかねないからだ。
ギルドで見ていても、日ごろ“黄金の闘士団”はカメリア一人に頼りすぎてるきらいがあるのは、レベッカも気にはなっていたことだった。
けどそこに、「女の尻に敷かれたくない」「男のメンツが立たない」と性差による理由付けがあるのは、同性として釈然としないものを感じた。
「……カメリアさんはどうしたいんですか?」
私情が入り込み過ぎないよう、レベッカは慎重にそう聞く。
「……そうだね。しばらく別のパーティーとつるむ気にもなんないし、ソロでやってくか。それはそれで、さっぱりしていいかもしんないね」
そう口にしているが、寂しそうな面持ちはまったく隠せていない。
他のパーティーに加入する気になれないというのが、そのまま仲間たちへの思い入れの裏返しだろう。
「ほんとにそれでいいんですか?」
「あいつらが自分達だけでやってみたいっていうんだ。好きにさせてやればいいさ」
投げやり気味に言うが、やはり本心とは思えなかった。
話し合いの場を直接見たわけではないが、何か気持ちのすれ違いがあるんじゃないか、とレベッカは思った。
カメリアが本心ではパーティーを辞めたくないと思っているのは明らかだ。
それに、他のメンバーたちもただ、自分達だけでやれるというところを見せて、彼女を安心させたいだけなんじゃないかと思う。
それが意地の張り合いなのか、言葉足らずなのか、カメリアの脱退なんてことになってしまっている……。
(冒険者ギルド受付嬢として、これは放っておけません!)
レベッカのワーカホリック気質がむくむくと湧きあがってくる。
「ま、あたしもお節介が過ぎたのかもね。わんさか兄弟のいる家で育ったもんだからさ。ついつい、デキの悪い弟見るみたいな気になってさ」
「面倒見がいいのはカメリアさんの最大の長所ですよ。何度も酔ってつぶれちゃったパーティーの皆さんを担いで帰ってるとこ見てますし……」
「あっははは、まあね」
「きっとカメリアさんがいなくなって、”黄金の闘士団“の皆さんも心細くなっていると思います」
レベッカの言葉に、カメリアもあいまいながらうなずいた。
「ま、心配ではあるんだよな。あいつらバカだから。どっかでヘマやって野垂れ死にされたんじゃ、さすがに寝覚めが悪いっていうか、さ」
「……ギルドとしても、そんな事態はあってほしくないです」
寂しさと優しさの入り混じった、そんな笑みをカメリアは浮かべる。
冒険者が仲間を想い浮かべる微笑み。
それがレベッカの心に火をつけた。
「カメリアさんのお気持ちはよく分かりました! だいたい、冒険者に男も女もないと思います。偉大な功績を残した女性冒険者さんだってたくさんいますし、勇者パーティーさんのうち三人も女性ですし……。ん、待ってください。男と女――」
レベッカの胸の内に、一つのアイディアが浮かび上がった。
「カメリアさん。もし、パーティーの皆さんが戻ってきてほしいって頼んだら、元のパーティーに戻る気はありますよね?」
「ん? まあ、あいつらが土下座で頼むっていうなら考えないこともないけどな」
「なるほど……。でしたら、わたしに考えがあります!」
レベッカはいま思いついたばかりの、自分の考えを説明した。
最後まで聞き終えたカメリアは、浴場中に響くくらいの声で大笑いした。
「あっはっはっは。いいね、それ! あいつらバカだからな~。絶対引っかかるだろうな!」
バカだバカだと何度も言うカメリアだけど、その声には母性のようなパーティーメンバーへの愛情がにじみ出ていた。
「そうと決まればさっそく詳しく作戦会議しましょう! カメリアさん、この後お時間平気ですか?」
「ああ。あたしはもちろんかまわないけど……。お嬢の方こそ平気かい? 仕事は?」
「うっ……。だ、大丈夫です。問題ありません!」
レベッカの一瞬ひきつった顔はあまり大丈夫そうじゃなかったが、カメリアはしいて何も言わなかった。
大浴場を後にした二人は、他には誰もいない冒険者ギルドに戻り、遅くまで細かな打ち合わせをして、作戦を固めた。
「……なんだか、お風呂きてよけいに汗かいてしまった気がしますね」
せっかくなので、もう一風呂浴びなおすつもりだった。
と、さっきとは違い、浴場にはもう一人、客の姿があった。
湯気の向こうに誰かの背中が見える。
エレガンテお姉さんとは別のベクトルで、惚れ惚れとしてしまうような後ろ姿だった。
南方の部族特有の、生まれつき戦士として恵まれた体格の持ち主だった。
野生動物のような、一片のムダもなく引き締まった手足。褐色の肌と幅広の広背筋が見るからに頼もしい。そして、よく見ると裸の背中には大小無数の傷跡が見える。
それだけで、相手が誰であるかレベッカには見当がついてしまった。
「カメリアさん、ですか?」
「ん、ああ? 誰かと思ったら、受付のお嬢じゃないか」
「レベッカです。お嬢はよしてくださいよ~」
笑いながら、レベッカは湯船に浸かり、相手のとなりに腰かけた。
カメリアは戦士《ウォリアー》クラスの冒険者だった。
身の丈近くもある両手剣の遣い手で、大型のモンスター相手でも怯まず立ち向かい、戦果をあげていた。
背中まで伸びる赤い髪に、歴戦の勇士然たる鋭い眼光。
けど、ゴツゴツした感じじゃなくて、少し大柄ではあったが、小麦色に焼けた肌はきゅっと引き締まり、カッコよさと美しさのそろった美人だった。
なんだか眼福《がんぷく》なお姉さんばかりに出会う夜ですね、とレベッカは内心でつぶやく。
「あれ、カメリアさん。お酒飲んでます?」
近くに寄ると、アルコールの匂いがけっこう強くぷんとした。
「ああ。ちょっと深酒《ふかざけ》しちゃってね。気づくとこんな時間さ」
「酔ったときの入浴は危険ですよ?」
「そんなんで参るほどヤワな鍛え方しちゃいないよ、あたしは」
「鍛え方の問題じゃないですよ~」
と、レベッカは苦笑したが、カメリアも一流の冒険者だ。
自分の身体のことは自分でよく分かっているだろう。
事実、ちょっとお酒臭いけど、カメリアの様子はけろりとしている。
酒豪が多いのも、南方部族出身者が持つ特徴の一つだった。
「パーティーの皆さんとご一緒だったんですか?」
レベッカとしては何気ない問いかけのつもりだったが、不意にカメリアの表情が沈んでしまう。
「いや、あたし一人だ」
声の調子も力ないものだった。
「……珍しいですね」
レベッカも声のトーンを落とした。
カメリアは五人組の冒険者パーティー“黄金の闘士団”で紅一点の女冒険者だ。
彼の顔を立ててか、ギルドに登録されたリーダーは魔法戦士クラスのマッチョな冒険者だったが、実質的にはカメリアがリーダー的存在なのは、ギルドで見ていても感じられることだった。
クエストにおもむく際もパーティーメンバーで飲んでいる時も、他の男四人をぐいぐい引っ張っている印象が強かった。
てっきり、男湯のほうに他のメンバー達もいるのかと思ったが、どうやら単独行動中らしい。
パーティーだからと言って四六時中一緒に行動するわけではないだろうから、それ自体は別にいい。
けど、彼女の憂いに沈んだ横顔を見ると、何やらわけありの様子だった。
「何かあったんですか?」
レベッカの問いかけに返答はなかった。
二人のあいだに沈黙が生まれる。
カメリアはレベッカの方を見ようとはせず、浴場の向こうに視線をさまよわせていた。
獅子を模した蛇口から注がれるお湯の音ばかりが、やけに大きく響く。
一人で浸かっていた時は快適に思えた浴場の広さが、いまは妙にわびしく感じられた。
「……別に、たいしたことじゃないんだ」
「たいしたことなかったらカメリアさんがそんな顔しませんよね?」
「風呂屋に湿っぽい話は似合わないだろ? あんたも今はオフなんだ。あたしのことは放っておいてくれよ」
突き放すように言われても、レベッカは引かなかった。
かえってカメリアとの距離を詰め、その腕にしがみつく。
ぜい肉がそぎ落とされてスラリとしているが、触れるとたくましさがよく分かる腕だった。
「わたしはいつ何時、どんな場所であっても冒険者さんの力になりたいと思っています!」
「風呂屋でもかよ?」
「もちろんです! それに、こういう場所だから腹を割って話せるってこともあるじゃないですか。裸の付き合いってやつです」
ぐいぐいと距離を詰めていくレベッカ。
湯船に二人きりでは逃げようもなかった。
根負けしたようにカメリアは苦笑を漏らした。
「まっ、お互いすっぱだかじゃたしかにカッコもつかないか」
「ですです!」
「酔った勢いで話すってことにしとくよ」
カメリアは降参だ、とばかりに手をあげ、浴槽から出て湯船の端に腰かけた。
湯の中でするには長い話になる、ということなのだろう。
レベッカも彼女にならい、その横に座って、足だけ湯に浸す。
「……つまんない話なんだけどさ」
カメリアの苦笑にさみしげな色合いが混ざった。
「あたし、パーティー抜けることになったんだ」
「えっ?」
「正式な手続きは明日ギルドでするつもりさ」
「そんな、どうして……」
レベッカは我がことのようにショックを受けていた。
カメリアの所属しているパーティー“黄金の闘士団”はどんな時も陽気で明るく、ギルドの雰囲気を盛り上げてくれていた。
特にカメリアは常にパーティーの中心にあって、彼らをまとめ、引っ張っていた。
先日、彼らがCランククラスに昇格できたのも、彼女の功績によるところが大きい。
そのカメリアがパーティーを脱退だなんて、レベッカにとって寝耳に水の話だった。
「ほんとにつまんない話なんだ。こないだ、パーティーの昇格祝いを酒場でやったんだけどさ。冒険者連中がよく使ってるとこさ。そん時に酔ってあたしらに絡んでくる連中がいたんだよ。『てめえら、女の尻に敷かれて恥ずかしくねえのか』とかなんとか言ってきてね」
「不愉快な話ですね」
レベッカは思わず眉をひそめた。
浴場でさっぱりした気分を台無しにされたみたいだった。
もちろん、カメリアのせいではない。
しつこく「話せ話せ」とせがんだのは、レベッカのほうなのだから。
「で、まあ、最初はテキトーにあしらってたんだけどな。他の連中までしつこくバカにしてきやがって。あたしらも冒険者だ。売られたケンカは買わなくちゃ名がすたるってもんだろ?」
「そこでわたしに同意を求められても……」
レベッカの立場としては、冒険者同士のもめごとはなるべくなら避けてほしい。
「舐めた口を聞いてきた奴らは全員叩きのめしてやったんだが、結局店から追い出されてさ」
「あ~、はははは。ほどほどにしてくださいね」
乾いた笑いを返すレベッカ。
とにかく冒険者という人種はケンカっぱやい。
宴会とケンカは冒険者の華《はな》だ、とばかりに酒を飲んではしょっちゅうやりあっている。
冒険者ギルドが、ランク制度や報酬金額に基づく表彰などで彼らの競争意識をあおっているのも一因と言えなくもないし、いくら注意してもムダだからレベッカも強くは咎めない。
けれど、酒場からギルド宛に届く損害賠償請求のことを考えると、いまから頭が痛くなる思いがした。
「とまあ、ここまではいつものことだから別にいいんだけどさ」
「あんまし良くないです」
レベッカのささやかな抗議は聞き流される。
「問題はその後さ。ウチの連中、言われたことをけっこう真に受けちまったみたいでさ」
パーティーのメンバーが次々と「たしかに俺たちはカメリアに頼りすぎてた」「このまんまじゃ男として情けねえ」「オレたちだけでもやれるってとこ証明したいんだ」「これからはカメリア抜きでやりたい」などと言ってきたという。
「あたしも面食らっちまってさ。『そうかい、勝手にしな』って言って抜けたんだ。で、いままで一人で飲んでたってこと。悪かったね、こんなシケた話してさ」
「そんなことが……」
レベッカの胸中は複雑だった。
たしかに冒険者がパーティーの一人に依存しすぎるというのは危険ではある。
もし、なんらかの不測の事態でその一人が行動不能になったりはぐれてしまった時、途端にパーティーが全滅しかねないからだ。
ギルドで見ていても、日ごろ“黄金の闘士団”はカメリア一人に頼りすぎてるきらいがあるのは、レベッカも気にはなっていたことだった。
けどそこに、「女の尻に敷かれたくない」「男のメンツが立たない」と性差による理由付けがあるのは、同性として釈然としないものを感じた。
「……カメリアさんはどうしたいんですか?」
私情が入り込み過ぎないよう、レベッカは慎重にそう聞く。
「……そうだね。しばらく別のパーティーとつるむ気にもなんないし、ソロでやってくか。それはそれで、さっぱりしていいかもしんないね」
そう口にしているが、寂しそうな面持ちはまったく隠せていない。
他のパーティーに加入する気になれないというのが、そのまま仲間たちへの思い入れの裏返しだろう。
「ほんとにそれでいいんですか?」
「あいつらが自分達だけでやってみたいっていうんだ。好きにさせてやればいいさ」
投げやり気味に言うが、やはり本心とは思えなかった。
話し合いの場を直接見たわけではないが、何か気持ちのすれ違いがあるんじゃないか、とレベッカは思った。
カメリアが本心ではパーティーを辞めたくないと思っているのは明らかだ。
それに、他のメンバーたちもただ、自分達だけでやれるというところを見せて、彼女を安心させたいだけなんじゃないかと思う。
それが意地の張り合いなのか、言葉足らずなのか、カメリアの脱退なんてことになってしまっている……。
(冒険者ギルド受付嬢として、これは放っておけません!)
レベッカのワーカホリック気質がむくむくと湧きあがってくる。
「ま、あたしもお節介が過ぎたのかもね。わんさか兄弟のいる家で育ったもんだからさ。ついつい、デキの悪い弟見るみたいな気になってさ」
「面倒見がいいのはカメリアさんの最大の長所ですよ。何度も酔ってつぶれちゃったパーティーの皆さんを担いで帰ってるとこ見てますし……」
「あっははは、まあね」
「きっとカメリアさんがいなくなって、”黄金の闘士団“の皆さんも心細くなっていると思います」
レベッカの言葉に、カメリアもあいまいながらうなずいた。
「ま、心配ではあるんだよな。あいつらバカだから。どっかでヘマやって野垂れ死にされたんじゃ、さすがに寝覚めが悪いっていうか、さ」
「……ギルドとしても、そんな事態はあってほしくないです」
寂しさと優しさの入り混じった、そんな笑みをカメリアは浮かべる。
冒険者が仲間を想い浮かべる微笑み。
それがレベッカの心に火をつけた。
「カメリアさんのお気持ちはよく分かりました! だいたい、冒険者に男も女もないと思います。偉大な功績を残した女性冒険者さんだってたくさんいますし、勇者パーティーさんのうち三人も女性ですし……。ん、待ってください。男と女――」
レベッカの胸の内に、一つのアイディアが浮かび上がった。
「カメリアさん。もし、パーティーの皆さんが戻ってきてほしいって頼んだら、元のパーティーに戻る気はありますよね?」
「ん? まあ、あいつらが土下座で頼むっていうなら考えないこともないけどな」
「なるほど……。でしたら、わたしに考えがあります!」
レベッカはいま思いついたばかりの、自分の考えを説明した。
最後まで聞き終えたカメリアは、浴場中に響くくらいの声で大笑いした。
「あっはっはっは。いいね、それ! あいつらバカだからな~。絶対引っかかるだろうな!」
バカだバカだと何度も言うカメリアだけど、その声には母性のようなパーティーメンバーへの愛情がにじみ出ていた。
「そうと決まればさっそく詳しく作戦会議しましょう! カメリアさん、この後お時間平気ですか?」
「ああ。あたしはもちろんかまわないけど……。お嬢の方こそ平気かい? 仕事は?」
「うっ……。だ、大丈夫です。問題ありません!」
レベッカの一瞬ひきつった顔はあまり大丈夫そうじゃなかったが、カメリアはしいて何も言わなかった。
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